「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だとも。君にはどんな罠も関係なし。空を飛んだり破壊したり、やりたい放題」
もうヤケである。
「罠に付き合うのは1回だけで十分だもの。次からは楽に通行できるわ」
「ああ、誰にでも簡単にな!」
嫌みを込めてシーヴァーが言えば、
「あれは機械仕掛けで魔法がなかった時代に作られたのよ。見ての通り今の時代では通じないわ。あなたの私財で最新の罠を作ればいいでしょう」
「ほう。いい考えだ。それだけの価値があればだが。俺にはあの旧式の罠で十分だった気がする」
今の自分は、怒っているのか楽しんでいるのか、わからないシーヴァーだった
カルナはピタリと歩くのをやめ、観念したように、
「わかった。謝るわ。弁償するわよ」
言って、再び歩き出す。
今までで一番長い、まっすぐの通路を歩いていると、十字路が見えてきた。
曲がる方向は右である。
「あ」
曲がって少し歩いた先から、光が漏れていた。
感覚でわかる。
あの場所に、ジスティナの墓がある。
そしてユーリス帝も……
光が近づいてくるにつれて、カルナの歩みが止まった。
「どうした?」
「怖くなってきたのよ。二人だけの聖域に足を踏み入れていいのかどうか」
「いいに決まっている。でなければ、斬(ざん)の剣を持ち出したりしない。次の…俺達がくるのを待っているんだ」
「そうね」
再び歩き出し、入り口をくぐった先に、人がいた。
「おやぁ、まさかこんなところまで、やってくる者がいるとは」
それは神官服の…背が高く痩せ型の中年男だった。
「おお!これはシーヴァー皇子!」
シーヴァーは、背中にカルナを隠しながら、
「その聖衣…上級神官か。なぜここにいる」
「ここは神殿とも繋がっております。時々こうして見回りに」
「それは知らなかった。なぜ私がそのことを知らないんだ?」
墓の見回りや掃除は、神官見習いの仕事だ。皇家の墓地もそうである。上級神官の仕事ではない。
「墓参りなど、報告するまでもないことでございます。ささ、どうぞ。ユーリス帝のご遺骨はその扉の向こうでございます」
神官は、いそいで脇に寄る。
墓であろう石の塔の正面には、大人が、かがんでくぐるような小さめの扉がついていた。
「シーヴァー皇子」
カルナがシーヴァーの背後、耳元で小さく囁いた。
こういうとき身長がさほど変わらぬというのは便利だ。
「貴方は安全なところまで下がって」
カルナが言わんとしたことを、シーヴァーは察した。
「わかった」
シーヴァーは神官に微笑み、そして彼の視線を外れ、来た道を引き返し、入り口付近で待機する。
神官はその姿を追い「?」となったものの、目の前に残ったカルナの視線とぶつかった。
「ごきげんよう」
ちなみに今のカルナの瞳は、昨夜エルダ大神殿に忍び込んだ時をのぞいて、ずっと紫色だ。
「ひょっとしてお妃様ですかな?」
「ええ。宜しくお願いいたしますわ」
「それはめでたい。思えばここに葬られているジスティナ妃もエルダの儀で迎えなさったお妃様でございました」
「そうね」
少し時間をおいたあと、
「ところでなぜ知っているの?ここにジスティナが葬られていることを。ユーリス帝以外知らないはずよ」
「あ、いや。これは代々の上級神官が受け継いできた神殿の機密でして。我々がお二人の墓を守ってまいりました」
その言葉に、カルナは意地悪く微笑み、
「……はっきり言ってあげましょうか。墓はシールドで守られている。透明な光の壁よ。あなたはそれを解除できない。だから中にあるものを手に入れられないのよ」
「いったい、なんのことか……」
「ずっと見張ってきたのね。見つけたのはいつかしら?50年前?100年前?それともユーリス帝が亡くなった直後?発見しても手に入れることができない。間抜けな話よ。”あいつ”は、役立たずがなにより嫌い。きっと手に入れるまで顔を見せるなと言われているのでしょうね」
カルナの挑発に、神官の呼吸がふーっ、ふーっと荒くなる。怒りを抑えているのだ。
「ひょっとして神殿からトンネル掘ったのかしら?ごくろうさま。想像すると笑えるわ。人間やめてモグラになったのね」
「おのれ…おのれ…」
バキバキと音をたて、神官の背中から手足のようなものが出てくる。
その様子にカルナは驚きもしなかった。
驚いたのは、その様子を遠くから見ていたシーヴァーだ。
「おのれぇぇぇ!!」
殻を破るように中から、異形の者が出てきた。
胴体はカマキリ、クビから上は食虫植物———の、ような魔物。
カルナは、この瞬間を待っていた。
《集え 光の精霊 悪しき者を 滅し 友を 救い出せ》
この瞬間、光の精霊達は、攻撃できる喜びを爆発させた。
精霊は、精霊使いの命がなければ、攻撃できない身ゆえに。
ともだち 返せ! 返せ!
ひどいわ! おともだち 返してよ!
言うことは可愛らしいが、攻撃は鋭く苛烈。
滅せよと言われた以上、滅するまで攻撃をやめない。
そのエネルギーは無限であり、力が尽きることもない。
作戦も戦術も無意味。
かつて神官であったモノは、カルナが何者か察したようだが、時既に遅しである。
「おのれ、精霊ども…やめ…」
「ギャアァァァァァ!!!」
形を保てず、崩れるように消滅し、消えた場所には黒い灰だけが残った。
見ているシーヴァーは、驚きすぎて何も言えぬ。
カルナは神官が消えた場所に近づき、黒い灰をかき分け、黒く光る玉———
暗黒玉を見つける。
カルナは暗黒玉を拾い上げ、
《浄化》
すると、玉が割れて中から捕らえられていた光の精霊が出てきた。
光の精霊は、ぽろぽろと泣いていた。
どうしよう、怒られる、わたし 悪い精霊(こ)……
「大丈夫よ。心配しないで」
カルナは優しくいい、空を見上げる。
「みなさん、はぐれていたお友達がみつかりました みんなで お迎えしましょう」
おかえり おかえり おともだち
おいでよ あそぼう おともだち
精霊達のよびかけに、捕らえられていた光の精霊は泣き止み、カルナのほうを見る。
カルナが微笑んで頷いたのを確認すると、
光の精霊は恥ずかしそうに、えへへと笑い、カルナの手の平から飛び立ち、光の輪の中へ帰っていった。