「いえ、大丈夫です。なんでもありませんから」
よもや声をかけられると思っていなかったリノアはどきどきする。
「そうですか。それならば、よろしいのですけど。先ほどお隣にいらっしゃった方、今回模範演技を勤めたSeeDの方ですわね。そのお連れ様ですか?」
肯定したリノアに、ビリアーズは微笑む。
「愛らしいお嬢様。本当に白がお似合いになって…申し遅れましたわ。わたくし、エリザベート・ビリアーズと申します」
リノアも慌てて名乗り、型どおりの挨拶をする。ビリアーズ伯爵夫人は何度も頷き、そして、リノアの髪に触れてくる。
「本当に愛らしいこと。羨ましい美しさですわ。さぞかし大事にされているのでしょうね…」
リノアの髪を撫でながら、夫人の青い目がせわしなく動く。リノアは背筋がぞくり、とした。
「あの…」
離してください------声に出さずに態度で伝える。だが、伝わらなかったのか、無視されたのか、止めてはくれなかった。
「清らかな美しさですこと。お羨ましいですわ…」
低い声でぶつぶつ独り言のように呟くばかりだ。仕草はどこまでも優雅。それがかえって恐ろしい。
(どうしよう)
この伯爵夫人が怖かった。金縛りにあったように身動き出来ないままリノアは立ち尽くす。彼女が聞きなれた足音がすぐ側まで来て、止まったことにも気づかなかった。
「どうした?」
「スコール!」
背後からの声に、救いを求めるように振りかえり、この世で一番信頼できる人が隣に戻ってきてくれたことに安堵する。リノアは反射的に夫人から飛びのき、スコールにしがみついた。
「あら?お戻りになられたのですね」
(さっき話題になっていた女か?一体なんだ、この女は…)
リノアと同じく、スコールも彼女の異様さを嗅ぎ取った。本来スコールの鋭い感覚は戦場での敵、すなわち殺気に対して発揮されこそすれ、日常生活での女性の視線や、気配に対して発揮されることはない。だが、今明らかにスコールの感覚は目の前の女性に反応していた。リノアがぎゅっとスコールの上着を掴んでくる。
「何か御用で?」
何をした、と言わんばかりのスコールに、エリザベートは笑い声を立てる。
「ホホホ。まぁ、そんなに睨まれたら怖いですわ。あまりにお連れ様が可愛らしかったので声をかけただけですのよ。それにしても、SeeDリーダーがこんなに繊細な顔立ちの美青年とは思いませんでしたわ。軍人というと骨格たくましい方々を想像してしまうものですから。そちらのお嬢様といい、本当に嬉しいですわ」
なにが嬉しいのか------そう思いはしたが沈黙を守る。相手にしたくはなかったのだ。
ラッパや太鼓の音が高らかに鳴り響く。
「あら?まもなく陛下がおみえになるようですわね。お迎えしなくては」
失礼、とビリアーズは優雅な動作で二人の前から去っていく。二人はその後ろ姿を見送った。
「なんだろ?あの人。なんか怖かった」
「そうだな」
スコールも頷く。嫌な予感がした。入れ違いに中年紳士が近づいてくる。
「スコール・レオンハート様ですね?陛下がお呼びでいらっしゃいます。こちらへ」
国王は今からこの広間へ来るのではないか------スコールが聞けば、国王は一度顔を見せた後、すぐに退出する予定だという。
「その後、あなた様にお会いしたいそうです」