「ああーっ、まったくもう。なんで、こんな時間に戻らなくちゃならないのよ!」
リールーは不満たらたらの顔で国防省の廊下を歩き、ロッカールームへと向った。一旦帰宅したあと来たらしい。軽装である。
「マネーカードの入った財布を忘れるなんて…明日は休みだから、あれがないと一日中なにも出来ないじゃないの!」
家までは、省が支給している定期カードで帰宅出来るため、帰ってバックを開けるまで気づかなかったのだ。
ロッカールームと自分のロッカーをカードキーで開け、財布を見つけて、一息つく。
「あったわ。さてと、さっさと帰ろ、帰ろ」
目的を果たして、口笛を吹きながら、来た道を引き返す。資料室に明かりがついているのが見えた。
「あら、あの子まだいるのかしら…?」
いる、といえばリノアしかいない。残業は彼女しかしないのだから。
さすがに気になり、声をかけるつもりで、資料室の前へといくと、中から声が聞こえてきた。
「これだ、アウトプットしてくれ」
男の声だった。リールーは驚く。
「いいよん」
これは、リノアの声だ。好奇心にかられながら、おそるおそるドアを開き、近づいた。
「つぎはこれを出してくれ。このデータと比較したい」
「はいなっと、ふふ、楽しいねぇ…」
無邪気なリノアの声だ。
「なるほどな。これじゃ金がかかるのも当然か」
リールーはドキドキした。
(なに?なにやってんの。あの子と…もう一人の男は誰よ?)
リールーは本棚の影に隠れて、耳を立てた。
「見ろ…リノア」
ため息をついたような男の声。
「うん?あれぇ、おかしいよ、時間、かさなってるよ…」
「架空会議ってやつだろ。会議なら昼メシが経費で落ちるからな」
「せこい!あ、でもこれ、超高級料理だよ〜。オマール海老なんてあたしだって食べたことない!」
「…この分だと、他にもやっていそうだな…。削るのは不可能、とか言っておいて、こういうことに金を使っていたのか」
やれ、やれ、根本から洗い出すしかないな、と男は言った。
(洗い出す?なにを?この男もしかして…スパイかなにかなの…?)
リールーは怯えていた。彼女にはおっちょこちょいのところがある。思い込みが激しいのだ。
「ありがとう。リノア。どうやら手がつけられそうだ。今後も気になることが出てきたら俺に流してくれ」
「OK〜。なんでも聞いちゃう。役に立てて嬉しいもん。ん〜」
「こら!よせ!こんなところで!」
「してくれなきゃ、情報流してあげないもん」
リノアの甘えたような声が聞こえる。
「まったく…お前は…」
あきらめたような男の声がした直後、静かになった。
リールーは汗びっしょりである。
(うそ!!あの子、いま一緒にいる男に情報流してたの…?しかも、ああいう関係で…ひゃー)
リールーはあわてて、部屋の外にでる。
(す、すごいこと知っちゃったわ…これがバレたら、私あの子に殺されるのかしら…で、でも国家のためよ!頑張らなくっちゃ)
リールーは完全にその気である。彼女はスパイ小説の愛読者でもあった。
とりあえず、携帯でサリサとケリーに連絡した。誰かに言いたくて仕方なかったのだ。
休日明けにすごい騒動になっていようとは、この時のリノアは知る由もなかった。