本文へジャンプ | Original

エルダの儀

6

翌日の早朝―――

エルダ大神殿から皇宮へと向かう帰りの馬車の中、カルナ・カリナンは、無言でナッツをぽりぽりとかじっていた。 ハチミツでコーディングされていておいしいと思いながら。

もともとシーヴァーは、朝食は食べずに早朝に帰る予定だったが、かといって絶食状態のカルナを、これ以上放置するわけにもいかず、馬車の中で、クリスが持っていた非常食のナッツを食べさせてもらっているのだ。

向かいあってシーヴァーと、その隣にクリスがすわり、ふたりともしばらく黙々と食べるカルナの姿を凝視していたが、カルナのほうは、心ここにあらずであった。

昨夜のことは、よく覚えていない。
目が覚めたときは大神殿の天井付きの部屋の中で、シーヴァーが運んだと聞かされた。 だが、ガイアに会って話をしたことだけは、はっきりと覚えている。夢であったのか、現実であったのかの区別はつかないが。

ぽりぽりとナッツをかじりながら、ふとシーヴァー・ドリュアスに視線をそそけば、彼は彼で外の景色を楽しんでいた。 その横顔を見ながら、契約の成就(じょうじゅ)に、この人の協力はかかせないだろうな、とカルナは思った。

ちなみに「話して相手の愛を求めるのは卑怯」とはカルナは考えない。
なぜなら、彼女自身が、そんな私情で伴侶を選んでいないからである。
そもそもマガーの大公家が受ける教育―――
すなわちカルナが受けた教育とは、

遠い先祖との繋がりを感じ 未来の子孫に思いを馳せ
自らを 大いなる自然の一部と 感じることこそ
君(きみ)の 情である
打算や私利私欲 あるいはどうすれば 自分は幸せになれるかのような 
私情に支配された人々の 知性の乱れを鎮め 正しく導くことこそ
君(きみ)の 知である

そして、この「情」と「知」の先に、マガー人が「インスピレーション」と呼ぶものがある。

カルナはこのインスピレーションに従い、シーヴァー・ドリュアスを選んでいた。
カルナのインスピレーションは、「私」を排除した情と知で出来ているものだから、シーヴァーが愛してくれたら「めでたし、めでたし」とはいかぬ。
カルナ自身がシーヴァーを愛しているかどうか、わからない状態なのだから。
はっきり言って……恋愛経験のある人に、教えを請わなければわからない。
よし、とカルナは覚悟を決めた。
「シーヴァー皇子」
カルナの呼びかけにシーヴァーがこちらを振り向き、
「貴方は、私より世の中を知っているでしょう?」
「……それはどうかな?知っていることもれば、知らないこともあるね」
そうですかとカルナは頷き、
「真実の愛ってなに?」
「はい?」
「だから真実の愛ってなんなの?私には、普通とどう違うのかさっぱりわからないわ。いえ、普通もよくわからないのだけど」
「そうだな……」
とっぴな質問であっても頭ごなしに拒否したりしないのが、シーヴァー・ドリュアスという男が持つ誠実さだっただろう。
「才能に近い…んじゃないか」
「才能?」
「ああ。毎日同じことやっていると普通は飽きるだろう?ところがたまに飽きない者がいる。とにかく好きで毎日そればっかりやっていて、もっとやりたいと言う。やらなければ死んでしまうと言い、いくらでも努力できる。それを才能があると言うだろう?君のいう真実の愛とやらも毎日いっしょにいても飽きない相手、いくらでも努力できるという感じじゃないか。才能を持って生まれ、相手に出会うことからはじまるという気がするな」
カルナはじーっとシーヴァーを見た。
そうだ。ガイアは言っていた。私のことを月の子と。選ばれてこの世界に送り出された者がいるのだ。
そして同じく選ばれて送り出された相手は―――
「私は出会えたのかしら!?」
思わず叫んだカルナに、シーヴァーはびくっとし、
「いったいなんだ?!」
「え、あ」
ごほんとカルナは気を取り直し、
「他の人には、絶対に話さないと約束してくれるなら、話すわ」
カルナのただならぬ雰囲気に、シーヴァーとクリスは顔を見合わせた。
そして、
「ああ、約束できるよ。ひとりで背負うのは辛いが、この3人で共有し話あえるのなら問題ない」
シーヴァーの合図とともに、クリスが防音魔法をかける。その手際のよさに、慣れたものだとカルナは感心した。
そして、カルナは昨夜のエルダの儀で体験したことを話した。

「ちょっと、待て、待て。なんだそれは……」

すっかり混乱したシーヴァーに、カルナは、
「今のあなたの気持ちは、ガイアから話を聞いた時の私の気持ち、そのままよ」
お仲間がいて嬉しいと言わんばかりだ。
シーヴァーは落ち着かせるため、ふーっと息を吐き出し、
「話を整理しよう。黒の創造神オピーオンを復活させようと企んでいる者がいる。だが、それとは別にこの世界は滅びかけている。俺と君が真実の愛をガイアに捧げなければ、世界は滅ぶというんだな」
「ええ」
カルナは真顔で頷く。
「真実の愛ですか…それを捧げたら世界が救われるという童話みたいな話なのに、ひとつになったからガイアに逢えた、誰に売る物語ですか?それ」
ここはキスでしょう―――と真面目顔で言い放ったクリスに、
「ガイアに言って!!」
カルナは恥ずかしさのあまり、怒鳴ってしまった。
シーヴァーは、はーっとため息をつき、
「それで、さっきの質問か」
「ええ」
「もう一度確認するぞ。俺と君が真実の愛とやらをガイアに捧げられなかったら、ドリュアス大陸は消滅するというんだな?そういう契約をガイアとしたと」
「ええ。正確には世界がね。むろん私の祖国マガーも滅ぶでしょうね」
「契約を断ることは?」
「…できたわ」
「なんで、断らなかった?!」
「仕方ないでしょう。私でさえ逃げ出したいと感じたことを、7歳の子に押し付けることは出来なかった。私とその子、いずれも果たせなかったら同じ結果になるのよ。どちらかがやらなきゃならないなら、私と貴方がひきうけるべきだわ」
「7歳の子?誰の事だ……?」
「ん?あなたと同じ皇家の継承の子だと思うわ。愛し子が懐いているから、あっちのほうが可愛いとおっしゃっていたから。愛し子は皇家の守護精霊のことでしょう。私は知らなかったけれど、皇家の継承の子はもうひとりいたのね」
「……ばかな……!!」
シーヴァーは思わず立とうとして、馬車が揺れ、思い留まり、座った。
「あの子は死んだはずだ……」
「ええ。1歳で夭折しています。だから貴方が6年前、皇家に戻された」
「ああ。そしてこの6年、あの子の存在を感じたこともない」
そうはいっても皇宮は広い。まだ仮の皇帝でしかないシーヴァーが出入りできないところ、していないところは無数にある。
しかし……あの子の実母は先帝の皇妃だった皇太后のはず。
どうして皇太后が実の子を、まして継承の子を死んだことにする必要があるんだ?
やがて右手を顎に当ててしばらく考えていたカルナが、
「だったら、こうしません?今の私の話が、本当かどうか確認するためにも、皇宮に行ったらまずその子を探してみるというのは。 皇家の守護精霊と一緒にいるのなら探すのは難しくないと思います。正直なところ、私も昨夜のことは夢だったと思いたいのよ」
「そうだな……いいだろう。話はそれからだ」
「決まりね。ところでええと皇子?皇女かしら?なんて名前なのか知っている?」
「……知っているとも。忘れるわけがない。ディアナ…ディアナ・ドリュアス。俺のたったひとりの異母妹だ」

次のページへ

前のページへ戻る
ページの先頭へ戻る


Copyright© 2023 Naomi Kusunoki