本文へジャンプ | Original

エルダの儀

10

廊下を歩きながら、こちらをじっとみているクリスに、
「なんだ?クリス」
「いえ、なんか突然変わったなと」
「ああ、ふっきれた。というか今までどうしてもわからなかった最後のピースが埋まった感じだ。ようやく皇帝としてやっていける自信がついた。創造神と、神の言葉を伝えてくれたカルナに感謝だな」
「そうですか」
「それだけか?俺の話を聞いて、このヨロコビを分かち合ってくれないのか?」
半分冗談まじりの不満そうなシーヴァーに「話したかったら勝手に話せばいいでしょう」とそっけなく応じるクリスだった。
シーヴァーは首をすくめ、しばらく歩いたあと唐突に、
「……ドリュアス皇帝は権力を持たぬ皇帝だ。すべての臣民を大切にできるようにと権力争いとは無縁なところに身を置いている。それはわかっているが、それでも俺は人間だからな。領公や貴族達に接していると腹が立つこともあるのさ。今まで彼らにどうやって接したらいいのかわからなかった。せいぜい不機嫌になったり避けたりして、それでわかってくれればとかな」
「わかります」
ドリュアス皇帝は最高権威者であって、最高権力者ではない。
帝国内の各領国をおさめているのは領公であり、中央政府の最高機関は帝国議会だ。
各領公・行政長官・騎士団総団長・魔法士長の任命権・罷免権は皇帝にあるが、よほどのことがなければ拒否することもない。
「権力のない俺には誰かを裁くことはできない。俺はずっと懲らしめてやれないことが残念でならなかったが、そうじゃない。お前は欲張りすぎた、少しは譲れと諭(さと)すだけでよかったんだ。そしてそれは子を案じる父のような愛がなければ彼らの心に届くことはないだろう。問題は俺にあった。俺が彼らを愛していなかったんだ」
クリスは、驚いた。まさかこんなことを言い出すとは…
「間抜けな話だ。商人だったころ人と話すときは、自分の大切な家族や友人に語りかけるつもりで話せと教えられたはずなのに。気に入らない貴族が相手となると、敵と身構えて拒絶していた。権力争いと無縁な俺に、そんな必要はなかったのにな」
「……」
クリスはなにか言いかけようとして、風の精霊の気配に気づいた。
「皇子、姫が空中庭園に戻ってきたようです。今からどこに行ったらいいかと聞いている。貴方しかいない場所がいいそうです」
「そうか!早かったな。じゃあ俺の書斎で待つと」
「……だそうですよ。場所わかりますか?」
はーい、ぼく知ってると風の精霊は伝言を運び、役目を終えたクリスはそこで辞し、シーヴァーは早足で書斎へと向かった。

書斎は住居区にあるプライベート空間であり、ぶっちゃけシーヴァーの「好きなものに囲まれた部屋」だ。 部屋の中に入り扉を閉めると、書斎の椅子に座り一息ついた。
「やっぱ落ち着くな、ここは」
コーヒーでも入れるかと立ち上がったとき―――
部屋の中、目の前に天井まで届きそうな巨大な扉が突然現れる。
「なっ!!!」
驚くよりはやく、内側に扉が開き、シーヴァーはまぶしさのあまり反射的に目をつむった。
誰かが出てきて扉は閉じられ消えた。
出てきたのは、カルナ・カリナンである。
「お前……」
なんつー登場の仕方を。心臓に悪すぎる。事前に教えておけ。
こぶしをプルプルと震わせているシーヴァーの内心も知らず、カルナは、
「楽しかったね。お腹がすいたときの歌もうたったし」
にこにことディアナに語りかければ、
「うん!」
短い旅の間に、すっかりカルナと仲良くなったディアナは嬉しそうに答えた。
ディアナは、シーヴァーと目があい、さっとカルナの後ろにかくれた。
「その子は……」
シーヴァーは、カルナの登場の仕方に腹が立ったことも忘れ、背後に隠れてしまった子のことしか考えられなくなる。
「ええ。見つけたわ」
カルナは、後ろのディアナをせかした。
「ほら、お兄様よ。さっき、ご挨拶の練習をしたでしょう?」
ディアナは、カルナの後ろから顔だけ出し、カルナとシーヴァーの顔を何度か見比べたあと、おずおずと
「はじめまして。おにいさま。ディアナです。仲良くしてくださると嬉しいです」
痩せていて髪は伸び放題だが、シーヴァーと同じ、金髪にエメラルドグリーンの瞳―――

生きていた―――!
涙がこぼれそうになり、
「なんでだ?」
困惑して問うたシーヴァーに、
「説明するわ」
カルナは精霊達から聞いたことをシーヴァーに伝える。
「あなたの声は聞こえていないでしょう。精霊使い(わたし)の声は、精霊と人に届く特殊な声だから聞こえるのよ」
「なんてことだ……信じられない」
この6年間知らなかった。どうして見つけてあげることができなかったのか。 後悔という自分だけの世界へ入り込もうとするシーヴァーに、
「私も同じように振る舞ってしまったから人のことは言えないけれど、ディアナが不安になるからやめてあげて」
とカルナが静止する。
「そのとおりだな」
シーヴァーは現実に引き戻され、ディアナをまっすぐと見つめた。
カルナのいうとおりだった。悔やんでも過去は変わらない。大切なのはこれからだ。
生きていてくれた。それだけで十分だ。きちんと向き合い、この子を幸せにしなければ。
「はじめましてディアナ。君の兄だ。これから一緒に暮らそう。君の可愛いお部屋を用意するよ」
ディアナはカルナに通訳してもらい、
「メロといっしょ?ルナも?」
「もちろんだ」
「ありがとう」
と笑った。
カルナは微笑み、
「ディアナをお風呂に入れてあげても?奇麗なお洋服に着替えて、いっしょに食事しましょう。子供用の服はあるかしら?できたら私も着替えたいわ」
「ああ。すぐ用意させるよ。風呂から上がる頃には用意できているはずだ」
商家育ちの俺をみくびらないでくれ―――シーヴァーは片目を瞑った。

次のページへ

前のページへ戻る
ページの先頭へ戻る


Copyright© 2023 Naomi Kusunoki