……リノアが一生懸命パソコンに向っていた頃。
後輩のリノアに仕事を全部押し付け、女3人で飲み食いしながら、会話に花を咲かせていた。3人とも資料室、リノアの先輩である。
「ところでさぁ、今年入った、あの子。変わっているねぇ。自分で希望したっていうじゃない」
ケリーがビールを飲みながらリノアの話題を持ち出す。わずかにウェーブがかかった長い髪の女性だ。今年で26歳になる。
「資料室が閑職だって知らないのかしら?一度使用された資料なんて二度と使用されないで眠る運命にあるのにさ。マル秘扱いの文書は、別倉庫に厳重保管だもの。うちにくるのはくだらない資料ばかりじゃないの」
ふふん、軽蔑したようにきつく言うのはサリサという名の女性だった。こちらは、全身ブランドで身を固め、立派に美人の範囲中に入る女性だ。おおよそ役人らしくない派手なスーツも、彼女が着ているとげばげばしくならず、むしろ上品で華やかな印象を与えるのだから不思議である。リノアと同年であるが、彼女より3年も先に国防省へ入った。
「あら、そんなこと言っちゃ悪いわよ。あの子のおかけで私達解放されたんじゃない。あの子が来る前は私達、主任にくだらない仕事命令されてばっかりで、何度腹が立ったことか…」
リールーという名のメガネの女性は、二人をたしなめる。24歳で資料室の中で一番若い。童顔で、どこかのほほん、とした雰囲気があり、決して賢そうには見えない。だが、これでも彼女はバラムで一番難しい大学を卒業している。1級試験も十分狙えたのだが、命令するだけのエリートは自分には向かない、と2級人生をあえて選択女性だった。
リールーの言葉に、他の2名はそう、そうと相づちを打って笑う。
「さっさと資料室からおさらばしたいわね。あんなところに一日中閉じ込められてたんじゃ、たまらないわよ。玉の輿にも乗れないし」
サリサはため息をついた。
「主任も独身で、エリートよ?サリサ」
「なにいってんのよ、ケリー。資料室にくるような奴、エリート失格の烙印押されたようなもんじゃないの。将来性のない奴なんて最低よ。顔だって不細工で、いいとこないわね」
主任の顔を思い出しながら、手厳しく言うサリサだった。
「将来性ねぇ…うちで一番といったら、レオンハート少将かしら…たしかまだ、独身よね」
国防省ナンバー3の名前をつぶやいたリールに、サリサは顔を輝かせた。
「そう!そのとおりよ!まだ25歳でしょ?あれでナンバー3で、将来バラムの最高司令官間違いなし。実は私、人事異動希望にずっと秘書室を希望しているの」
「なんで?」
ケリーの疑問をサリサは不愉快そうに受け止めた。
「鈍いわね。秘書との恋はお決まりよ。秘書になることから、すべては始るのよ!」
「ははぁ、だけど、今の秘書との噂なんて聞いたことないけど…」
「今の秘書がどんな女か知ってる?あんな女、相手にされるものですか!」
サリサはギリギリ歯ぎしりをした。ケリーとリールーは肩をすくめ、顔を見合わせる。二人には、サリサの言うあの女、が誰を指しているのか分かったからだ。今、秘書室にいる女性は2人だ。サリサが言っているのはそのうちの一人、マドリーナという名の女性だ。サリサとは同期で、性格も彼女と似たりよったりである。が、残念ながら容姿のほうは向こうのほうが格段に良い。サリサも美人なのだが、マドリーナは外見だけ見れば、いかにも繊細で清純そうな美女なのだ。ファンの男の数も多い。
「私と似たりよったりの性格しているくせに、あの女狐は巧妙に隠しているのよ!私は一度だって自分の性格の悪さを隠したことなんてないわ!それなのに、あの女は清純ぶって影でこそこそと!私はあの女の陰険さが大嫌いなのよ!」
と、サリサが毛嫌いしていることをよく知っている。裏がないのがサリサの良さか、と二人は微笑んだものだ。
「で、でもさ、サリサ。確か少将は、同棲中の女性がいるって噂だけど…」
リールーの言葉にケリーも反応する。
「あ、私も聞いた。少将がSeeDだった頃からずっと一緒にいるって」
「あら、そんなの気にすることないわよ。SeeDの時からというなら、六年は経っているじゃないの。それなのにまだ、結婚していないんだから、その女とは、する気ないんでしょうよ。少将は理想の女性が現れるのを待っているのよ。なぜ私が秘書室を希望しながら、いまだに資料室に閉じ込められていると思う?倍率が高いからよ。私みたいに考えている女が山ほどいるの」
サリサは決め付けた。きちんとした目的を持って、秘書を希望している女性がこの場にいたとしたら、「一緒にするな」と怒鳴ったかもしれない。
サリサの悪い癖で、なんでもかんでも自分中心に考えてしまう。自分と違い、やりがいを感じているから秘書を希望する女性もいるとか、結婚や金よりも大事なものがあり、十分幸せに過ごしている人がいるとか、そういう考え方をする人の存在を、
「ふふん。嘘ばっかり。いい子ぶって嫌になるわ。出来ない女の負け惜しみよ。」
で片付けてしまう。自らの考えや存在自体を否定されることほど許せないものはない。
こういう性格をしているから、同僚や上司に嫌がられ、資料室へ回されたのだ。だが、本人は気づいていない。
「自分を妬んだお局連中が上司に告げ口した為、資料室に回された」
と信じているのだった。
「とにかく、わたしは来期の人事異動にかけるわ。絶対に資料室を出てやる。少将と私が結ばれることは運命なの」
サリサは夢見るように宣言した。
自分達と男の好みが重ならないのが幸いだ、と、ケリーとリールーは思った。もし二人とも少将のような男がタイプだったら、サリサとこのまま友情を保つことは不可能に近いことだろう。
むろん、これらの会話は、国防省にいるリノアの耳には届かない。その頃の彼女は、3人の先輩達から任された仕事を一生懸命、律儀に片付けていたのだった。