皇帝の住居区にある、こぢんまりした会議室に、
帝国の頂点にたつ二人がいた。
「いったい何のご用だろう。休暇中にお呼びとは…それも人目につかないよう、シルバーナイトに案内させての呼び出しだ」
そんな疑問を口にしたのは、帝国騎士団 総団長のユリウス・カルロである。
現在36歳。
いかにも貴族然とした容姿の持ち主であるが、元は地方の下級貴族。
両親ともに亡くしたあと、神殿に身を寄せていたのを、彼の才覚と人柄に惚れ込んだカルロ家の当主が、自分の娘と結婚させたのであった。
15歳で結婚し、16歳で父親となり、そして義父の見込んだとおり、わずか29歳で帝国騎士団の頂点にたった男である。
「エルダの儀で手違いがあったようだとは、聞いていますが…」
行政長官のトーマス・ワイルダーは、ユリウス・カルロより2歳年下、これまた行政長官としては若すぎる34歳だ。
先帝の皇妃であったメアリー皇太后の弟にあたり、そのおかげで行政長官に選ばれたようなものだが、
「あれはあれ、これはこれ」と、姉とは距離を置いていた。
「そういえば遅いな、魔法士長代理は」
高齢で出歩くこともままならぬ魔法士長にかわり、こうした集まりに出席するのは副魔法士長のラウルス・ラムである。
ノックの音が聞こえ、
「ラウルスです。入ります」
入室してきたラウルスの表情に、トーマスとユリウスは同時に驚くことになる。
ラウルス・ラムは、いつもなら人を食ったような笑顔と言葉で周囲を適当にあしらい、何を考えているのか、わからないと言われる男だ。
それが今、笑みを完全に消していて、とても声をかけられるような雰囲気ではない。
協力を求めてこないということは、魔法士の塔の住人のみで解決しようとしているのだろうが……
「全員いるか」
シーヴァーの声がして、3人とも起立し、入室してきた主君を礼で迎えた。
「座って楽にしてくれ。急に呼び出して悪かった」
全員が着席すると、
「前置きはなしだ。一昨日、聖魔法士オリヴィアが何者かに襲われた。幸い命に別状はない」
「オリヴィアが見つかったのですか!?」
「ああ、彼女は私のところで保護している」
「そうですか……」
ラウルスは、最大の心配事が消えて、気が抜けたようになった。
「だが、一歩間違えたら死んでいた。手遅れになる前に、お前達とは情報共有しておくべきだと判断した」
「良い判断です」
行政長官のトーマスが言ったのを受けて、シーヴァーは頷き、
「ラウルス。エルダの儀で何があったのかを、私から話してもいいか?塔の内情を暴露することになってしまうが」
「どうぞ。オリヴィアの無事さえ確認できれば、気にすることは何もありません」
雰囲気が柔らかくなり、少しだけいつものラウルスに戻った。
シーヴァーは、ガイアとの契約内容とドリュアスのガイアの加護をもらったこと以外を三公に話した。
即ち、
エルダの儀で手違いがあり、副魔法士長に就任予定のグリエルモの恋人が、エルダ大神殿へとやってきたこと。
選ばれていたオリヴィアは、何者かに閉じ込められたこと。
そのオリヴィアは昨日の朝、アデリーナに助けられて、シーヴァーのところへ来たこと。
その帰り、何者かに襲われたらしいこと。
そして……
マガー連合公国のカルナ・カリナン姫を、エルダの儀の妃に迎えたこと。
この200年間、行方知れずだった皇家の守護精霊と、死んだとされていたディアナ・ドリュアス皇女が見つかったことだ。
「これは……」
あまりにも重要な情報が多すぎて、一度に処理できない。
たった2日で、これほど事態が急転するとは。
「姫が偽者の可能性はないのですか?マガーが大公家の姫を他国に嫁がせたことは、かつて一度もなかったはず。にわかには信じられません」
行政長官トーマスの疑問に、
「それはないな。お前達も会えばわかる」
それに、はじめてじゃない———その言葉をシーヴァーは、飲み込んだ。
その目で確認したほうがいいだろうと思ったのだ。
「そうですか。皇子を信じましょう」
「ありがとう、トーマス。それで俺の妃となったカリナンの姫が言うには、この世には暗黒魔法を使う者達がいて、オリヴィアを襲ったのもそいつだと言うんだな」
「暗黒?闇ではなく?」
反応したのは魔法士長代理のラウルスだった。
「別だそうだ。闇は、属性の異なる複数の精霊に祝福されることで使えるようになる混合魔法だが、暗黒魔法は光の精霊を捕らえ、核とすることで使えるようになる人工魔法と言っていた。むろんそんなことは精霊使いに許せるはずもない。特に光にとっては。そのため彼らを見つけ出し、倒すことは光のカリナンの大切な仕事のひとつだと」
「人工魔法…ね。そんなものが、本当にあるのかな?」
つぶやくように言ったのは、騎士団総団長のユリウス・カルロである。
見たことのないものを、信じるのは難しい。
「理論的には可能ですよ、総団長。ただ我々には、精霊の姿はぼんやりとしか見えず話もできませんから、精霊を捕らえるのは不可能ですが。精霊使いならば、あるいは…」
「ああ。彼女は、暗黒魔法の使い手を、精霊王に背いた裏切り者と言っていた」
そこでシーヴァーは少し考え込み、唐突に話題をかえる。
「ところでお前達、オピーオンの使徒…という言葉に、心当たりはあるか」
行政長官のトーマスと総団長のユリウスが、雷に打たれたように硬直し、
「その言葉を、どこでお聞きなさった?」
慎重に問うたトーマスに、
「いや、その暗黒魔法の使い手が、オピーオンの使徒と呼ばれている可能性があるのでね」