コーベンとマドリーナは応接間で待っていた。
時計を見れば既に8時を回っている。
「遅いな…朝礼がはじまってしまうぞ」
時計を気にしながら、いらただしげにコーベンがつぶやいた時、応接間の扉がノックされた。
スコールが姿をあらわす。
「お待たせいたしました」
表情も態度もいつもと変わらない。
「で、どうだったのだね。別れることは出来たのか?」
「別れる…?いえ、その逆です。彼女とは結婚することにしました」
スコールは顔色も変えず、言う。
「本気かね?」
コーベンは思っても見なかった返答に、目を見張る。
「はい、これで噂のほうも収まるでしょう。大臣にご迷惑おかけすることもありません」
「しかし…あの女、いや、あの女性に、いずれはバラム最高司令官ともなる君の妻が勤まるだろうか」
スコールは、失礼な問いかけに不快になりはしたものの、あくまで表情には出さなかった。
「さぁ、どうでしょうか?ですが、私には順序が逆です。バラム軍の司令官になりたくて、ふさわしい女性を選ぶのではなく、あれを守りたかったから、バラム軍に入ることを承知したんです。あれを捨てろと言われても、私には絶対に出来ないことですが、失わずにすむ為なら、どんなことも出来る」
コーベンには初耳だ。彼がバラム軍に入った過程をほとんど知らない。ただ、かなり強引な手段でガーデンから引き抜いたとだけ知らされている。
「それはどういうことなのかね?」
「…元首にお聞きください。私は、その質問に答えることを禁じられております。それも取引のうちでした」
スコールはかわかした。元首の名を持ち出されては、これ以上、問い詰めようもない。コーベンはため息をついた。
「少将、もしかして、君が先ほど言いかけた案とは、君が辞めることだったのかね」
「…・はい」
コーベンには信じられないことだ。だが、この男が本気で言っているということだけは分かった。
人の本心に敏感でなくては、政界という蜘蛛の巣をくぐり抜け、大臣の地位に付くことは不可能に等しい。コーベンは、姪との結婚を薦めても無駄だ、と悟った。
国が欲しいのはこの男の能力であって、私生活ではない。私生活がどうであろうと、能力さえ、国のものに出来れば一向に構わないのだ。
姪との結婚をしない、という理由でこの男が辞めるようなことがあれば、コーベンに、非難は集中する。理解できないことではあるが、あの女のために、バラム軍に所属することを選んだ、というなら、認めるしかない。それに、確かに結婚によって噂も沈黙し、コーベンの名誉も守られる。良しとするしかなかった。
「わかった。君が選んだのなら仕方ない。噂を沈黙させるためにも、なるべく早くして欲しいものだ」
「はい、それは、もう…出来るだけ早く」
コーベンは頷き、立ち上がった。
「さて、行くか。そろそろ時間だ。講堂に行かないとまずい」
コーベンのあとにスコールは続いた。マドリーナも続く。ついに、彼女は一言も発言しなかった。
それから数ヶ月後。
スコール・レオンハート少将が結婚した、という事実とともに、マドリーナとの噂はすっかり消えている。
リノアも毎日、元気に出勤している。仕事では名前もそのまま、変わったといえば、左手の薬指に結婚指輪があるくらいだ。
リノアがプロポーズした後、すぐ籍だけ入れて、当分結婚式は挙げないつもりだった。と、いうより、式を挙げるとなると、バラム軍の幹部やら、政治家やらも招かなければならず、それが、うっとうしかったのである。
だが、世話になった人達に挨拶に回ったとき、
「なに、馬鹿なこといってんの!こっちが承知できると思う!!さんざん心配かけといて!」
非難の大合唱を浴びてしまった二人だった。また、スコールの上司のコーベンも苦渋の表情を作った。
「忠告しておくがね、こういったものは堂々とみせびらかしたほうがいいぞ。どうせ一度限りだ。君は市井の青年ではない。ましてや、相手は平凡な職員だからな。権力の近くにいる人間の中には、くだらないことを気にする者もいるのだ。君も、結婚式を挙げていないのだから嫌々結婚したに決っている、とか、あれこれ周囲の者に想像されて、独善的な判断でおせっかいされるのは本位ではあるまい。彼らが口出しできないくらい、豪華で盛大な式を挙げることさ」
スコールはその忠告をありがたく受け入れた。スコールとて苦手なものがある。こういったことはコーベンのほうが上手なのだ。
そういうわけで式を挙げることにしたのだが、ここで活躍してくれたのが、キスティスだった。
彼女は既にミセスとなっており、今もバラムガーデンで教官をしている。
「それにしてもねぇ、一番早く結婚するだろうと思っていたあなた達が一番遅いとはね。世の中わからないものだわ」
そうつぶやきつつ、この方面に疎いリノアとスコールのために、式場選びから招待客、披露宴まですべてセッティングしてくれた。
こうして、バラム一の高級ホテルで、ガーデン関係者、軍関係者を始め、政治家、友人を招いての盛大な結婚式を挙げたのだった。
不思議なもので、省内の職員の間では、噂にならなかった。高級軍人とはこういう人種、という先入観と偏見ゆえに可能性に気づくのは困難であるのか、スコールの相手が資料室のリノアだと気づくものは、ほとんどいなかった。
結婚式に出席した者も、相手のリノアが、ガルバディア軍最高司令官の娘だと知ったものは口を閉ざし噂にはしなかった。スコールがエスタ大統領の息子だと知っている者がごく一部に限られるのと同じ理由だ。
その中で、さすがに資料室の女3人は気づいた。とりわけサリサは心中複雑だったに違いない。
だが、マドリーナのやり方に怒り狂ったように、性格に様々な欠点はあるにしろ、ストレートである分、不倫とか、結婚した男に未練を残すとか、そういったじめじめしたものが嫌いである。
「ふふん。所詮、少将もその程度の男だったのね」
と、今度こそ、真の玉の輿を狙うべく、エネルギッシュに相手探しに励んでいる。
リールーとケリーはといえば、もともとスコールは好みのタイプでない。リールーは、1級試験を自ら拒んだように、上流だの、エリートなどを幸せの基準にはしない人間だし、ケリーには、結婚間近の、心から好きな恋人がいる。
他の部署ならばスコールとの結婚に嫉妬や憎悪をする手合いもいたかもしれないが、資料室にはいなかった。そんなわけで相変わらず残業を押し付けられながら、リノアは今も元気に仕事をしている。
省内には一つの変化が生まれつつある。スコールが不正出費をすべて洗い出し、根本的な改革を断行したのである。
そのうち楽になって、残業せずに済むようにもなるだろう、と期待しているリノアだった。
資料室も以前と微妙に違っている。主任は相変わらずだが、3人の先輩達が、なんだか真面目にやるようになったのだ。
スコールが資料室へ来たときに言った言葉が、3人の意識に変化をもたらした。いくらでも内外にチクってもいい。
ならば、と、
サリサは他部署の好かない連中の弱みを握って蹴落とすために。リールーは、あやしげな所があったら徹底的に調べて告発してやる、と正義のヒロインになることを夢みて、ケリーは、淡々とリノアの意見に同調することにしたらしい。
ただ、これらの事情をリノアは知らず、3人の先輩達の変わりようを不思議がるばかりだった。
そして、マドリーナは、今もスコールの秘書を勤めている。これはマドリーナの意地であったかもしれない。スコールと噂があった分、辞めればそれこそ何を言われるか分からない。「一度限りで捨てられた」と噂されるのはプライドの高い彼女にとって耐えがたかった。国防大臣の姪である、マドリーナにも敵は多いのだ。今も昔も変化なく、スコールの秘書を勤めること。それが、かつてのホテル疑惑を否定することにもなり、彼女自身に向けられる中傷をかわかす最良の道だと判断したようだ。ただ、サリサ曰(いわ)く、「陰険で、やり方が汚い!」ぶん、もしかして諦めていないのかもしれない。不倫や離婚、再婚という言葉もこの世にはあるのだ。まだ、チャンスはある、と思っている可能性があった。
もし、それが事実で、スコールがそんなマドリーナの内心を知ったとしても、別になんの感想も抱かなかっただろう。
恋愛も結婚も不倫も離婚も一人では成立させようがない。スコールにその意思がない限り、マドリーナが何を思おうと、知ったことではなかった。
そして…今日も。
「リノア、これ、よ・ろ・し・く」
と真っ先にサリサが帰る。ついでリールー、ケリーも引き上げた。真面目になったとはいえ、あくまで就業時間内のことで、残業まではしない。
「ち、ちょっと!!待ってください!」
リノアの抗議を無視して3人とも帰ってしまう。
「なによ…わたしだって…早く帰りたいのに。新婚なんだから!」
恨めしげに言っても、誰も返答してはくれない。既に資料室にはリノアだけである。
「ま、いいっか…」
スコールと結婚したと知っていても、態度が変わることなく接してくれるのが嬉しい。主任は気づいていないが、あの3人は知っている。なのに、噂にしたりもしないのだ。自分はいい先輩に恵まれた、と思うリノアだった。友人達が聞けば、
「本当に、リノアは、お人よしなんだから!」
と、たちまち反撃されたかもしれないが。
リノアは、左手に光るシルバーの結婚指輪におまじないを込めて、気合を入れると再び、机に向った。
- FIN -
初期の頃に書いた作品であるにもかかわらず物語の順番としてはスコールとリノアの独身最後の話となるため、他の作品との矛盾が出てきています。アリスとジェーン、グランディディエリ・パラダイス騒動云々というのは、この前に書いている「スペシャルミッション」というのに出てくるのですが、こちらはアップの予定なし。というわけで(いつも以上に)わかりにくいです。