3人につれられ、国防省の最上階までやってきた。ここはVIPルームで関係者以外の職員は立ち入り禁止の場所である。
「すごいわ…はじめて来たけど、こうなっていたのね」
床には豪華な赤色の絨毯が敷き詰めてある。
「なんの用ですか?ここは一般職員は立ち入り禁止ですよ」
受け付けの女性が鋭く咎(とが)める。年齢は30代後半というところだ。
「スコール・レオンハート少将はいらっしゃいますでしょうか?」
サリサが美しい音律を含んだ声で尋ねた。受付の女性は、不愉快そうな顔になる。
「…閣下には、アポがない限りお会いにはなれません。お引取り下さい」
突き放すように受付の女性は言った。会いにきた4人が職員だと知った上での態度である。もしかするといままでにも何度もこんなことがあったのかもしれない。
「なによ!その態度!いい?連絡しないと、あんた責任を問われるわよ。こっちはスパイを捕まえてきたんだから」
リールーの言葉に受け付けの女性はあきれ返った。
「嘘をつくなら、もっとましな嘘をついて。とにかくお引取りを」
女性は強気な態度で望む。追い払うにはこれが一番だ、と思ったらしい。
「ちょっと!なんですって!あんた!」
一番気の強いサリサが掴みかかる。
「…・なにを騒いでいるの…」
その言葉にサリサは、さっ、と顔色を変えた。紺のスーツに身を固めた金髪の清純そうな美女。サリサの天敵ともいえる女だった。
「マドリーナ?この人達が…」
マドリーナは4人を一瞥した。
「あら、サリサではないの?どうしてここに?あなたの部署は資料室でしょう?」
やんわりとした、或る意味優しい声なのだが、マドリーナの正体を知っているサリサには嫌味を言っているとしか思えない。
マドリーナは4人の前に立った。受付の女性がマドリーナに事の次第を話す。
「スパイ、ですって?誰がスパイなの?」
まったく本気にしていないのが分かる。
「この子よ!」
リールーがリノアを指差す。マドリーナはリノアをちらりと見やり、すぐさま無視した。どうやら眼中に入れるつもりがないらしい。
「…サリサ。どうせ、あなたでしょう?こんなことを思いついたのは。後輩をスパイにしたて、少将に近づく。相変わらずおめでたいわね、あなたの頭の中身は。こんな馬鹿げた茶番に引っ掛かる人がいると思っているの?秘書になれない腹いせとはいえ、やることが下品だこと」
「私が下品なら、コネで、秘書の座を手に入れたあんたはなんなの?だ・い・す・き・な、おじさまに頼らなきゃ何も出来ないあんたよりましよ」
マドリードは冷笑した。
「…・言いたいことはそれだけかしら?さっさとお帰りなさいな。あなたにふさわしい、場所へね。わたしはこれから少将のお世話をしなくてはなりませんの」
鼻先であざ笑って、ガードマンに追い出すように言う。リノアを含む4人は結局追い出された。
マドリーナは執務室をノックして中へ入る。
「…ずいぶん、外が騒がしかったが?何だったんだ?」
書類に目を落としたまま、部屋の主は、マドリーナに尋ねる。
「いいえ、閣下。なんでもございません。いつものように少将に会いたいという女性職員が来ただけですから」
スコールは、マドリーナの報告を聞き流す。この時、リノアである可能性を完全に排除していた。リノアであるなら、携帯に連絡よこすだろうし、万が一の時のために、カードを渡している。受け付けに見せれば自分のところへ繋いでくれるはずだった。自分のせいで、リノアにスパイ疑惑がかかっているこなど、今のスコールには想像も出来ないことだった。
「今日は、他に予定もなかったな。帰っていいぞ。ご苦労だった」
「はい…少将はどうなさるので?」
「俺か?少し、したいことがある。まだいるつもりだ」
スコールは、机の上の端末機を操作しながら答えた。
「お手伝いしましょうか?」
マドリーナの好意をスコールは謝絶した。
「いや、いい。一人で出来る」
画面から目を離さずに答える。マドリーナは心の中で舌打ちをした。秘書になって1年が経つがいまだにこうなのだ。
マドリーナの叔父は国防大臣だった。その叔父からも言われているのだ。
「将来は、彼がバラムの軍事の責任者になるだろうからな。SeeDも味方につけている男だ。よしみを通じておいて損はない。お前さえよかったら、彼を我が一族に引き入れて欲しいものだ。私の政治家生命も安泰だからな」
マドリーナに否はない。スコールに会ってその思いを強くした。顔に似合わず彼女は権力欲が旺盛であった。
SeeD時代からその名は世界にとどろいている。そして、これはごく一部の者しか知らないことだが、エスタ大統領の息子でもある男。
「この男なら、私を満足させてくれる…」
と思ったのだ。こんなちっぽけなバラムどころか、全世界が私に敬意を払ってくれるだろう、と思った。
多くの者はマドリーナの清純そのものの外見に騙されており、よもやこんなことを考えている女性とは思っていない。
知っているのは、性格が似ているがゆえに見抜いた、サリサぐらいのものだろう。
「…・閣下。叔父も感謝しつつ、心配しておりますわ…少しは息を抜かれては…?」
マドリーナがせいいっぱい優しく言う。スコールは初めて画面から目を離した。
「大臣の心遣いはありがたいが、俺は十分息抜きさせてもらっている。そうお伝えしてくれ」
またもかわかされた。このままでは、埒があかない。強引に誘おうか、と思った時、執務室の扉が開く。
スコールはすぐさま起立して出迎えた。
マドリーナも礼をする。
入ってきた50代前半の紳士。政治家としてはこれでもまだ若い。
国防省の責任者であるコーベン国務大臣だった。とはいえ、国防省に顔を出すのは、珍しいことだ。国務大臣に限らず大臣は議会が選出する。
政治家であり、その分野の専門というわけではないし、政務で多忙な日々を送っているため、省にはほとんど顔を出さない。議会の質問などで必要な資料などは、すべて職員が作成して渡しているのだ。
「どうも。大臣…」
礼儀だけは正しく、無愛想に応じる。
「はは、少将。相変わらずだね。マドリーナ、元気そうだ」
「叔父様も…」
マドリーナと叔父である大臣は、抱擁をかわかす。
「今日は、どういったご用件で?」
「ん、いやなに時間があいたのでな。この時間ならマドリーナも、まだ省内にいるころだと思ってね。久しぶりに顔を見に来たのだ。で、どうだね、少将。3人で食事にでもいかないか」
「いえ、私は…お二人で楽しんで来てください」
謝絶したスコールを大臣は、認めなかった。
「他の秘書から今日はもう予定はない、と聞いているから誘ったのだぞ。君には感謝しているのだ。付き合ってくれてもいいではないか」
スコールは大きく息を吐き出した。断りきれない、と思ったのだ。
「…わかりました。お供させていただきます…」
大臣は満足そうに頷き、マドリーナは顔を輝かせ、無言で叔父に礼をいった。
ようやく一歩進んだ、と彼女は思った。