(光の精霊……?)
近づいてくる気配を感じ、カルナは急いで部屋から庭に出て、大気の中、意識を集中させる。
やはり光の精霊が近づいてくる。
(何かを運んでいる?)
光の精霊は、単独飛行なら世界最速だが、荷物を運んでいるときは遅い。
風の精霊のように運ぶのが上手くない。
朝に気配をキャッチして、そのまま待っていたら到着したのは夕方なんてことが普通にあるのだ。
《風の精霊達 手伝ってあげて》
風の精霊達の、はーいと返事をする声が聞こえた。
そのまましばらく待つと、身軽になった二柱の光の精霊が、光速でやってきた。
荷物を持ってさえいなければ速いのだ。
ついで荷物を持った風の精霊が到着し、持っていた荷物を庭に降ろした。
その「荷物」に、さすがのカルナも驚くことになる。
(誰…?)
しかし、それは背後のシーヴァーの声ですぐに判明した。
「……オリヴィア!」
「知り合い?」
カルナがたずねれば、
「ああ、聖魔法士オリヴィアだ」
シーヴァーは、急ぎ歩み寄ってきた。
息をしていない。
「…死んだ、のか?」
「いいえ。死んではいないわ。仮死状態よ」
カルナは、安心させるように言う。
よほど光の精霊に好かれているのだろう。
オリヴィアの身体の傷ついた箇所は修復されていて、魂も消滅せずに留まったまま。
だが、一度繋がりが切れてしまった身体と魂を再び繋げるには、高度な技術と経験がものを言う。
どことどこの身体と魂を繋げなければならないのか、そして繋ぎ方がわかっていないと出来ない。
「だから私のところへ運んできたのね」
うん ぼくたち しゅじゅつ できない
姫様 オリヴィア 助けて
「もちろんよ」
カルナはオリヴィアの額に手をあてて、意識を集中させた。
オリヴィアの精神世界(インナースペース)に入り込み同化させ、彼女の身体と魂を繋げていく。
その作業中、オリヴィアの身体の中に混ざる、わずかな「異物」にカルナは顔をしかめ、無言でそれを浄化し、再度、何事もなかったように繋げていく。
ドクン とオリヴィアの心臓が動き出し、彼女は息を吹き返した。
ありがとう!
光の精霊達は 嬉しそうにぐるぐると回る。
「お礼を言うのは、私のほうよ。おかげで助けることができたわ。ありがとう。でも光の精霊達。もっといい方法を教えるわ」
「どう?これなら速いでしょう?」
ほんとだ!
ぼくたち いつも遅くて 悲しかった
他の お友達にも 教えてあげなくちゃ!!
嬉しそうに、散っていった。
さて、精霊達がいなくなったところで……ここから先はヒトの領域。
シーヴァーが、まだ目を覚まさないオリヴィアを抱き上げ、部屋の中の寝台へと運び、ディアナとメロは、絵本のとおりの「眠れるお姫様」の姿に、興味津々でのぞき込む。
繋げたところが完全に元通りとなるまで、まだ時間がかかるだろう。
その様子を見ながら、
「シーヴァー皇子。彼女が、どうして死にかけたのか、心当たりはあるかしら?」
「心当たりがあるとすれば…」
エルダの儀の妃になるはずだったのはオリヴィアだったこと、翌朝まで何者かに閉じ込められていたこと、
そして昨日、シーヴァーのところへ会いに来たことを話した。
さらに……
「ひとつの命が消えかけた。もはや証拠がないなどと言っていられない。一昨日、君は得体の知れない者がいないかと聞いたな。あの時、頭に浮かんだ女性がいるんだ」
アデリーナ・アトロポス。
アトロポス伯爵の遠縁の娘にして、養女。
明るい栗色の髪と、瞳を持つ土属性の魔法士で、下級ながら回復魔法も使える。
若手の魔法士達の良き理解者であり、美しく控えめな性格から慕う者も多い。
「バラバラな状態では気がつかないが、情報が集まる場所からみると、よくわかる。常に帝都の貴族社会の対立や騒動に関わっているのがあの女だ。アデリーナに聞いた、アデリーナから言われた、アデリーナが応援してくれた…またか、と思う。人によってまったく違うことをアデリーナに言われている。そして、目的がわからない」
「いたずらに人々を混乱させ、争わせ、それを眺めて楽しむ人なのかしら。貴族なら誰でもいいと思っているのなら、よほど貴族に恨みがあるのかも」
争いの女神が、三女神の真ん中に黄金のリンゴを投げ込んだのも、自分だけが招待されなかった恨みからだった。
黄金のリンゴを巡って三女神は争い、人界を巻き込む大戦争に発展する。
「だったら少しは、ましだったんだがな。領国と帝都、領公と帝都貴族、魔法士と騎士、さらに魔法士同士の対立にまで関わっているとあっては、貴族だけとは思えんよ」
「…標的は帝国?」
「君もそう思うか?」
カルナは短い沈黙のあと、
「私も確信が持てなくて、貴方に黙っていたことがあったの。もしやとは思っていたけれど」
カルナは眠っているオリヴィアを見つめながら、
「彼女の身体には、わずかに暗黒魔法の痕跡があった。浄化しておいたけれど。ガイアが言っていたオピーオンの使徒とは『暗黒魔法の使い手』のことなのかもしれないわ」