バラムの高級レストラン。海に囲まれた小国バラムでは魚介類のおいしさは、世界一といってよかった。
「何度食べても、ここのバラムフィッシュは美味いな」
満足そうにつぶやき、コーベンは、ワインを一口のむ。
「ところで少将。君は確か25だったな…そろそろ結婚を考えてもよい時期だではないか」
スコールは、ナイフとフォークの動きを止めた。
「この間も、私に、君に見合いを勧めてくれないか、と言ってきた議員がいた。むろん自分の娘とな。君は出世組ナンバーワンだからな。それが、独身でいるから、なにかと騒がしい。そろそろ身を固めたらどうだね」
スコールの顔色を伺う。国務大臣が元首の座を狙っていることをスコールは見抜いている。今のうちからなるべく多くの議員に恩を売っておきたいという心づもりでいることも。
「プライベートなことですから…ご勘弁ください…」
それだけ言うと、再びナイフとフォークを動かし始める。
コーベンとマドリーナは視線を合わせ、無言で会話をかわかした。やれ、やれ、と言いたげにコーベンが再びスコールに薦める。
「聞くところによると、女がいるそうだね。結婚するようにも見えないし、別れられない理由でもあるのかね。なんだったら、私が力を貸すぞ。その女とうまく別れさせてやっても…」
「大臣」
スコールが途中で割り込んできた。
「本当にいいのです。私個人の問題ですから」
声にはかたくなに拒否する意思の強さがあった。コーベンはそれ以上言えなくなってしまった。
スコールがコーベン国防大臣とマドリーナと食事をしていた頃、リノアは、3人の先輩達と居酒屋にいた。
あのあと、なりゆきで3人に付き合うことになってしまったのだ。
「腹が立つー!あの女!!」
半分酔っ払ったサリサが、マドリーナの顔を思い出しながら、暴れた。個室であるのが幸いだ。
「ふふん。お偉いさんなんてこんなものなのよねぇ…ここにちゃーんとスパイがいるっていうのに、全然信じないんだから、ああいう連中が国を危機に陥れるのよ!」
リールーが、リノアの背中をバンバンたたく。こちらも酔っている。
「私、スパイじゃないと思うんですが」
リールーは聞き入れない。
「ごまかすなっ。でも、まぁ、あんな連中、痛い目見ればいいのよ。応援するから、がんばんなさいっ!」
「はぁ…」
リノアは笑うしかない。或る意味、痛い目にあう人間が出てくることは確かだろうと思った。架空会議の存在をスコールが放っておくわけない。
問い詰めて、改善させるだろう。
(スコールのあの目で尋問されたら…ちょっとかわいそうだな…怖いもん…)
とわずかに同情した。それで終わらず、
(でも、私にはいつも優しい…)
と、頭の中で考ることにまで、もじもじして付け加えるところは、さすがリノアというべきだった。
「はぁ−、それにしても、いつ少将に会えるのかしら…私の運命の人に」
サリサは悲劇のヒロインぶってため息をつく。リノアは、えっ、と反応する。
「少将って、スコール…レオンハート少将ですか?」
サリサが当然じゃない、とリノアを睨んだ。
「他に誰がいるのよ。私の未来の恋人は彼しかいないのよ」
リノアは困惑した。
「ど、どうしてですか。スコール…少将には、ちゃんと恋人いるじゃないですか」
サリサは手をひらひらさせた。もはや完全に酔いがまわっている。
「気にしない、気にしない。どーせ、別れるんだからさ。少将は別れたがっているんだから」
リノアはうろたえる。サリサはなお、しゃべり続ける。
「SeeDの時から一緒にいるって聞いているけど、今は少将よ、少将。大人の男になって、そーんないつまでもガキの心のままいるわけじゃないじゃないの。とっくに、心が変わっているわよ。女に弱みを握られていると見たね、あれは。別れたくとも別れられないのよ」
だからぁ、私が別れさせてやるの、サリサの目は焦点があっていない。
リノア受けた打撃は、衝撃、などというものではなかった。
「うそよ!絶対うそ!!」
サリサとリールー、それに会話には参加せず、睡眠に突入しようとしていたケリーの視線が、リノアに集中した。
「スコールはそんな人じゃない!別れたいなら、ちゃんと言ってくれる。嘘はつかない人だもん!」
スコールは冷酷な時もある。でもそれは、他人を尊敬出来るからだ、とリノアは思っていた。自分がいなければ、なに一つ出来ない---そうやって他人を見下して、優しくするほうがはるかに残酷ではないか。スコールは心のどこかで他人の力を信じているのだ。だから、いつも優しくなんてなかった。でも、自分がどんなに足手まといになった時でも、見捨てないでくれた。リノアはスコールのそんな優しさが大好きだった。
(だけど…もしかして…私が魔女だから…言えなかったの…・騎士だから…誓っちゃたから…・)
悲しい顔で黙りこんだリノアに、サリサが、わかった、と肩を叩いた。
「そうか、そうか。あんたも、少将がお目当てなのね。でも、だめよ、少将は私とお似合いなんだからっ。男に夢や理想なんて抱くのはやめなさい。どいつもこいつも、やること、なすこと、考えることソックリなんだから。顔と金と地位。これだけそろってりゃ、性格なんて問題じゃないのよ。私は少将がどんな性格してたって、かまわないのよ。あんたはそれだけで、私に負けてるのっ。分かったらあきらめなさーいっ」
酔っ払いの言動をまともに受けるほうがおかしいのだが、リノアには余裕で受け止めることが出来なかった。
「ねぇ、もう帰ろうよ…・こんな時間だよ〜。明日も仕事なんだしさ…」
ケリーがあくびをする。
帰ろ、帰ろ、とリノアの心を置き去りにしたまま、お開きになった。
その帰り道…
バラム高級ホテル街を抜け、バス停へ向おうとした時である。
「あれぇ?」
最初にケリーが気づいた。
ホテル前に黒塗りの高級車が停止している。そこにはよく見知った3人がいた。
「ちょっと、あれ、国務大臣よね…それにマドリーナに…えっ!うそ。レオンハート少将…?」
酔いが一度に冷める。リノアを含む4人が其々の表情を作る。とりわけサリサはすざましい形相になった。
「あの女ぁ!国務大臣をまた頼ったわけね!自力で男をモノにすることも出来ない女狐が!」
3人は車の前で何事か談笑している。国務大臣が車に乗り込み、スコールとマドリーナが見送る。
車が走り去り、マドリーナとスコールの二人が残された。
「ち、ちょっと!二人で、ホテルへ入っていくわよ!」
リールーが身を乗り出す。
確かにそうだった。スコールとマドリーナの二人はホテルの中へ消えた。
「ありゃ〜、もうゲットしちゃったわけ?マドリーナ女史…」
「そんなことあるわけないでしょ!私は絶対、認めないわ!!」
ケリーは首をすくめる。
「気持ちはわかるけどさぁ…美人で秘書で…だったら、あっちのほうが有利じゃない?サリサ、顔も少将に覚えてもらっていないんでしょ?」
「性格が最低じゃないの!」
つい、さっき、性格はどうでもいい、と言ったのは誰だ?と、リールーとケリーは心の中で意地悪く思う。
リノアはすっかり動揺しきっていた。
(あの人、スコールの秘書だった?あんな人知らない。見たことない。だっていつも家に電話してくる秘書の人は男の人で…)
隠していたの------
リノアは訳がわからなくなってしまった。自分はスコールをどこまで知っていたのだろう。本当は何も見えていなかったのだろうか。
「先輩!私、お先に失礼します!」
唖然とする3人に目もくれず、リノアは逃げ出すように家へ帰っていく。一秒だって早く家に帰りたかった。そこでスコールを待つのだ。
だが、その日、ついにスコールは家には帰ってこなかった。