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祭日幻想

14

「船、船、おっよげ〜」
それはちょっと違うだろうと言いたくなることを無邪気に節をつけて歌っているのはセルフィだ。彼女は船頭のほうで、身を乗り出さんばかりにしてはしゃいでいる。
「そんなに身を乗り出したら落ちるよセルフィ。大型客船とはいえ、不安定なんだからさ」
いつのまにか隣にアーヴァインがきていた。
「出てきたの。部屋から」
「出てくるさ〜それにしてもリノア、たいしたことなくて良かったよ」
「ほんと。委員長の任務も無事終ったし。やれやれだよ〜もうじきバラムが見える頃だね」
ビリアーズ屋敷をあとにしたスコールはリノアを病院へ運んだのだが、発見と手当てがはやかったこともあって、命に別状はなかった。それでも輸血と手首を縫い合わせており、しばらくの間、微熱が続くということだった。抜糸もまだだし、バラムへかえってもしばらくの間病院通いが続く。本当なら2日、3日様子を見てからでもよかったのだが、リノアなりに責任を感じたらしく、
「大丈夫!バラムまですぐだもん。帰る!」
と言い張ってきかないのに加え、ここの国王が信用できないということもあって、スコールの任務が終了したあと予定通りバラムへ帰ることになったのだ。
「それにしても、いい船だね〜」
セルフィは嬉しそうである。費用は全部スコール持ちなのだ。この男は過保護もいいとこ、バラムまで半日の船旅でもリノアの体調を心配したらしい。一番揺れの少ない大型豪華客船、しかも個室を取った。セルフィとアーヴァインもいっしょである。タダ働きで協力したのだから、これくらいの見返りがあってもいいだろう。

「でも、ほんとに、あんな人いるんだね〜」
セルフィは海の彼方をじっと見る。あんな人とはエリザベート・ビリアーズ伯爵夫人だ。あのあと娘達の探索にあたったセルフィは、リノアと同じく全裸でつるされている娘達を見て仰天してしまった。

そして、スコールとリノアの説明を聞いて…アーヴァインはもちろん、度胸は人一倍あるはずのセルフィでさえ後ずさりしたくなった。
「倒したほうがよかった…そう思うかい。セルフィ?」
「まっさか。そんなことしたら一番喜ぶの、あのいけ好かない国王だよ。自分の国のことぐらい自分で始末すればいいんだ〜!うちらは便利屋じゃない!」
大声で怒りを発散させたあと、セルフィは何かを思い出したようにアーヴァインの顔をのぞき込む。
「ところで、アービン。委員長から聞いたんだけど、あんたあのあと、一緒に病院に行かず残ったんだってね〜。『ハダカの女の子が捕まっていると聞いてほうっておけないよ〜』とか言って。でも、あたし、あんたに会っていないんだけど。覗き見してたの?」
アーヴァインはどきりとする。確かに彼は残った。そして、国王軍やらがやってきて、娘達が救出され、セルフィが無事に屋敷から出てきたのを見届けたあと、リノアがいるはずの病院に駆けつけたのだった。
ビリアーズ屋敷にセルフィをひとり残していくのが心配だったからなのだが、素直に言えるわけでもなく、そんなふざけた言い方になってしまったのだ。
このままではますます誤解され、スケベ男の烙印を押されてしまうとばかり、なんとか言い訳しようと口を開きかけたアーヴァインをセルフィがさえぎった。
「委員長、ちゃんとわかってたよ。あんたがどうして残ったのか。だから、あたしに教えてくれたんだ」
セルフィはしばらく黙り込んだあと、やがて、振り向いて
「ま、覚えておきましょ〜」
そう言って駆けだしていった。アーヴァインは、やれやれと言いたげに帽子をかぶり直した。
「あれはやっぱり、まだ努力が足りないっていう意味なんだろうな〜きっと」

心地よい潮風の中、バラムがそこまで見えてきていた。

……その後、ビリアーズ伯爵夫人は幽閉され、三年後に薄暗い部屋の中で狂死した。幽閉されている間、毎日涙し、怒り狂ったというが、それは自らの悲運と、崇高な思想を理解しようとしない凡人に対する悔しさの涙であり、最後まで罪を悔いて涙することはなかったという……

- FIN -

あとがき

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文責:楠 尚巳