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エルダの儀

14

夕方、エリックとともに、カルナとシーヴァーは、再びエルダ大神殿を訪れた。
だたし朝とは違い、カルナは髪の色と目の色を茶色に変え、痣(あざ)は消していた。
何年も旅した経験のあるシーヴァーも変装はお手のものだ。
シーヴァーのローブの下には、メロが隠れていた。
あらかじめカルナが「ガイア様にお会いしたかったら、じっとしてて」といい聞かせていたが、途中から退屈で眠ってしまったのでその必要もなかった。

資料室の中に入ると、
「さて。俺はここまでだ。しばらくここで本でも読んで、夜、寝静まったらいけばいいさ。終わったらここへ帰ってこい」
「ありがとう。エリック。だが、読んでいいと言われても、ここにある本は俺には退屈なんだよなぁ。眠くなるだけだ」
空き机の上にクッションを敷き、その上にメロを寝かせ、脱いだローブをかけながら、正直に言ったシーヴァーに、エリックは、けたけたと笑い、
「だろうな。こういうのが好きで、時間を忘れていくらでも読めるやつが歴史学者になるのさ。そしてこの面白さを知ってもらいたいと、いろいろな形で伝えるのが俺の仕事だ」

その間、カルナは興味津々で、手に取りめくったりして内容を確認するのに夢中だった。 シーヴァーは退屈と言ったが、読んだことのないカルナは、それすらわからない段階である。

そんなカルナを見ていたエリックが、
「痣を隠すと、あんなはかなげな容姿の美女になるんだな」
ここに来る前の間、神官達もちらちらと視線を向けていた。
「ああ。俺も驚いた。あの外見だと中身がアレとは気づかんね」
と失礼なことを言うシーヴァーに、
「お前…たった1日足らずでそんなに親しくなったわけ?」
シーヴァーは、うーんと、
「親しくなったというか…話しやすい女性なのは確かだ。まるで古い友人みたいに話せる」
「そうか……」
考え込んでしまったエリックに、シーヴァーは「なんだ?」と聞き返す。
「いや、俺は歴史学者だからな。ユーリス帝とジスティナ妃のことをつい考えてしまった。あの二人もそうだったのだろうか、と」

皇妃の子として生まれたユーリス帝は、生まれながらの愛され皇子だった。
美しく賢く、快活な性格。
冒険するたびに女性に好かれ「ぜひにも娘を」と熱望され14歳になるまでには婚約者が3人いたというから、相当なものだ。
ただし来る者拒まずだったわけではない。
断った令嬢も何人かいたので、好ましいと思った女性のみだったのは確かだ。
3人は仲も良く、いずれも国を想い民を想う善良な女性達だったという。
エルダの儀でジスティナと出会ったとき、ユーリス帝は21歳。
既に3人を妃にしていて、子供もいた。

それから4年間―――ジスティナ妃はユーリス帝の子を産まなかったし、ユーリス帝が熱心に通った記録もない。
3人の妃達とは頻繁に会い、交流していたにもかかわらず。
顔を合わせるたびに、ユーリス帝とジスティナ妃はぶつかり合っていて、ユーリス帝を慕う3人の妃も、そんなジスティナを嫌っていた。
だから唯一愛されない妃と呼ばれた。

それが違うのではないかと言われ出したのはジスティナの死後のことだ。
ユーリス帝は、ジスティナが残した魔法を、まるで我が子のように守り育て、その情熱は生涯衰えなかった。
それでもまだ、ジスティナへの気持ちとは別に単純に魔法が帝国のためになると考えたからだと考える者が多数を占めていた。

そんな論争に決着がついたのは、ユーリス帝の妃の一人が父親に送った手紙が発見され公表されたときだ。 エリックはその内容を暗記しており、そこにはこう書かれていた。

お父様。
お父様が、陛下がわたくしを大切にしていないのではないかと心配されておられると聞きました。
わたくしは、それは違うと申し上げます。
陛下を大切にしなかったのはわたくしのほう、責められるべきはわたくしなのです。

もはや取り返しがつきません。
なぜ気づかなかったのでしょう。
陛下のジスティナへの態度は、明かに私達とは違いました。
ジスティナだけが陛下を本気で怒らせ、不安にさせ、悲しませ、苦悩させていた。
わたくしはジスティナさえいなくなれば、楽しかった昔に戻れると愚かにも思ったのです。
陛下を心の底から喜ばせ、楽しませ、幸せに出来るのもまたジスティナだけであることが、見えていなかったのです。

もはや陛下が昔のような笑顔で私達に接してくださることはありません。
それでも陛下は、気遣いと思いやりと誠意をもってこれからも私達を大切にしてくださるでしょう。
私達はそれを受けとり、陛下の側で幸せでいられるのでしょう。

でもわたくしは、誰よりも幸せになって欲しかった大切な方を不幸にしてしまった。
その罪を、わたくしは一生をかけて償わなければならないと思っております。

わたくしにできるのは、陛下にご心労をおかけしないこと。 陛下がわたくしを大切にしていないなどと、二度とおっしゃらないで。

でもお父様。
許されるなら、わたくしも陛下のように想う相手と出会ってみたかった。
共に怒り、苦悩し、喜び、悲しむ。そんな唯一の方と人生を送ってみたかった。
その相手は陛下ではなかったと今さら気づいたわたくしです。

「……遅すぎたんだな。いや、早すぎたのか。子供の言う好きが結婚に結びつくなんてどうかしてる。だがあの時代はそれが普通だった。結婚は親が決めるのがな」
エリックは持ち込んだお菓子を、パクリと食べる。
お菓子のクズを資料室にまき散らすなど歴史学者としてのプライドが許さないので、持ち込んだのは一口サイズのお菓子である。
そして神官達もそれがわかっているから、飲食物の持ち込みを許しているのだった。
「エリック、当時の貴族の結婚ってどんなだ?」
「ん、ああ」
当時の結婚は娘の「保護者探し」だった。
家長主義のドリュアスでは当主に大きな権限があるため、大切な娘を預けることができるかどうか、当主の人柄をなにより重視し、親同士が親友・戦友・尊敬できる人物、そんな関係で子供の結婚を決めていた。
ドリュアスが一夫多妻なのも、戦(いくさ)や病気で死にゆく部下や友に頼まれ、その妹や姉、妻子を保護する必要があったからだ。
妻が何人いようが信頼できる男に預けたいと思うのは当然のことだっただろう。
「……そのうち、後見人制度が誕生して結婚しなくても保護できるようになった。魔法が誕生してからは、男が保護しなくても女性は生活していけるようになった。一夫多妻制はそのままだが、今じゃ貴族でも一夫一妻が多いな」
「廃止できないのは皇帝がエルダの妃と皇妃、最低そのふたりを妃に迎える必要があるからだな」
「そのとおり。エルダの儀の妃は、皇帝がガイアに国の護りを誓う聖なる妃。そして五摂家の中から迎える皇妃。こちらは帝都を平穏に治めるために必要な妃だ」
「エリック。俺はな、なぜガイアとの契約が1000年近くも失敗し続けたのだろうと考えていた。それはちょうど帝国の誕生と重なる。そもそも初代のヘリオス帝が君臨すれども統治せずを選び、権力を臣下に渡したのは、契約の子を出す皇家には国を治めるための政略結婚は出来ないとわかっていたからじゃないのか。なのになんで国を治めるために皇帝が五摂家から妃を迎えるんだ?」
エリックは思わずぽろっとお菓子を落としそうになる。
「えーと、帝都を治めているのが五摂家だ。代々この五摂家のいずれかから行政長官が選ばれる。皇帝の権威を後ろ盾にすることで彼らが帝都を治めやすくなり領国との交渉もやりやすくなるから、皇妃は五摂家から迎えるわけで……」
「要するに自分達だけでは無理だから力を貸してくれってわけだろう?建国時はそうだったかもしれないが、今も必要か?」
「おいおい、そういうことは俺に聞かないで行政長官に聞いてくれ」
「もっともだ。すまんかったな」
やがて窓の外から見える明かりが、またひとつ、またひとつと消えていく。
神官が明かりを消して回っているのだ。
「時間のようだな」
神殿は日が落ちるともに活動を終え、日の出とともに活動をはじめる。
「そろそろ準備したほうがいいんじゃないか」
エリックの提案に、
「ああ」
「ええ」
シーヴァーとカルナは同時に答えたのだった。

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