資料室での変わらない日常が続いていたある日。
バン!
ものすごい音にリノアは思わず振り返った。リノアだけでなく他の資料室のメンバーも同様だった。
音の出所はサリサだった。
怒りをぶつけるようにキーを叩き打っているのだ。
リノアは隣にいたケリーに聞いてみた。
「どうしたんですか?サリサさん」
ケリーは、リノアに耳打ちした。
「来期も資料室を出ることが出来なくなったのよ」
ケリーの口調にはなんとなく意地悪な喜びが篭っている。あの大見得を聞いていればこそ快感があった。
「ここって出たいと思うものなんですか?」
リノアがきょとんとした。
「呆れるわね、あなた。当然じゃないの。皆そう思っているわよ。意味のない仕事なのに、やたらと忙しい、こんなやりがいのない部署あるものですか」
「でも逆にいえば、いかに無駄が多いかってことじゃないですか?資料室が楽になった時、国防省全体の無駄もなくなるって思うけどな。本当にこれだけの会議が必要なのとか、違う部署で同じような資料作ってたり、それを統一するとか…」
「あっそ。そういうことは主任にいって頂戴。まぁ、聞き入れられることはまずないと思うけど」
ケリーは相手にせず、再び自分の仕事をやり出した。リノアもそこで黙ってしまった。
勤務時間終了を知らせる鐘が鳴る。
「終わった、終わった。さ、帰ろ。リノアさんお願い」
いつものように、残りの仕事を押し付けられ、リノア一人が資料室に残された。
「また…もう…」
リノアは膨れた。いいかげんに堪忍の緒が切れ始めていた。
どれだけ時間が経ったことだろう。
「もうこんな時間かぁ。お腹すいたなぁ…」
リノアは机の上にうつぶせになった。
コン、と背後で壁を叩く音がする。リノアが驚いて跳ね起き、振り返ると見知った人物が立っていた。
「スコール…?」
まぎれもなく軍服姿のスコールだった。
「どうして…」
リノアの顔が輝いた。スコールが紙袋を掲げる。
「腹がへった頃じゃないかと思ってな」
リノアの側に寄ってきてリノアの目の前に紙袋を置いて、隣の椅子に座る。
紙袋の中身はハンバーガーだった。
「やったぁ!ありがと。でも、来ていいの?」
リノアはハンバーガーに噛み付く。
「時間が空いたんだ。他の連中も帰ったしな」
スコールも紙袋の中に手を伸ばし、ハンバーガーを取り出した。
「こうやって、ここで顔合わせるの初めてだね。家で見るのとでは全然違うね。」
「そうか?朝出て行く時と同じ格好だぞ」
はしゃぐリノアに無愛想に応じる。
ピーッ
「あっ、データの移しかえ終わった」
リノアは行儀悪くハンバーガを口にくわえ、次のデータを移し変える為、パソコン操作をはじめる。そんな恋人の姿にスコールは微笑した。
「ここに入るの初めてだな…」
スコールは周囲を見回し、ぎっしりとある積み上がった資料をめずらしそうに眺める。
キー操作を終えたリノアが再びハンバーガーを手に戻し、話が出来る状態になる。
「あっ、ここ?みんな来ないもんね。用済みの資料放り込んで終わりみたいだし。でもなぁ…」
そう言い、リノアはさっきケリーに話したことをスコールに話す。
「楽になったら、私だって嬉しいのに。残業手当が出ないんだったら、残業なんてあるほうがおかしいよ」
スコールはくすくす、笑う。
「あ、やっぱり変?」
「いや、そうじゃない。リノアらしいな、と思ったのさ。お前の言うとおりだ。苦労というのは、将来、楽をする為にするものだからな。しかし、資料室か。気づかなかった。報告書と経理を対象にしていたが…」
スコールは考え込んだ。脳細胞が忙しく回転しているのがリノアの目にも分かった。
しばらくして、スコールがリノアの視線に気づく。
「実は、前から経費削減の目的で見直しをしているのさ。一体なぜ、これだけの金が必要なんだ?って思うぐらい、使われているからな。議会で、財政が足りないから増税を、との話も出ている。その前にこの省だけでも経費削減しようと思っていたんだが…リノア、ちょっと待っていてくれ。すぐ戻る。その間…」
スコールは何事かリノアに囁いた。リノアは頷くと、他のパソコンを起動したのだった。