「私は白の創造神ガイア。この世界を創った神だ」
そう名乗られて、カルナは息を呑んだ。神界には何度か足を踏み入れたことがあるが、創造神に会うのは、はじめてである。
「時間がない。単刀直入に言おう。黒の創造神オピーオンが復活しかかっていて、ちと困ったことになっているのだよ。200万年前に私が勝利し、封印されたはずなのだが、一部の者が復活させようとしている」
唐突な話だが、きちんと教育を受けているカルナは即座に理解し、
「復活したらどうなるの?」
「私の使徒と彼の使徒とで、全世界を巻き込んだ戦い(ハルマゲドン)になるだろうね。そして負けたほうの神が封印される」
「使徒?貴方は戦わないんですか?」
「そうだ。我らは直接戦わない。我らがぶつかればどちらも消滅し、すべてが無に還るからな。混沌のみで神すら存在していなかった時に戻る。それは私も彼も望んでいない。だから我らの代理として、白の使徒と黒の使徒がいるというわけだ」
「代理戦争?」
「そうなるね。おや、そんな顔をするものではないよ?君たちだって、よくやるじゃないか。恐怖と苦痛が支配する黒の創造神の世界は、多くの生き物には過酷すぎる。それゆえ世界に生まれた生物たちは、いかなる時も私の味方であり、白の使徒は数で圧倒していたのだが…今回は予想外のことがおこりっぱなしだ」
「…貴方が創る世界だから、恐怖や苦痛を不幸と感じる種族ばかりが誕生するわけで、ひとたび黒の創造神に交代すれば、恐怖や苦痛を幸せと感じるような種族ばかりになりません?」
価値観が逆転するだけで今と同じでは―――と言ったカルナに、
「よく気づいたね。だがね、恐怖や苦痛に幸福を感じるためには、必ずそれらを与える者が必要になる。黒の創造神も破壊と殺戮(さつりく)が大好きなのに、自分が苦痛を与えられたり、消滅するのは嫌なんだよ?これがどういう意味かわかるかい」
カルナはえっとなる。
「自分がやるのは大好きなのに、自分がやられるのは嫌なの!?勝手すぎない!?」
「そこが私が創る世界と違うところだ。私はこの世界に送り出すすべての生命、すべての種を愛す。それゆえ私が作る世界は与え与えられ、愛し愛され、思い思われの世界。誰もが欲しがるものであるがゆえに、公平に分けようと話し合い、譲り合い、時に醜く奪い合い、争いあう。だが黒の創造神の世界は……」
与えられる者と与えられない者、愛される者と愛されない者とに、生まれながらにして分かれた世界。
創造神から選ばれて生まれてきた種族や民族だけに絶対的な幸福が与えられ、選ばれなかった者は彼らを喜ばせるためだけに在る世界。
むろん今の世界にも、破壊や殺戮、矛盾や苦しみはある。
だが、各種族が種族の責任で作り出すシステムや感情と、神が作る運命とは全く違う。
人がどうあがいても明日という日がくるのを止められないように、それが神が作る運命となったら……
希望がない世界―――
努力しても運命は変わらず、未来になんの希望も持てず、戦う気力もなく、ただ死を待つだけのような。
「……それを争いのない、平和な理想の世界とほざいて、黒の創造神(オピーオン)を復活させようとしている輩(やから)がいるのね。確かに自分は、黒の創造神(オピーオン)に選ばれるはずと信じて疑っていない者達には、楽園のような世界にみえるでしょうよ」
カルナは皮肉たっぷりだ。
「その通りだ。話がはやくて助かる」
オピーオンに選ばれた者は、子々孫々まで欲しいままに他者から奪い、虐げる側の者でいられる。それがどんな無能者であっても、最低野郎であっても、なんの努力もしない怠け者であっても。
「はっ!」
それが楽園?平和ですって。悪夢じゃないの!カルナは、心から軽蔑した。
「教えてくださって感謝します、ガイア。浮気したら離婚の条件をつけたけれど、場合によっては変えないといけないわ」
ガイアはふっと懐かしげな表情になり、
「君は、彼女と同じような事を言うね」
カルナは数秒考えたあと、
「ジスティナ?」
「そうだ」
「いや、でも彼女の23年の生涯は、オピーオンとの戦いというわけではなかったでしょう。歴史書には使徒のシの字も出てこないわ」
「それよりもっと身近な危機が迫っていたからだ。君は精霊使いだ。契約の始まりには、必ず契約の終わりがあることを知っているな」
「ええ」
契約のはじまりには、契約が終わる日を必ず定める。 それは行為であったり時間であったり、目的が達成された時だったりする。
「私はこの世界のはじまりに『あるもの』を私に捧げる限り続けるとした。その捧げものが1000年近く途絶えているのだよ。神の時間は長く、私は1000年に一度でもあればいいと定めた。その日がもうじきやってくる。オピーオンの復活を待つまでもなく、今の世界は長くはもたない。これはオピーオンの使徒も知らないことだ」
カルナは唖然とした。
「ちょ、ちょっとまってください!そうしたことは、あなたに捧げる神事の中に組み込まれているはずでしょう。この1000年で廃止された重要な神事があるなんて聞いたことがない。そんな重要な儀式の廃止を、私の先祖が許すとは思えません。たとえ他国であっても…」
そこでカルナははっとしたように、
「まさか…このエルダの儀がそうなんですか」
たずねれば、ガイアは頷いた。
「そうだ。そして君は、いや、君たちは捧げることができていない」
まさか、私は失敗した?これで世界は終わるの?
動揺してしまったカルナに、
「落ち着け。君はまだなにも失敗していない。1000年以内に1度あれば、いつでもいいことだ。何度でもやり直すことはできる。あと10年は持つよ」
「あ、そうなのね」
カルナはひとまず、安心する。
「だが、今のヒトには難しいらしい。この1000年で私の元にきた月の子は何名かいたが……3名は失敗し、他の子は無理と言い、先送りにした。200年前の月の子も、自分には出来ないと言った」
同じカリナンの継承の子、ジスティナが出来ないとは……
カルナは深呼吸し、姿勢を正し覚悟をきめる。
「捧げものは何ですか?」
「真実の愛だ」
さらりとすまし顔で言ったガイアに、
「はい?」
カルナは聞き違いかと思わず聞き返してしまう。
「だから真実の愛だよ」
カルナは今度こそ狼狽した。
「そんな象徴的なことを言われても…具体的にどんなもの?何をすればいいんですか?」
「私にもわからない。君たち二人が見つけて捧げるものだからな」
「はぁぁぁ!?」
思わずカルナは失礼すぎる声を発してしまう。
同時に、ジスティナが不可能と言ったわけを理解した。
彼女が嫁いだ時、ユーリス帝には既に複数の妃がいた。
そんな男と「真実の愛」の関係を築くなんて、彼女には無理だっただろう。
「契約の子となることを拒否し、先送りにしてもかまわんぞ。儀式ができる者は、もうひとりいるからな」
その言葉に、カルナは顔を上げる。情けないことに逃げたいと思ってしまっていたのだ。
「だが次の陽の子はまだ7歳だ。10年後に間に合うかもしれないし、間に合わないかもしれない。私の愛し子がなついているから、特別可愛い子だが」
と、ガイアは苦笑した。
「さてどうするね?カルナ・カリナン。君も不可能といい、次の…正真正銘の最後の子に賭けるか?」
カルナはしばらく迷い、そして次にまっすぐにガイアを見つめ、
「いいえ。契約するわ。私が契約の子になります」
ガイアは口元をほころばせ、
「そうか、では契約成立だ。頑張りたまえ。精霊使いの姫よ」
カルナの身体…否、魂がふわりと浮いた。この場を去るときがきたのだ。
ガイアはカルナを下から見上げ、
「言い忘れていたが、幾度も世界の終わりと始まりが繰り返される中、精霊使い・継承の子・魔法士という特殊能力者が生まれたのは今世だけだ。きっと再生された次の世界では誕生することはないだろうね。私が精霊使いの君と逢えるのも今の世界だけだろう」
寂しそうにいったあとで、今度は陽気になり、
「せいぜい頑張りたまえ。永遠に消滅するのは君達であって、私じゃない」
その口調と態度にかっちーんときたものの、口に出して言えるはずもなく。
カルナの意識は再び吸い込まれるように、遠のいていった。