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フリッカの微笑み

12

エスタ共和国。リノアの旅行の場所は、ここだった。故郷のガルバディアよりも、バラムよりも、リノアにとって、もっともなじみ深い国だ。
魔女になって第二の人生を歩み出した日から、すべてがはじまった場所。魔法をコントロール出来るようになったのも、この場所だった。
大学へ行けたのも、ここの研究所で、研究に協力していた時の報酬で賄えた。研究所にも友人が多数いる。むろん、皆リノアが魔女だと知っている。エスタ人は魔女に対する知識もどこの国より高い。無知を原因とする恐れの精神がない。
(やっぱり…落ち着くなぁ…この国は…何年ぶりだろ…)
バラムも嫌いではないが、エスタに来たときの解放感は格別である。それでもこの国で生きることを選択しなかったのは、バラムには、スコールがいるからだった。バラムだろうがエスタだろうが、スコールと一緒にいる時の、あの気持ちとは比べられるわけないのだ。
「…・これからのことを考えなくっちゃ」
自分はスコールには追いつけない。それが、よくわかった。どんなに頑張っても、スコールは、先へと行ってしまう。戦友として横に立つことの出来るセルフィやキスティスはいい。そして有能な秘書として横に立つあのマドリーナもいい。でも、自分だけが、何時までたっても横に立てない。
ずっとスコールの足を引っ張り続ける…
「それは、絶対に嫌…・」
だった。
ノックがし、扉が開いた。
「よっ!リノアちゃん」
リノアは椅子から立ち上がった。
「ラグナさん。帰っていらっしゃったんですか?夕方まで帰ってこない、って聞いてたから…」
ラグナはひらひら、手をふる。
「さっさと済ませて切り上げてきたのさ!一人できたのか?あいつは仕事なのかい?」
「スコールは…」
リノアは思い切って切り出す。
「私、スコールと別れるつもりなんです」
なるべく明るく言う。ラグナは驚きを通り越し、呆れる。
「なんだって…?あいつのこと嫌いになったのか?そりゃまぁ、息子ながら、無愛想な奴で、そこらの女じゃ我慢できないだろうな〜とは思っていたけどよ〜」
でも、リノアちゃん、平気だったろ?リノアは、笑った。
「今も平気です。でも、スコール、好きな人が出来たみたいなの。うんと前に騎士の誓いなんかさせちゃったから、私から言わないと別れられないでしょ」
「あいつに、好きな女ぁ〜?」
ラグナには信じられない。そんな器用なことが出来る奴だっただろうか?恋愛の不器用さは自分譲り、いまだにレインを忘れられない自分と似たり寄ったりだと思っていた。だからこそ、やはり自分の血を引いている、と嬉しくもあったのだ。
「う〜ん。なにかの間違いなんじゃないの?今まで何度もあったろ?あいつの恋愛騒ぎなんてよ。でも、全部、任務だったり、勘違いだったり、したろ?今回もそうじゃねぇの?」
「うん。そうかもしれない…でも、決めたの…もう、いい。別れようって」
「…まぁ、リノアちゃんが決めたのだったら、何もいえないけどよ…で、これからどうするんだ?」
エスタで暮らすか?それならそれでいいぞ、と言ったラグナにリノアは首を横に振った。
「いいえ。今のお仕事一年も経たないうちにやめちゃったら、なんの為に頑張ったのか分からないもの。スコールにも皆にも、協力してもらって、やっと自分のしたいことが見つかったんです。仕事はやめません。でも、ちょっと気持ちの整理しようかなって」
ラグナは腕を組んだ。
「そっか、じゃ、まぁ、ゆっくりして行けや。研究所の連中も喜ぶからな〜。顔みせに後で寄ってやってくんない?」
「はい。ダメって言われても、そのつもりでした」
ラグナはリノアの部屋を出た。
「まったく、あの馬鹿息子…・完全に愛想つかされているじゃねぇか。俺もリノアちゃん以外、考えてなかったからな〜。今更、他の娘なんぞ、認められるかい!でもよ、あそこまで決心してるんじゃなぁ。俺がとやかく言うもんじゃねぇし。あーくそ!どうしたらいいんだい!」
ラグナはスコールの顔を想像し、その顔面めがけて、思いっきり蹴りを入れた。

リノアの三日間はあっと間だった。自分の心をずっとみていたような気がする。スコールに別れ話を切り出せる勇気をもらった。
研究所で仲の良かった研究員二人にも再会した。グランディディエリ・パラダイスでの騒動に一緒に巻き込まれた仲だ。二人ともまだ、研究所にいる。アリスは、結婚していた。ジェーンはまだ独身で、今や研究所にかかせない主要なメンバーになっていた。
月曜の早朝、大陸鉄道でリノアがバラムへ帰る日、わざわざ出勤前のジェーンとアリスが見送りに来てくれた。ラグナとは既に大統領官邸で別れている。
「二人ともありがと。こんな朝早くに、わざわざ見送りに来てくれて」
リノアは、つとめて明るく手を振る。ジェーンが重い口を開いた。
「ねぇ、リノア、気になっていたんだけど…こうなる前に、どうして結婚しなかったの?ずっと一緒に暮らしてきているのに?」
リノアは手を止めた。
「うん、そうなんだけどね。したいこともあったし…結局、ずるずる来ちゃって、もうちょっと、っていう所で躓(つまず)いちゃった」
アリスがため息をついた。
「私には、まだ信じられないわ。グランディディエリ・パラダイスで、あんたを助けに来た彼を見たとき、私もこんなに思ってくれる人、見つかるかしら?って思ったものよ。それが、私は結婚して、あんた達はいまだに結婚してなくて別れるっていうんだから。彼はあんたにプロポーズしなかったの?8年も一緒にいて」
「うーん。してくれなかった…・えっ?あれ?」
なんとなく覚えがある。リノアは記憶を引っ張り出そうとした。
(えっと、えっと、いつだったっけ…・あれはスコールがガーデン卒業して、これからどうしようって話をした時…)
「リ、リノア?」
アリスとジェーンが驚く。リノア頬に突然涙が流れてたからだ。
「どうしよう、どうしよう。私、忘れてたの。約束したのに…嫌われたってしょうがない…」
リノアは、ひっく、ひっく、声をあげる。
「リ、リノア〜、ねぇ、どうしちゃったのよ」
リノアは涙が止まらない。我慢すればするほど、落ちるのだ。
「スコールに会いたい。でも、遅いの。言いたい…足手まといだけど…横に立てなかったけど…」
アリスとジェーンは顔を見合わせる。
「ねぇ、リノア、もう一つ言いたいことがあったのだけど、あなた自分が魔女だって知ってる?」
リノアは一瞬、泣くのをやめた。
「…今のあなたは力をコントロールできることも知っている?」
リノアは頷く。二人は同時に、叫んだ。
「じゃあ、なんで、瞬間移動しないの!」
リノアは思い出した。
「ひとっとびで行けるじゃない。わざわざ列車で来たり帰ったりするから、もしかして、と思っていたけどさぁ、完全に忘れてるじゃないの」
アリスがやれやれと言いたげに首をすくめる。
「アルティミシアのが持っていた時空の力は、未知のものだったのよ?あんたが研究に全面協力してくれたおかげで、ワープのしくみが解明される、これから宇宙移住時代がやってくるって、エスタが大騒ぎしているのにさ。これだけのことしといて、足手まといだの、横に並べないだの、冗談じゃないわよ」
ジェーンもアリスの言葉に頷きながら、
「大体あなた、先の大戦でもスコールさんと一緒に戦ってたんでしょ。オメガもアルティミシアの奴も、あなたがトドメを刺したって聞いているわ。それなのに…あきれるわよ。凡人に嫌味いっているとしか聞こえないわ」
リノアはうろたえる。
「で、でもあれは、アンジェロがいたからで…スコールや他の皆もいたもの。魔女の力だって、私が獲得した力じゃないもん」
今度こそ、アリスとジェーンは呆れた。
「あのねぇ…あんたの力じゃないなら、誰の力なのよ?アンジェロが慕ったのは誰?研究所のわけのわからない機械に何度も繋がれて、それでも協力したのは誰?スコールさんだって、ガンブレードとG・Fの力を借りて最強なんて言われているんじゃない」
リノアはわけがわからなくなってしまった。すっかり混乱したのだ。
それでもリノアは、抵抗を試みた。
「でも、私…頭、悪くて…・スコールについていけなくって…」
ジェーンはわざとらしくアリスと会話をはじめる。
「ねぇ、アリス。いつから、国家試験にパスした奴を、頭悪いなんて言うようになったのかしら?」
「本当よねぇ、ジェーン。これで悪いんだったら、試験に落とされた人が気の毒だわ。国家試験の倍率知っているのかしら?この人」
「ほんと、嫌ですわねぇ。周囲に国家のトップ、天才ばっかりいて困ります、って自慢言っているように聞こえますわよね。おお、嫌だ嫌だ」
「ほーんとですわ。向上心の強さもここまでくれば欠点ですわよ。この子ったら、上しか見ていなくって、自分はダメだって言ってばっかりで。これじゃ、嫌われたってしょうがないざますね。奥様」
「ちょっと待った!アリス!誰が奥様よ。奥様はあなたでしょう。調子に乗るんじゃないわよ!」
「ごめん。一回言ってみたかったの」
アリスは手を合わせ舌を出した。
「と・に・か・く。リノアは贅沢なの!!自分の価値が分かっていないっ!!鼻先でふふん、と笑い飛ばして、嫌いな奴ばったばった倒すことだって出来るのに、お人よしなんだから!!自分の力、自分の為に使わなくてどうするの!」
涙は既に乾いていた。泣くことを忘れてしまったのだ。
ジェーンの表情が優しくなる。
「会いに行きたいなら行けばいい。言いたいことがあるなら言えばいいのよ。いつからそんなに聞き分けがよくなったの?あなたから勝ち気さと素直さがなくなったらスコールさんが好きになる理由もないと思うけど?」
リノアの心が吹っ切れたように軽くなった。なんだか忘れていた自分を取り戻したような気がした。
「ありがと。二人とも。私、スコールに会いに行くね。もう一回、がんばる!」
ジェーンとアリスに礼をいい、別れを告げる。途端、リノアの体は、風に吸い込まれるように消えた。
最後の笑顔が印象的だった。
「あのぶんじゃ、大丈夫そうね…やれ、やれ、だわ。本当にあの子は、世話が焼けるわね」
ジェーンがため息をつく。
「それが、いい、って顔してるわよ、ジェーン」
アリスがからかう。
「あなただって、似たり寄ったりじゃないの。朝にすっごく弱くて、旦那に朝ご飯作らせているあなたが、こんな早起きできるなんて始めて知ったわ」
時計を見る。まだ出勤には早い。喫茶店で時間を潰すことにして、二人は、駅を後にした。
ジェーンもアリスも近いうちにまた、リノアがエスタに来るだろうということを信じて疑わなかった。
そして、たぶん、今度来るときは連れがいるだろう、ということも。

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文責:楠 尚巳