リノアは、鉄の寝台の上、目は堅く閉ざされたまま、一糸纏わぬ姿で寝かされていた。うやうやしく運ばれてくる短剣は、エリザベートが「聖剣」と自ら呼ぶ、幾人もの娘たちの命を奪ってきた短剣だ。いつものように女主人の手伝いをする召使が「聖剣」を主人へと差し出す。
ここは聖なる儀式を行う場所。女だけに立ち入ることが許される場所。エリザベートはそう定めていた。
「伯爵夫人…今回はどうなさいましょう」
毎回決っているわけではない。エリザベートの求めるものは、その内に流れる赤き聖水だけ。だが、時に荒れ狂うほどの残虐さを帯びる時がある。その名を「嫉妬」という名で呼ぶことは召使達には許されない。エリザベート・ビリアーズは、心身共にこの世で誰よりも美しい聖女でなくてはならないのだ。
「ほんとうに天使のよう…綺麗だこと…この肌、生きたまま矧がしてやりたいほどに…!」
全身がじりじりする。少しずつ、少しずつ炎が広がってゆく。許せなかった。なぜこんな美しさを持っているのか。なぜこんな可憐さを備えているのか。まるで天使のよう…そう思う心がエリザベートの自尊心を傷つける。
「どうしてやろう、この娘。ああ、でも丁寧に扱わないと…ただの娘ではないもの」
次の恋のターゲットは決った。キュリアクス祭の貴賓席で、あの青年を見たときに。あの青年をなんとしても自分の前に跪かせてやる。そう決意したのだ。この娘の血で自分はもっと美しくなるのだ。この娘があの青年に愛されているという事実もエリザベートには嬉しい。この娘のすべてを自分の中へ移せば、あの青年は自分に夢中になるに違いないのだ。
エリザベートは意識のないリノアの細い手首を持ち上げる。優雅な手つきですい、っと聖剣を滑らせた。手首から赤い液体が溢れ出す。すかさず召使がグラスを差出し、床めがけ滴るそれを受けた。
エリザベートは聖剣を召使に渡すと背を向けて、部屋の中央に設置されているテーブルの椅子に腰掛ける。あとは待つだけだった。