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エルダの儀

16

部屋の中に足を踏み入れれば、光しかない空間―――
光で酔ってしまいそうだとシーヴァーは思った。

《200年ぶりだな》
との声が響いた。
200年…ユーリス・ドリュアス帝か。そういえば彼も長寿で、天寿をまっとうした。
「ドリュアスのガイアよ、私は」
言いかけて、
《ああ名乗らずともよい 知っているよ お前が生まれた時からな してシーヴァー・ドリュアスよ 私の加護を求めるか》
「はい」
《なにゆえに》
問われたシーヴァーは正直に、
「できることはやっておきたい。妃(カルナ)に言われるまでもなく、転んで打ち所が悪くて死に、世界は滅びましたなんて嫌すぎる」
光が揺れた。ガイアの笑いだ。
《しかし加護を与えるには それなりの資格が必要だ 我が大地をまかせるに足る人物であるかどうか》

《問う シーヴァー・ドリュアスよ お前はドリュアス皇帝として どのように 我が大地を治めたいと 思っているのだ?》

「……私は治めたいと思っていない。ただ人々の側にいたいと思っているだけだ」

《ほう 側にいて 手を差し伸べ 助けるか?》

「いいや。それは無理だ。私が心の底から望んでいたとしても権力なき皇帝にその力はない。私は臣民とともに、ただ在るものだ」

《ただ、存るだけか?》

「ああ。太陽はそういうものだろう?太陽は何もいわない。ただ見上げればそこにあるだけだ。6年前、私は愚かにも皇家なんてなくても困らないと思ったことがある。その時、ある者がこう言った。彼は3歳の私を皇家から追い出した家の者で、そして今度は後継者がいないから私を皇家に戻すと言った男だった。あまりにも勝手すぎて、彼の家に怒鳴り込んだとき、彼はこう言った。我ら貴族はどのような野心を持とうが皇家をお守りする、その役目を忘れることはない。その心だけが我ら貴族を繋いでいると」

「…あんなに自分勝手で、ケンカばかりしているような貴族でも、皇家で繋がっているという。事実、俺の皇族復帰はすんなり決まった。俺が3歳の時は父はまだ若く、摂政家の女性を皇妃に迎え、皇妃が子を生むだろうと考えていたから俺を追い出せたんだ。俺しかいないとわかって全員が俺の復帰を望んだ。俺を追い出すことに荷担した家の当主達は全員責任をとって引退し、我が子や孫に当主の座を譲った。そんな彼らは今、俺に仕えてくれている。おかげで俺の臣下はみな若い」
シーヴァーは苦笑した。

「不思議だと思った。俺は旅をして多くの領国を見たが……これがもし領公とその部下の関係なら、領国民を巻き込んで血が流れている。ところが俺の復帰には、いっさいの争いが起こらなかった。自分が皇帝になると言い出す貴族はひとりもいなかったんだ。ああ皇家で繋がっているとはこういうことか、と。血が流れるよりずっといいと思ったな……」

最後は独り言のように言うシーヴァーであった。

「別々の道でそれぞれの人生を送っていても、同じ大陸で同じ時代に生を受け、同じ太陽の下で生きている。われわれが繋がることができる絆が必ずある。たとえそれが普段は忘れている細い糸のような繋がりだったとしてもだ。その絆を…大陸が滅ぶその時まで持ち続けて在るのがドリュアス皇帝だと思う」

《どんな心を持ち続けて在るつもりか?権力も自由もない皇帝よ》

昨日までのシーヴァーであったなら、わからなかったかもしれぬ。 だが創造神がどのような気持ちでこの世界を創ったのか知った今は……

「初代皇帝ヘリオス・ドリュアスは言った。『私心を捨てよ。ただひたすら安らかなれ、平和であれと臣民のために祈れ』それがすべて。彼は皇帝のもとに人々の心をひとつにするため臣民に権力と自由を渡し、自身は望まなかった。俺は…彼の直系の子孫であることを誇りに思う。権力も自由もない皇帝であることは俺の誇りだ」

まぶしすぎる強烈な光にシーヴァーは思わず目をつむった。

失敗した、怒らせたかと思ったほどだ。

高圧的な言行が消え、ガイアは球体から女性的で優しいものへと変化した。

《ああ ようやく再び会えた わが子 ヘリオスの心を受け継いだ あなたに 我が至上の守りを与えましょう》

(わが子……?)
思った時、ガイアの声が聞こえた。

《いきなさい 愛し子よ わたしは これより あなたと ともにあります》

シーヴァーは強烈な光に飲み込まれた。

光が止んだと思い、目をひらいたら、横にカルナがいた。
部屋の外に戻されたらしい。
「……どうやら無事に加護をいただけたようね」
「そのようだ」
身体にどこも変化はないが。

「光の姫様ーーっ!」
メロが部屋から飛び出してきて、カルナの腕の中におさまった。
「お前、今までどこに…」
シーヴァーの問いに、
「ガイアさまのところよ?お話して遊んでいたわ」
メロは不思議そうだ。
カルナがメロの頭をなでて、
「楽しかった?」
「楽しかった!!」
カルナを見上げ、メロは満足げだ。
「良かったわね。じゃあ帰りましょう」
「ああ」

みれば扉はいつのまにか閉ざされている。
神界にある神の住居だ。
複数と同時に話すことは、ガイアには、わけないことなのかもしれないと思いながら。
シーヴァーはカルナとともに、その場をあとにした。

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