スコールがその場所を探し当てるまで何分かかっただろう。
何分------まさに、それほどこの屋敷の者たちには、手応えというものがなかったのだ。スコールは、この屋敷の異質さを感じずにいられなかった。
この屋敷の者は突然の乱入者にも、悲鳴をあげるとか、引きとめるとか、抵抗してくるということがないのだ。突き飛ばせばあっけなく倒れ、不気味な笑いを浮かべるだけでスコールに対して何をするというわけでもない。だからといって問いつめても何かを教えるというわけでもないのだ。
スコールが一歩ずつ進むたびに、むしろ歓迎するかのような視線をスコールに向けてくる。まるで自らの意志で蜘蛛の巣にかかっていこうとする哀れな昆虫を見送るかのように。
抜きはなったガンブレードを一度も使う機会が与えられないまま、スコールは、「その部屋」を見つけることになった。
ろうそくの火のもとで、ほのかに青白く死んでいるかのように眠っているリノアの姿が、まっさきに視界に入ってくる。スコールが声をかけようとした瞬間、リノアの側で、なにかが背を向けて蠢(うごめ)いていることに気づいた。それが女であり、ビリアーズ伯爵夫人であることを理解するのに数秒必要であった。
やがてふりかえった女は、口元を真っ赤に染め、挑発するかのような視線を向けてきた。
「おはやい到着ですこと」
「あんた…」
何をしていたのかを瞬時に悟る。おぞましさで胸がむかつく。それを上回る憤怒。
「リノアを返せ…」
はやく手当てしないと出血多量で死んでしまう。床にむかって滴り続ける血がなによりの証拠。信じられないことにその血を床に置かれた高価そうな壺がご丁寧に受けている。スコールにはもはや手加減する理由などなかった。
「なぜそんなにお怒りに?娘一人の命なんて、どうってことないじゃありませんこと?」
エリザベートは近寄ってくる。
「やかましい!」
話あえるような相手ではないことを瞬時に悟り、行動に出る。エリザベートを突き飛ばし、リノアに駆けよろうとするが、スコールは立ち止まらざるを得なくなった。リノアの側にいた召使の一人がリノアの喉元めがけ短剣を突き出したのだ。体勢を立て直したエリザベートが背後から歩み寄ってくる。
「ほほ…よく、しつけてあるでしょう?奪われるくらいなら殺せと仕込んでありますの。どのみちあの娘は助からないのですわ。今殺されるのと、一滴まで絞られ死ぬのと、どちらが幸福でしょう?後者にきまっておりますわ」
スコールの首筋にエリザベートの唇が触れるか触れないかの距離。
「この娘のすべては私のものになる。あなたはこの娘を受け入れた私を愛せばよいのです」
振り返りもせず、沈黙したままのスコールの首筋をエリザベートは手の平で撫でる。
「私はあの娘も同様。いえ、あの娘以上の存在…」
エリザベートはスコールの首筋に唇を落とす。だがそれでもスコールは無反応だった。それを迷いと受けたエリザベートは、次第に激しくなる。
スコールは一点を凝視したまま、微動だにしない。
どれほどの時間が流れたのか。スコールにとっては長すぎると思えたその時間は、実際には数秒だったのかもしれない。
突然、エリザベートを振り払い、スコールが走り出した。見れば、短剣をリノアに突き出していたはずの召使いはうつぶせに倒れているではないか。
「リノア!」
声をかけるよりはやく、上着を脱いで、裸のリノアに巻き付けると同時に、血に染まった手首を心臓より上の高さまで持ち上げ、きつく布を巻く。
リノアをすばやく抱え上げ、くるりと後ろを振り向くと、今度は驚愕するエリザベートを正面に捕らえることになった。
「スリプルは、かかりにくくて困る」
挑発的に口元を吊り上げたスコールに、エリザベートは顔色を変えた。何事がおこったのか悟ったのだ。迂闊(うかつ)といえば迂闊。Seedが擬似魔法を使用することを失念していた。この男はエリザベートを完全に無視してずっと召使にスリプルをかけることだけに専念していたのだ。エリザベートは屈辱に震える。
「よくも!誰か!」
屋敷に雇われている彼女の共犯者である使用人達を呼ぼうとする。エリザベートは理性を失っていおり、この部屋を聖域と定めていることも既に頭にない。
「呼んだ〜?」
陽気な声で部屋に顔を見せたのはエリザベートの知らぬ若い男女。
アーヴァインとセルフィだった。
「…終ったのか?」
「終った、終った。み〜んな、お寝んねしちゃったよん。命令前のおとなしいうちに、おねんねしてもらわないとね〜」
Vサインを出しながらセルフィが言う。やがて部屋の異様さに気づいた二人が周囲を見回し始めた。
「なんだい?この部屋」
「あとで話す。リノアを病院へ連れていかなきゃならない」
スコールの腕の中にいる、青ざめ血の気のないリノアの顔色を見て、二人とも事の重大さを悟る。スコールのいうとおり、説明はあと回しにすべきだった。
「俺はこのまま引き返す。セルフィ…悪いが…」
このぶんなら他に娘達がいるかもしれない。リノアと同じく裸である可能性がある以上、助け出す作業はセルフィにやってもらうしかなかった。
「了解!まっかせて〜リノアのこと頼んだよ!」
セルフィは元気よくダッシュで駆けてゆく。
スコール達もあとに続いて部屋から出ようとした時だった。
「お待ち!!」
背後からエリザベートが護身用として身につけていたらしい銀の銃を取り出し、躊躇うことなく銃身を向ける。
バン!
部屋中に響き渡ったのは2発の銃声。一発は虚しく宙を泳ぎ、そして、もう1発は。
しばしの静寂が訪れた。
「これでいいかい、スコール?」
「十分だ。ありがとう、アーヴァイン」
「どういたしまして」
それ以上なんの関心もしめさずに、二人と意識を失っている一人は部屋から出て行った。