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Chaos Rings

11

アユタ達が大広間に戻ると、今やすっかり顔なじみとなったエッシャーとミーシャ、オーガとヴァティーがいた。イルカとシャモの姿が見当たらないところをみると、どうやら今回は、最後ではなかったようだ。
「さっきの戦い……助かりました」
唐突すぎても静かに受け止めることができるのは、しぐさも雰囲気もそう訓練されている人が発した言葉だったから。
「怪我がなくてなによりです」
アユタは微笑んだ。
「あんな風に助けてもらうのは二度目ですね」
「えっ?」
アユタはマナの言わんとすることの意味をつかみ損ねる。
「忘れてしまったんですか?私が乗っていた馬が暴れたとき、あなたが助けてくれたのですよ。あれから私達は親しくなったのではないですか。記憶を失っている部分でもないのに、あのことを忘れていたなんて……少し寂しいです」
「え!? …あ……それは申し訳ありません。でも、違います!
俺は忘れたりなんかしていません。むしろ……」
アユタにとっては数少ない大切な思い出。忘れるわけがない。
「でも、おかしいです……」
「何がおかしいのですか?」
「暴れ馬の一件があってから数日後、オレはマナ様にご挨拶をする機会があったのですけれど……そのときに暴れ馬の話をしたら、
唖然とされてしまって……」
「えっ?」
今度はマナが驚く番だった。
「すっかり忘れてしまわれたものだと思っていました」
そう。だから諦めた。姫であるこの方には、自分の存在など取るに足らぬことなのだ、と。
「……それは姫としての立場があったから。
……知らないふりをしたのです」
マナは動揺し、自分が失敗してしまったことを悟る。

そんな彼女を救ったのは意外にも代弁者の声だった。
「報知する。
イルカ・シャモペアが指輪を入手した。
全員、ホームに集合せよ」
それが何を意味しているのかは全員の知るところだ。
「……マナ」
広間の片隅から彼女をじっと見るミューシャの声は弱々しく不安げで、最初のころマナを力づけてくれた人とは別人のようだ。
「ミューシャ、どうしたの?」
「みんな指輪が揃ったわ。これから戦いが始まるのよ。もしかしたら、私とあなたが戦うことになるのかも……」
そう語るミューシャは、いっそう弱々しく見えた。
その気持ちはマナにも痛いほどわかる。おそらくとなりで沈黙しているアユタやエッシャーもそうだっただろう。
自分たちは「生きたい」という欲望のために、お互いに戦意も敵意も恨みもない相手と戦おうとしている。
いっそこの世界に自分ひとりきりなら諦めがついただろう。
だが、残される多くの人のことを想い生きていたい、大切な人に生きていて欲しいと願う浅ましさ。
隠すこともできない人の心の醜さを今、容赦なく突きつけられている。
理性がどんなに生意気に正しさを口にしたところで、ただ生きたいと願う、それが動物であり、人間であり、本能なのだ、と。
「ミューシャは言われるままに黙って殺し合うのですか?」
人には発達した知能ゆえに自ら考え、自らの意思で生き方を決める力があるはずだ。自分達は獣ではない———そう強く思う気持ちがマナにそう言わせた。
だが続くミーシャの言葉はそれらに賛同しつつも絶望的ですらある。
「そうしなければ……あのギャリックのように殺されるのよ。
あなただって結婚を控えているのに死ぬのは嫌でしょ?」
「それはそうですが……」
思い出してマナは口ごもる。それでも……どんな事情でも自分達が得体の知れない者たちの言いなりになって死ぬ理由などない。
ルールが絶対だというのなら、それから逃れようとするのではなく、むしろ利用して助かる方法を考えるべきなのではないのか。
自分達に残された時間はわずかで熟考しているヒマもない。
マナは思いつくままに言ってみる。
「たとえば、対戦者同士が戦うことを拒否するという手はどうでしょう?」
「戦わずに引き分けを狙う……ということ?」
これにはミューシャも驚いたようだ。
確かに戦うのは私たちだ。双方の意思が一致しているのならば、あるいは……
その時、バルコニーから代弁者があらわれ、彼らの希望をあっさりと打ち砕いてみせた。
「マナよ、その場合は両者失格とする。
失格が何を意味するか……
お前達にはわかっているはずだ」
小さな声であったはずなのに、なぜそこへ届く———改めてなにもかも支配されている空間だということを思い知り、マナの心に恐怖がこみ上げてきた。そんなマナを背後にかばいながらアユタが代弁者を鋭く見つめ、ミューシャの横でエッシャーが舌打ちをする。
彼らの力をもってしても逃れられない何か———妄執に近いその意思の強さを感じずにいられない。
突如、広間にオーガの豪快な笑い声が響いた。
「ハハハハハ!
お姫様、わかったか。
おうちに帰りたかったら、
殺し合うしかないということだ。
モンスターとは戦えるんだろう?
人間も同じ動物だ。
同じように殺してやればいいだけだ!」
だから人間は獣じゃない———そう言い返そうとしたマナをアユタが人知れず静かに止めた。
この銀髪の巨人には何を言っても無駄なのだ。
ここで、この男だけが戦意も敵意もあるのだから。

再び代弁者が機械的に言葉を紡ぐ。
「全員、指輪を取得したようだな。
では1回目の決闘の組み合わせを伝令する。
『シャモ・イルカ』対『オーガ・ ヴァティー』

「ということは……」
アユタは思わず声に出した。

『アユタ・マナ』対『エッシャー・ミューシャ』

「そ、そんな……」
これまでのささやかな抵抗をあざ笑うかのような代弁者の無情な声にマナは青ざめた。

「……我らではないのか」
オーガは落胆を隠そうともしない。
アユタのほうへ向き直り、
「アユタよ、こんなところで負けるなよ。
私の楽しみをなくさないでくれ」
あくまでもアユタしか眼中にないと宣言するかのようなオーガのその言葉は、彼らの対戦相手であるイルカとシャモの癪にさわったらしかった。

「お前の声は本当に耳障りだ。
私の双刃刀でその口を塞いでやろう」
「僕達と戦うことを後悔させてやる」
相次いで宣戦布告したふたりを、オーガは怯むこともなく挑発的に迎えた。
「……私が後悔?
これは愉快だ!
いいだろう。やれるものならやってみろ!」
殺気と敵意がぶつかり合う短い沈黙のあとに、代弁者の声が静かに響きわたる。
「それでは決闘の場に進むがいい」

『より強き者に栄光あれ』

有無を言わせず決闘場へと向かう扉がゆっくりと開いた。

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文責:楠 尚巳[2011/08/07]