その深夜、エリンナの私室にて…
「ど、どうして……」
魔法士エリンナの声だった。
「どうしてって、あなたが失敗したからよ。言ったでしょう?オリヴィアは、回復魔法が使える。きちんと確認しなさいって。どうして早々にその場を立ち去ったの?」
「そんな…わ、私は、ちゃんと確認…して」
「言い訳は、結構」
言いながらアデリーナは、エリンナの体内で、あるものを掴んだ。
「わ、私は、まだ役に立ってみせます。私はあなたの影…私がいなくなったら、あなたの計画にも支障がっ…!」
「安心しなさい。あなたのかわりはいくらでもいるわ。不死の誘惑にあらがえない者は沢山いるの。問題は…」
ズボリとエリンナの体内から暗黒玉を取り出した。
「これよ。これが稀少なのよ」
暗黒玉は、あの方しか作れない。
同時に、さきほどまでエリンナであった者は、形を失い消失する。
アデリーナはそれを冷たく見下ろし、
「100年も若く美しいまま生きられたのよ。感謝して欲しいわ」
アデリーナは、何事もなかったかのように、背もたれに傾斜のある一人用のゆったりした椅子に座り、窓から夜空を見上げた。
なんてやりにくい……
アデリーナの心が、怒りに染まる。
200年前のドリュアス人は、笑ってしまうほど愚かで無知だった。
あまりにも面白くて、彼らを使い、あの女をいたぶる余裕すらあったのだ。
そのうち魔法が誕生してしまい……
なぜ、さっさと始末しなかったのだろう。
楽しむのではなかった。油断以外、何物でもなかった。
それでも、間に合ったと思っていたのだ。
ドリュアス人が、魔法を忌むべき力と認識し迫害してくれれば、失敗どころが我らの糧となったはずだった。
それがまさかあの女の死後、あの男が魔法と魔法士を擁護し、帝国中に普及させるとは。
そしてドリュアス人が間違いを認め、あの女の名誉を回復させるとは。
なにより忌々しい学者どもによって検証され、考察され、二度と同じことがおこらぬよう対策されるとは!
おかげで今回、思うように進まない。
アデリーナは、ちらりとエリンナが消滅したところを確認する。
計画に支障が、か…
アデリーナの気持ちに同化し、まるで自分の気持ちのように信じ込めるエリンナは、確かに優れた駒だった。
オリヴィアにも期待していたが、今回のことで役に立たないと、はっきりとわかった。
あの娘は、自分と自分の周囲の者達の幸せしか考えられないだけで、どんな手を使ってでも望むものを手に入れたり、人を憎む心に欠けている。
彼女が新帝の協力者となったら困ると早々に始末しようとして、このザマだ。
(エルダの儀で送り込んだあの娘と生意気な魔法士…それにアンドレア・クスタキス)
生まれながらの聖人など存在せぬ。悪人もまた然り。
悪は人によって作られ、人の愚かさを養分にして育つということを、アデリーナは身をもって知っていた。
だから作り、育てる———自分(わたし)のように、ガイアが創造したこの世界の終焉を願う者達を。
アデリーナは、キィと音を立てて椅子から立ち上がり、窓を開けた。
窓から入っては出ていく夜風が、わずかに残ったエリンナの痕跡を、天へとさらっていっては浄化する。
黒い灰が、風にさらわれては消えていく様子に、なぜか心惹かれて最後まで眺めてしまう。
もはや、この部屋には何も残らぬ。
一人の魔法士が、こつ然と姿を消した。確認できるのは、ただそれだけ。
アデリーナは何事もなかったかのように、静かにエリンナの部屋を去ったのだった。
-Fin【戴冠の儀(前編)へ続く】-