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(ざん)の剣

11

神器さえあれば、あとは簡単———
とはいかず、メロにふんっと、おうちに入ることを拒否される。

カルナは、琥珀(こはく)の斬の剣を指差して、
「ほら、ピカピカに磨いたでしょう?なにが気に入らないの?」

『おうちは すてきよ 呼び出しの じゅもんが 気に入らないのよ!』
「ああ。出ておいで じゃイヤ?何がいいの?」

メロは、ぱっと飛び上がり、
『おお!いでよ メロ!悪を打ち倒せぇぇ!!』

「却下」
シーヴァーの乾いた声が響いた。
そのセリフを言うのはメロではない、マスターであるシーヴァーなのだ。

『じゃあこれ』
と、お祈りポーズで、
『ああ いとしいメロ お願いだ 起きて 出てきておくれ』

シーヴァーは、しばらく考え、
「メロ起きろ 出てこい にしよう」

『いやよ!!可愛くないわ!!』
暴れるその様子に、
「わがまますぎやしないか」
シーヴァーは、カルナを相手に愚痴をこぼす。

「性格だから仕方ないわ。それでなくても長い間マスターと遊んでいないから、ストレスがたまっているのよ」

シーヴァーはお手上げとばかり、
「いっそ、ディアナをマスターにするか?俺以上に、メロが必要なのは、あの子だろう」
「それはダメ。マスターになれば責任も伴う。7歳のディアナに負わせるのは酷よ」

何かヒントはないかしらと部屋の中を見回しているうちに、ふと、ローテーブルのクッキーのクズが視界に入り、
「メロ クッキー」
となにげなく言ったカルナの言葉に、メロが思いっきり反応した。
『メロは クッキーを 食べるわ!』

「おーそれだ。”メロ クッキーを食べよう”」
『それだけじゃ 出てこられないわ』
メロが残念そうな顔をした。

「わかった。"メロ 出ておいで クッキーを食べよう" 」
 今度は迷って返事をしないメロに、カルナが笑いながら、
「それだと、メロ 出ておいでしか言ってくれない可能性があるものね」
と、フォローする。続けて、
「メロ クッキーのために 出てこい は?」

『それーーっ!!!』
メロが飛び上がった。

クッキーのため?おかしくないかと怪訝そうな顔をしたシーヴァーに、
「そこは気にしない。クッキーが入っていればいいのよ」
とカルナは耳打ちする。
「頭が足りないと思われるのは俺なんだが!」
「大丈夫よ。私は思わないわ」
なんの慰めにもならないことを言うカルナだった。

『シー、メロ それがいい!!』
「……仕方がない」
人前で言わなきゃいいんだ———

「練習するぞ。”メロ、クッキーのために出てこい”」
はーい、とメロが嬉しそうに返事をした。

「決まったわね。それじゃ、今から代替わりの儀をするわ。メロはおうちの中へ入って」
うんとメロが斬の剣の中へ吸い込まれるように消え、メロが消えたことでディアナは不安になってしまう。

「すぐに出てくるわ。メロは今から、前のマスターと離婚して、今のマスターと再婚するだけよ」
カルナの説明に、ディアナは意味がわからずクビをかしげ、
「例えが悪すぎる」
シーヴァーは呆れた。

一同は、部屋から庭に出て……

「ここで?」
「ええ。一生に一度のことだから、儀式としてやるのが正解かもしれないけれど、今はスピード優先でしょう?」
「だな」
暗黒魔法の使い手が斬の剣を手に入れたがっているのだ。さっさとマスターになってしまうに限る。

「さて。ふたつのやり方があるわ。口上を全部覚えるか、私が言って、貴方は名前だけ言うか」
「名前を呼ぶだけで」

カルナは頷き、
「わかったわ。私が合図したら名前を呼んであげて。名前は必ずメロ。それ以外だと大泣きして大暴れするから。あと、終わったら斬の剣は落とさずに受け取って。でないとマスターはメロが大切じゃないと恨み言を言うわ」
「りょ、了解」
気が強くワガママ———メロの性格がシーヴァーもだんだんと理解できてくる。

「ところでなぜ皇家の守護精霊がメロと名付けられたのか、知っているかしら?」
「いや」

「帝都は果樹栽培が盛んで、果物が安く買えるわよね。その中でも帝都の子供達に人気があり、特別な日に食べさせてもらえるような果物は何?」

「そりゃ、なんと言ってもメロンだ。市場に出回るのはたったの3ヶ月。安く買えても他の果物にくらべれば、やはり高い。それでも帝都っ子なら貴賤問わず、普通に食べられるから、他領から来た者に、それを自慢したがるのが帝都っ子だ…って、それか!」

「ええそうよ。帝都の子供達の憧れ、人気者のメロちゃん。メロはそうありたいと思っている。そしてメロも、メロンが大好きなの。その気持ちを込めて名前を呼んであげて」
「そうか…わかった」
名前に、そんな意味があったとは。
「ワガママだけれど、優しいいい子なのよ。イヤと言った時は理由を聞いてあげて」
「ああ、わかるよ。ずっとディアナと一緒にいてくれたんだ」

カルナは両手の手の平に、斬の剣をのせた。

《我 これより 代替の儀を 行う》

ここだけは精霊語を話す 精霊使いにしか出来ない。
琥珀の斬の剣がその言葉に反応し、ふわりと宙に浮く。

かつて ガイアは 仰せられた
我の心を 継承せし 人の子よ わが大地を 治めよと
我、ガイアの御心を 継承せし 子の名において
ガイアの愛し子の精霊に 名を奉ずる

「汝の名は…」

カルナの合図に、

「メロ」
シーヴァーが言うと同時に琥珀の斬の剣が、強烈な光を放つ。
目を開けてはいられないまぶしさだ。

やがて光がおさまった。
「終わったわ。受け取って!」
それを合図にシーヴァーは、地面に落ちようとしている斬の剣をキャッチした。

「完璧。さぁメロを呼び出してみて」

「ああ。”メロ、クッキーのために出てこい”」
はーいと返事が聞こえて、斬の剣からメロが出てきた。

『マスター!メロは子供達の人気者ですから、子供達を幸せにしないといけません。いっしょに子供達を幸せにしましょう』

「もちろんだ」
もうメロが、シーと呼ぶこともないのだろう。短い間だったが。

メロは挨拶がおわると、いつもの通りディアナの腕の中におさまった。

「メロは、いつまでディアナと一緒にいられる?いついなくなるの?」
とディアナがカルナに聞いてきたので、シーヴァーは、カルナ経由で、
「これまで通りだ。メロがおうちでやすむのは、ディアナと一緒に遊べない時だけだよ」
と答えると、ディアナは安心したように笑った。

ノックの音がきこえた。
「失礼いたします。お目覚めになりました」
誰がとは言わぬ。言わなくてもわかることだったから。
「そうか」
シーヴァーは短く返事をしたのだった。

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