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祭日幻想

11

どんより、と空気が淀んでおり、廊下は狭く、同じような扉の部屋がいくつも並んでいた。血生臭さに思わず手で口もとを抑える。
「なに?ここ…?」
扉には小さな覗き窓。リノアは背伸びをして部屋の中を覗き込んだ。暗くてよく見えないが、人の気配はなく、空き部屋らしい。
ことり、と隣の部屋から音がする。リノアは隣のドアに移動し、同じように中を覗き込んだ。
「誰かいるんですか?」
返事はない。じっと目を凝らして見ていると、黒いシルエットが浮かび上がる。やはり誰かいるのだ。
「あの、どうしたの?」
もう一度、呼んでみる。返事はなかった。辛抱強く何度も試みても同じだった。リノアは諦め、覗き窓から顔を離す。
(なんだろう。ここは…)
視線の先、奥の突き当たりに掛かっている赤いカーテンが薄暗い地下によく映え、不気味なほど存在感を誇示していた。恐怖と不安、好奇心が複雑に絡み合った心を抱え、リノアは奥へと進み、赤いカーテンに手をかけ、開いた。広い空間があらわれる。
恐る恐る足を踏み入れ、部屋をほんのりと照らしている鈍いろうそくの光を頼りに周囲を見渡せば、薄暗い部屋の中央、なにかがぶら下がっているのに気づいた。人型の黒いシルエット。
「人形…?」
リノアは首を傾げつつ、その正体を見極める為に、それに近づいてゆく。やがて、その下までくると、若い女の人形らしいとリノアは思った。それが三体、背中合わせにする格好で、天井からのびる鎖で吊るしてあるのだ。三体とも裸体である。
「よく出来てるなぁ…蝋人形かな?」
触れてみると、弾力があって柔らかく、それは人形にはない感触だった。リノアは思わず悲鳴をあげ、反射的に手を離した。
「まさか…」
人間なの------その事実にリノアは驚愕する。
呻き声が聞こえる。吊るされている三対の人形、いや、人間の娘達からもれる声だった。まだ、生きているのだ。
「ちょっと!平気なの!」
返事はない。
「どうしよう。とにかく、降ろさないと」
鎖の軌跡を目で辿れば、部屋の隅のレバーに行き当たる。
「あれね」
急いで駆け寄ってリノアはレバーを操作してみる。
「か、硬い…」
力いっぱい押すが、びくともしない。それでも押しつづける。
「う〜、もう!一体なんなのよ!この屋敷!!」
「…教えてあげましょうか?」
思わずレバーを離し、リノアは声が聞こえた方角を見る。そこにビリアーズ伯爵夫人の姿を認めた。手に蜀台を持っている。照らされる表情が不気味だ。
「この女の子達に何をしたのよ!」
「なにって…見てのとおりですわ。なにかおかしなことでも?」
あくまでも優しく微笑む。
「裸で鎖に吊るすなんて、おかしいと思わないの。なんの為に、こんな酷い目に合わせるの!」
「酷い?いいえ、酷くはないですわ。彼女達は美しく清らかな体のまま神に迎えられるばかりか、同時に、わたくしの一部として生まれ変わることができるのですもの」
ビリアーズ伯爵夫人は吊るされている娘達を愛しげに見る。
「ほら、美しいでしょう?この娘達。本当に美しい血を持っていますのよ」
「美しい血?」
聞いたこともないような言葉に、リノアは思わず聞き返した。
「まぁ、ご存知ありませんのね。無理もありませんわ。美しい娘に流れる血には、どんな化粧品、媚薬よりも、美しさを保つ魔力が秘められていますのよ。それを発見したのは、そう、今から五年前でしょうか・・・」
若い頃はカスター王国随一、と謳われた美貌も月日には勝てなかった。
軍人であったビリアーズ伯爵に嫁いだのは十八歳の時だ。夫のビリアーズ伯爵は、軍務に忙しく、何ヶ月も屋敷に帰ってこないことが常だった。多くの客を招待し、サロンを開き、屋敷で楽しく暮らす。時には危険な恋の鞘当、恋人を持つ男を夢中にさせ、幸せな恋人同士を破局に導く快楽すら味わいもした。エリザベートにとっての「恋」とは狙いさだめたターゲットを夢中にさせ、自分の前に跪かせることを指す。やがて、月日は流れ、夫も亡くなり、未亡人となったエリザベートは、ますます自由になった。「でも、その時は、わたくしの魅力も衰えていましたの。昔の美しさを取り戻す為にはどうしたらいいか…随分、悩みましたわ」
魔術、秘薬、それこそ手当たりしだい試したのだが、どれも上手くいかない。
そんな時だった。伯爵夫人にワインを持ってきた召使が目の前でグラスを割ってしまい、手を切ったのは。そしてその血が偶然、エリザベートの手の平に滴り落ちた。そして、その部分が、僅かに美しくなったように彼女は感じた。
「ほほ、出入りの魔術師たちに聞いてみたら可能性があると言うじゃありませんか。その後、何度も実験してみて、確信したんんですの。若い娘の血には永遠に容貌を若く美しく保つ力があるのだ、と」
そして、エリザベートが続けた言葉は。
「ああ、でも美しい娘の血の方がより効果がありますわね。浴槽に満たして全身入浴すると本当に肌が生き生きとしてきて…生き返りますわ」
リノアは身震いした。娘達の血で…全身入浴、だって?
「……正気なの?」
何故この女性の目に恐怖を感じたのか------瞳に宿るは狂気。これは狂気の目だったのだ。
「飲めばもっと効果がありましてよ。あなたみたいな清らかな美しさを持っている娘はそうはいませんわ。出会えた時は本当に嬉しかったわ…これならば他の娘達の何倍も効果がありそうですもの」
平然と、さらにおぞましいことを言ってのける。リノアは逃げ出したい衝動に襲われた。
「何を馬鹿な事言っているのよ。効果がどうのこうの、ふざけないで!」
何を言っても通じないということはわかっている。本人が信じて疑っていないのだから。それでも恐怖から逃れるために、リノアは声を出さずにいられなかった。
「ほほ、信じられないのも無理ありませんわ。しょせん俗人ですものね。わたくしのように選ばれた者にしかわからないことですもの」
いつの間にか4人の召使らしき女達が部屋の中へ入ってきていた。リノアが気づいた時には遅く、びりっ、と全身に電流が流れたかと思うと、彼女はそのまま意識を失った。

……その頃、ビリアーズの屋敷の前に一台の車が止まった。
「ここかい?」
「間違いない」
車を降り、門の外から屋敷を眺める。門は閉ざされていた。
「どうするスコール?リノアがどんな様子かもわからないし、こっそり忍び込むかい?」
派手なことは出来ないだろう?とアーヴァインが確認する。だが。
スコールはその問いに答えず------あるいは耳にはいらなかったのかもしれない------車から降りるやいなや、ガンブレードを抜き放ち、正門を飛び越えた。
「ありゃ〜、中へ入っちゃったよ。正面から強行突破かい」
考えてみれば、もっともだ。リノアを攫った目的が他の娘たちと同じように殺すことにあるのだとすれば、動きを悟られたら人質の身に危険がの段階はとうに過ぎている。こうしている間にも殺されかけている可能性があり、最悪の場合、リノアが殺され、ビリアーズ伯爵夫人が魔女の力を継承することも在り得るのだ。
「騒いだら予定を変更で素早く殺すかも…って可能性考えてないよなぁ〜やっぱ」
「なに呑気なこといってるの!続くよ!」
アーヴァインとセルフィの二人も正門を飛び越える。
スコールが玄関の扉を吹き飛ばした。

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文責:楠 尚巳