一方、その頃カルナは……
宝の地図探しを、シーヴァーから引き継ぎ、皇家の図書室にいた。
「皇帝が私的な文書を隠すとしたら、それが200年以上も残っているのなら、ここしか考えられない」
そうシーヴァーに言われ、ここで宝の地図を探しているのだ。
(地図、地図…)
と、本を片っ端から手に取り、パラパラとめくって紙が挟まれていないか調べているのだが、1時間以上たっても成果なしである。
「ルナ」
ディアナの声にカルナは下を向き、
「ディアナ、これ見つけた。どう?」
と、小さな紙切れを嬉しそうに差し出す。
紙の端を破り取ったような、小さな黄ばんだ紙切れである。
さすがに、これは違うだろうと思いつつ、ディアナを傷つけないよう、
「見せて」
と受け取って、確認してみると。
行き 左 十字は 右
帰り 右 十字は 左
だけである。
「あ…」
カルナの脳裏に、エリックの言葉が甦る。
”ルールがなければ、モノはつくれんよ”
———ひょっとして、このルールで進めということ!?
「すごいわ!ディアナ」
カルナだったら、気づきもしなかっただろう。
地図の形や大きさに先入観がなかったからこそ、見つけられた。
その時だった。
メロが、ぶーっと不満そうな顔をし、
『メロも見つけたかったわ!!』
いやいやと暴れる。
その様子にカルナは慣れたもので、
「じゃあ今度はメロが見つける?これをもう一度、どこかに隠すわ」
と言った。
『見つけるわ!!』
メロは、顔を輝かせる。
「じゃあメロは後ろをむいていて。一緒に隠しましょう、ディアナ」
守護精霊のお世話とは、こういうものなのだった。
「ディアナとメロが見つけたわ」
既に部屋に戻っていたシーヴァーにカルナが報告すると、
「凄いじゃないか!」
褒められて、ディアナは恥ずかしそうに、逆にメロは得意げな表情になる。
「しかし、まさかこれが地図だったとはな」
「知っているの?」
「ああ。俺が知っているのだけでも、何十冊かに同じように落書きしてあるんだ。端にね。なんだろうと思っていた」
クスクス笑い、
「ユーリス帝は、どこの本に書いたのか探すのが面倒だったんだな。適当に本を選べばすぐに見つかるようにしていた」
「私が探した本にも、書いてあったというわけね」
気づかなかった。
そこでカルナは、あることに気づく。
「ディアナ、ひょっとして本の端をやぶっちゃった?」
カルナが、やぶるジェスチャーをすると、
「い、いけなかった?重かったから……」
ディアナは戸惑う。
「そうだったのね。今回は大丈夫。でも今度から図書室に保管してある本は破らないで。重くてもそのまま見せるのが正しいやり方よ」
「わかった。今度から やぶらない」
「落書きは…こうして、たくさんの本に落書きしてあるけど、真似しちゃダメよ」
「わかった」
ディアナは素直に頷く。
「ユーリス帝は真面目な性格だったと伝わっているが、そうではないのかもなぁ」
いたずら小僧みたいだ———
渡された紙を見ながら、シーヴァーが率直な感想をもらす。
「本当に。私も、よくわからくなってきた」
「とにかく神器探しは今日中に終わらせよう。明日から忙しくなる」
「ええ」
言いながらカルナがあることに気づき、
「ディアナは、また兄上に預けることになるのかしら?」
「やめてくれ!今回はメロも一緒にいられるのだろう?クリスにまかせるさ!」
そう言ったシーヴァーは、まるで気に入らない男に娘を取られそうになっている父親のようだ。
「いいけれど…彼に知られたら、自分も一緒にいくと言いだしかねないのだけど?」
「なぜだ?俺は老衰以外では、死ななくなったんだろう?」
「そうね。でも痛みはある。苦しむことも。彼は許せないはずよ」
「なら君が、俺を守れることを証明すればいい」
「はぁぁ!酷い夫ね。こういう時は、どんなに強くても君は女性なんだ。俺が君を守るといって妻を感動させるものでしょう?!」
「…君がそのセリフをどこから学んだのか知らないが、俺の経験と読書歴にはないな」
「……ひょっとして恋愛物語にはお金も時間も使わない人?」
「そのとおり。すまんね。俺は恋愛は現実のほうが好きなんだ。意外性の連続でスリル満点。矛盾していることを毎日平気で話し、時に理解不能な怒りが炸裂する。
忍耐の連続、でも時には心が重なる素晴らしい瞬間がある。その光景を毎日見ている者がいたら理解できないと思うだろうだろうが、それが現実だ。それでも好きなのは…」
「…ただ好きだからだ。理屈じゃない。努力すれば愛されるなんて幻想だ。俺も…」
「どんなに努力しても、母に愛されることはなかった」
「……お母様は生きているの?」
「いや、死んだ。俺が10歳の時に病気で。俺と一緒に皇宮を追い出されて、祖父の家に戻ったが、別の生き方を見つけられなかった。皆、母を愚かだと言った。それ見たことかと。平民が思い上がるからだと散々だ。確かにそうかもな」
「いいえ」
カルナは静かに否定した。
「貴方のお母様は先代皇帝と出会い結婚し、見知らぬ世界へ飛び込んだ。勇敢だったのよ。自分の人生の中で一番難しいことに挑戦した。それは上手くいかなかったかもしれないけれど、挑戦する勇気もない者がバカにしていいことではないわ。貴方とも楽しく生きることが出来るならそうしたかったはず。でもそれは難しかった。精一杯生きたのよ。そのおかげで産んだ息子は最後の契約の子となり、私と繋がった。感謝しかないわ」
「そうかな……」
記憶を辿るように沈黙する。やがて、
「ありがとう」
微笑みながらこちらを見たシーヴァーに、カルナは落ち着かない気分になる。
「なに?」
「いや、君と話すのは新鮮だ」
「新しい経験ね」
「そのとおりだ。では行くか」