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フリッカの微笑み

11

「ええ、見え透いた嘘をつくものだ、と思いましたわ。資料室の一人をスパイに仕立てて、閣下に会わせろと。その翌日、そのスパイだとか言われていた職員が閣下に会いにきた、と。カードもその職員が預けたようです…あ、どちらへ?」
スコールが椅子から立ち上がり、部屋から出て行こうとするのを見て咎める。
「資料室だ」
スコールの短い返答に驚きつつマドリーナも後へ続いた。
エレベータが2Fに到着し、資料室のドアを開く。中には不満げに残業している3人の女性職員がいた。リノアの姿はない。
スコールが入ってきたのを見て、思いがけない事態に3人は呆然とした。はじめて間近で見るスコール・レオンハート少将だった。
「聞きたいことがある。リノア・ハーティリーはどうした?」
スコールの質問に、チャンス、とばかり、サリサが身を乗り出して意気込んだ。
「リノアなら、帰りました。明日から2日間休日でしょう?旅行に行くとか。月曜も有給とっていますわ」
新人のくせにいい気なものです、とサリサはにこにこ笑いながら言う。
「旅行…?」
セルフィかキスティスが誘ったのだろうか?だとしても連絡ぐらいくれてもいいのに。
「君達は、彼女をスパイだと言っていたと聞いたが?」
リールーが、そら来た、とばかりサリサを押しのける。
「そうなんです!先週この目で見たんです。彼女が深夜の資料室で男に情報流しているのを。恐ろしい声で潰すだの、洗い出すだの、彼女、その男とは随分親密な関係らしくて…・」
「…・恐ろしい声で悪かったな…」
スコールは、顔を赤くした。怒ったのではない。リノア同様、どこまで見ていたのだろう、と思ったのだ。止まらなくなって、キスだけではすまなかったのだ。
なおもしゃべりつづけているリールーをスコールは手を上げ制止した。
「言い分はわかった。だが、資料室の情報を流しただけで、スパイとは言わない。資料室が情報を与えるのは当然だからな。その為の資料室だ。ここには、公表出来ないようなマル秘情報は来ない。求めに応じて内外に公表できる資料が集まる。公表できない資料があるほうがおかしい」
わかったか、スコールは3人の顔を順番に見る。3人とも拍子抜けしたように、顔を見合わせる。
スコールの後ろにいたマドリーナが、声に出さず嘲るような仕草をする。後ろ向きになっていたスコールには見ることが出来なかったが、3人には見えた。短気なサリサの怒りが爆発した。
「この性悪女!気に入らないのよ!卑怯なことばかりして!あんたと少将がホテルで会っていたことを、私達は誰にも言わなかった。あのあと、少将がすぐ一人で出てきたのを見ていたんだから!あんたでしょ!少将とホテルで会っただの、結婚するだの噂を省内に振りまいたのは! やり方が汚いのよ!」
ケリーも軽蔑したように、マドリーナを見た。
「ほんと、ほんと。いまじゃ、いつのまにか、結婚式まで決っていることになっているものねぇ、そのうち噂が国務大臣の耳に届く。いえ、国務大臣もグルかしら?ナンバー3と国務大臣の姪なら、文句なし。収集できないくらい噂が広まったら、スキャンダルを嫌う政界のことよ。本人の意思と関係なしに周囲が既成事実で押し通す。たがが、男一人モノにするのに、ここまでやらなきゃ出来ないの?私達を嘲る資格があなたにあるのかしら?」
マドリーナはきっ、と睨む。
「いいかげんにして頂戴。とんだ濡れ衣よ。噂のことなんて私は知らないわ。事実が噂ごときでどうにかなるものですか。そんなことが出来たなら、誰でも簡単に事実をねじ曲げられるわよ」
スコールは、後ろを振り返りマドリーナを見る。口に出しては何も言わず、再び3人に向き直った。
「…私とマドリーナが結婚するという噂が内部に流れているのだな?」
3人は頷く。
「…君達が噂が嘘だと知っているということは、リノア・ハーティリーも嘘だと知っているのだな?」
3人は視線を交わしあい、リールーが独り言のようにつぶやく。
「どうかなぁ…あの子先に帰っちゃったからなぁ。二人がホテルに入ってくとこはうちらと同じように見てたけど、出で来るところは見ていないはずよ…」
サリサも思い出すようにつぶやく。
「そういえば、あの子、少将にずいぶん熱を上げていたようだったわね…酔っててあんまり覚えてないけど、別れたいならちゃんと言ってくれる、とか、そんな人じゃない、とか言ってたような気がする…」
スコールはため息をついた。3日前、リノアは確かめる為に来たに違いない。IDカードを返した、と言う事は…
「…あの馬鹿……」
理不尽だ、とスコールは思った。待ってるのは自分なのに。
(あの時の約束を…あいつは、忘れてる…)
スコールは腹が立った。それと同時に、不安が胸に広がる。
今まで考えないようにしてきたこと、ごまかし続けてきた思いがスコールを直撃する。
(どうしたら、いいんだ…探すのか?待つのか?別れるのか…俺とリノアの8年間は…俺はリノアの、その程度の男にしかなれなかったのか…)
スコールは迷路に入り込んだ。
「閣下…」
マドリーナが声をかける。スコールは我にかえった。ここがどこだか思い出したのだ。
「戻ろう。ありがとう、時間を取らせてすまなかった」
3人に礼を言い、スコールは、マドリーナと共に、資料室を出た。
「閣下、お疲れですか?」
エレベータでマドリーナはスコールに声をかけた。
「いや、疲れてはいない。ただ…」
「ただ?」
「…なんでもない。言っても仕方ないことだ。いいかげん、俺も覚悟しないとな…」
スコールはそれ以上続けなかった。気になりはしたものの、マドリーナは別の話題を持ち出す。
「あの、閣下、噂のことですが…どう対処しましょう?」
せいぜい遠慮がちに声をかける。
「必要ない」
マドリーナの表情がわずかに喜色に染まる。
「噂に対処したところで、埒があかないからな。君が指摘したとおりだ。噂より事実のほうが強い。放っておけ」
リノアは火曜日には必ず帰ってくる、という確信がスコールにはある。逃げ出したりはしない女だ。
再会した時、リノアがどんな選択をしているのかスコールには分からない。だが、分かっていることが一つだけあった。
(リノアがどんな選択をしたとても…俺はきっと、リノアを忘れられない…・)
スコールは、今、裏のポケットにしまわれているであろう、ある物のことを思った。5年間ずっと、持っているものだ。
エレベータは最上階につく。スコールは気ををりなおし、無駄のない動作で、執務室へと向った。
彼にとって、長く、不安な3日間が始ろうとしていた。

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文責:楠 尚巳