同じ敷地内である。空からなら最短距離ですぐに西の館に到着した。
ちょうど二階のベランダ窓が開かれており、カルナはそこに降りたって中へ入り、あたりを伺いながら進むことにする。
らせん状の階段を降り1階大ホールが視界にはいると、侍女らしき人が二人いることに気づいてカルナは階段にしゃがみ込み身を隠した。
その時、正面玄関から勢いよく、
「大ニュース!お妃様はここは使わないそうよ!本宮で暮らすんですって」
と、元気な若い女性が飛び込んできた。カルナは名前を知らないため、彼女を「侍女A」と認識する。
「ええーっ!なによせっかく準備したのに」
もっていた掃除道具を床に放り出す侍女B。
「それにしても本宮とはね。さっそく思い上がって皇子に可愛くおねだりでもしたのかしら?」
と続けて侍女Bは、上から目線で挑発するように言った。
「ちょっと、お妃様にそんな態度……」
隣の侍女Cが困惑したようにたしなめる。
「あら?エルダの儀で迎えるお妃様は、下級貴族か平民の魔法士でしょ。式のあとは離れで飼い殺し。陛下のお通いもなし。大事にしなければならないものね」
侍女Bは、ばかにしたようにくすくすと笑い、
「でもまぁ、夢見ていられるのも明日までよ。明後日には、本物の貴婦人や貴族令嬢を前にして自分がいかに場違いなのか気づくでしょうよ」
と挑発するように言う侍女Bに、勝ち気な子だとカルナは思った。
(でもウラがない子ね。それにこの中で、一番頭の回転が速いかしら)
「それにしても、皇子に一緒にいたいとワガママ言ったのでしょうけど、そんな人に仕えるだなんて…」
先が思いやられるわ―――侍女Cがため息をつく。
「それも皇太后様やユリティア様、アンドレア様と会うまでの間よ。格の違いを見せつけられて思い知るでしょうよ。楽しみね」
侍女Bは、その瞬間の訪れをわくわくしながら待っているような表情だ。
そこで会話は途切れ、侍女Aは、ようやく続きを言い出すタイミングをつかんだらしく、
「女官長が、ここはもういい。本宮の部屋を掃除するから、西の館を引き上げて本宮へ手伝いに来なさいって」
「それをはやく言いなさいよ!!あんたミーハーすぎ!!こっちのほうが大ニュースでしょう?!」
女官長に怒られる―――侍女Bが言い、全員全速力で、駆け出していった。
ひと気がなくなり、カルナは西の館にひとり残された。
さてどうやって探そうと考えをめぐらせる。
どのような空間であろうと人が生きていくためには、息を吸ったり吐いたりする必要があり、風の通り道が必ずあるはずだ。
この館の大きさなら……ここから呼びかければ、隅々まで風に乗って伝わるはず。
(なんて名前だったかしら?)
記憶を探るより早いと階段を降りて、大ホールにたち、カルナはノリノリで歌って踊り出した。5歳の時に覚えた歌と踊りである。
こうけの しゅごせいれいは ガイアの いとし子
くだもの大好き おねんね大好き おかしが大好きな
こどもたちの にんきもの
あげよう あげよう メロちゃんに
……そこまで歌って
「思い出した。メロよ」
なんでいちいち歌わないと思い出せないのかしら―――自らツッコんだ時
館の中に、精霊の歌声が響いた。
歌の続きである。
メロンをあげよう
食べよう 食べよう メロちゃんと
メロンを食べよう
食べた 食べた 食べた
メロちゃん メロンを 食べた
そして、
『メロは、まだ食べてないわ!メロンがないじゃない。メロンを持ってきて!』
この気の強さ、そうとうワガママな子とわかる口調。まさしくマガーに伝わる皇家の守護精霊の性格である。
「今はちょうどメロンの季節よね?これは、一旦、メロンを取りに戻ったほうがよさそう。念のためシーヴァーを連れてきたほうがいいかも」
焦って接触して、拗ねて再び姿を隠されたら元も子もない。
踵を返した時、
『ディアナをここへ呼んできなさい!一緒に歌うわよ』
(えっ?)
立ち止まりしばらく待ってみると、、、
やがて楽しげな歌声が聞こえだした。
今度は、別の女の子の声が混ざっている。
カルナは引き返すのをやめ、精霊の声のするほうへ歩き出した。
この部屋から聞こえてくる。
ドアをそっとあけ、こっそり覗いて見ることにした。
7歳ぐらいの可愛らしい女の子がいた。
後ろ姿しかみえないが、シーヴァーと同じ、金髪であった。
そして人間の赤ん坊ぐらいのビッグサイズの精霊―――間違いなくガイアの愛し子の守護精霊だ。
その周囲で小さな精霊達が楽しそうに舞っている。
カルナは、少しためらったあと、思い切って扉を開く。
「楽しそうね。カルナも仲間に入れてくれる?」
その声に反射的に反応し、逃げようとした精霊達に、
「こら、逃げるんじゃありません。カルナだと言っているでしょう?」
精霊達はぴたりと動きをやめて、
ほんとだ!
カルナだ!
光の姫様だ!
『光の姫様ーーっ!!』
メロが、ぶわっと泣き出しカルナに飛びついてきた。
『やっとお迎えきた!メロ、いい子にしてた。ちっともお迎えこない……』
えっえっと泣き出す。
よしよしと背中をさすりながら、
「ごめんなさいね。約束した人は誰?」
『ジナ』
ぐずぐずと泣きながら言う。
「ジスティナ?」
メロは、こくりと頷いた。
「そう…」
ジスティナがここで待っているように言ったのか。
そして帰ってこなかった。
やがてカルナは視線に気づく。
少し離れたところから恐怖と驚きと好奇心が入り交じった目で「大きい動物」のカルナをじっとみている女の子がいた。
さっきは髪の色しかわからなかった。その瞳は…シーヴァーと同じ、エメラルドグリーンの瞳である。
間違いなくディアナ皇女だ。
カルナは怖がらせないよう近づかず、そのまま跪いて目線だけをあわせ、
「はじめまして。ルナよ。昨日、あなたのお姉さんになりました。仲良くしてね」
「おねえさん?」
ディアナ皇女は戸惑い「メロ、おねえさんってなに?」とカルナの腕の中にいるメロに問いかける。
するとメロは自信満々に、
『メロと同じように、ディアナと遊んでくれる人よ』
と言った。
「確かに間違ってはいないわね」
くすりとカルナは笑う。
それにしても……
カルナは一緒に遊んでいた精霊達に、
「あなたたちのお友達のディアナはなぜここにいるの?知っている精霊(こ)がいたらカルナに教えて」
とたずねれば、精霊達は次々と、
ディアナ 人の声が聞こえない
でも 私達の声は聞こえるの
人の声が聞こえないから いらないって森の中に捨てられた
ぼくたち ここへ連れてきた
メロのところへ 連れてきた
メロは 皇家の守護精霊だから!
「……そうだったのね」
人間と精霊の声は音域が違う。
普通の人間には人の声が聞こえても、精霊の声は聞こえない。
ディアナ皇女は逆に、精霊の声が聞こえて人間の声が聞こえない耳を持って生まれてきたのだ。
しかし普通の人間には、それがわからなかっただろう。
おそらく1歳の時に、聞こえていないことが確定して……
(捨てた…いえ、森の中に捨てたら、死ぬとわかっていたはずよ)
カルナは怒りがこみ上げてきた。
(いっだいどこのどいつよ……!)
不安そうに見ているディアナに気づいて、カルナは我に返った。
いけない。この場にいない者を相手に怒ったら「自分に怒っている」と勘違いしてしまう。
この子を幸せにするのが先だ。
「ディアナ。メロと一緒に、ここから外へでない?外には、おにいさまも、いるわ。おにいさまも一緒に遊んでくれるでしょう」
ディアナが戸惑っているうちに、
『行くわ!』
とメロが即返事を返したため、
「…わかった。ディアナもいく…」
と小さく返事をした。
カルナが手を差し伸べると、おずとカルナの手をとり、やがて、ぎゅっと両手で子供とは思えない強い力で握りかえしてくる。
離したら死んでしまうという恐怖に耐えている心が伝わってきた。
カルナは悟った。メロが行くというから、ひとりぼっちになりたくなくて行くことにしただけなのだ、と。
行くのも恐怖、留まるのも恐怖。
いったい今までどんな気持ちで生きてきたのか……
「ディアナ」
カルナはメロを抱いていないほうの片手で抱きしめ、
「ありがとう。頑張って生きていてくれて。これからは私がいるわ」
いままでメロを抱きしめることはあっても、抱きしめられることはなかったディアナは、戸惑った。
でも嫌じゃない。暖かい……
「メロ、抱っこはディアナにしてしてもらいなさい」
うんとメロは頷き、ディアナはメロをぎゅっと抱っこしたあと、右手をカルナの左手と繋ぐ。
空を飛ぶのもいいが、継承の子にはもっと素敵な道がある。
カルナは右手をかざし、
《集え 光の精霊 我が前に 失われし 光の道を ひらけ》
カルナの目の前に光の大門があらわれ、そして静かに扉が開いた。
光の道―――
それはかつて神と人とがともに暮らしていた時代に、使われていた道。
人界・神界・精霊界へとつながり、この道の果てのどこかに、神々や精霊王の住居がある。
神や精霊王の住居は天や異世界にあると思われているが、こうして人界と重なるように存在していて、その道が閉ざされているだけなのだ。
そして…光の扉を呼び出し光の道を開くのは、カリナンの継承の子のみに与えられた力だった。
『光の道ーー!!メロ、ガイア様に会いたい!』
メロは嬉しくてならないとばかり、はしゃいだ。
「メロは創造神のことをガイア様と呼ぶのね?」
『パパじゃないわ。ドリュアスのガイア様よ』
パパはパパよ―――と怒ったメロに、
「えっ!あ!」
そうだった。精霊王も五柱いる。
創造神ガイアとはべつに、ドリュアス大陸のガイアがいることを思い出すカルナだった。
(まさか昨夜のエルダの儀は、マガーの大公承認式と同じもの…?)
内容が違いすぎて考えもしなかった。
そして同時に、次にやるべきことを見つける。
(ドリュアスのガイアに会いにいかなければ……)と。
驚きすぎて、目をまるくしているディアナに、
「さぁ、お兄様のところへ行きましょう」
ディアナとメロ、そしてカルナが扉の中へ足を踏み入れると、優しい音が響き渡った。
光の道が、2人と1柱を受け入れた証拠である。
「しばらく歩くわ。歌でもうたいましょうか」
さんせいーと喜ぶメロの声が響いたのを最後に、扉は、再び静かに閉まった。
そして門は消え、人がいなくなった部屋は静まりかえるばかりだった。