足を踏み入れた城の中は、案の定、見慣れた風景が広がっていた。どうやら外見だけをたくみに変え、アユタ達のモチベーションを維持しようとしているらしい。
同じ事を何度も繰り返せば、人は飽きる。
そのことをよく知っているようだった。
そこまでして俺たちを強くしたいのか———
心のままに進んでいくと、豪華なシャンデリアの下、優美な扉が出現する。
扉には、二つの窪みがあった。
何かを嵌めこまなければ、扉は開かない仕掛け。
アユタはマナを気遣いながら、扉に嵌めこむ石を探しにかかった。
邪魔する強力なモンスター達を蹴散らしつつのため、時間はかかったものの、なんとか『宝玉【王の血】』と『宝玉【后の涙】』を探し出すことに成功する。
再び扉のところへ戻ってきたとき、代弁者の声が響いた。
「報知する。
エッシャー・ミューシャペアが指輪を入手した。
これで残りは二組となる」
いまさらなんの関心もない。
あの二人なら当然のことのように思えたから。
アユタは無言で、扉に手をかけた。
二つの窪みに、『宝玉【王の血】』と『宝玉【后の涙】』を嵌めこむ。
開かれた扉の向こうにいたのは、エメラルドに輝く肢体に、四枚の羽根を持つ怪物で———見ればアユタ達を迎え入れるかのように、両手を広げて、悠然と宙に浮いている。
『オールド・ワン』
首がない……?
アユタは一瞬思ったものの、すぐに違うことに気づいた。
胴体から少しはなれて、優雅に回転している板のようなものが首なのだ。
オールド・ワンは、アユタ達を確認すると、ゆっくりと右手を差し出して「神撃:禊(みそぎ)」ではらいにかかる。なんの感情もなく、ただ目の前にあらわれた不浄な「動物」を消したいだけ。
ときどき攻撃を休め、様子を見ている余裕が癪(しゃく)に障る。
やがて二人は、この怪物が炎、水、風とすべての属性攻撃を使えることに気づく。
やっかいな———アユタは舌打ちしつつ、後方に控えるマナの補助を得ながら、剣で攻撃し続けたものの、たいした効果がない。
なんて固いんだ———これまでアユタは、あくまでも剣による物理攻撃にこだわってきた。
いよいよ魔法攻撃に頼らなければ勝てない時がきたらしい。
正直『アルカ・アレーナ』の主催者側から与えられた力を使うことには、抵抗がある。
仕方ない。生き残るためだ———
アユタは剣を収め、魔法攻撃に転じた。
オールド・ワンは、果てしなく続く魔法攻撃に、いよいよ力負けし、地に落ちた。
疲れた———アユタは額の汗をぬぐった。
魔力が、これほど力を消耗するものだとは知らなかった。
過度の集中により、脳が酷使され、体中の糖分を奪い尽くされたかのようだ。
アユタはここでの体力回復に、ショコラが渡される理由がわかった気がした。
やがて倒れたオールドワンの躯(からだ)から、やわらかな光がいくつも弧を描いて飛び出し———光は集まり結晶となり、現れた「共闘者の指輪」がマナの左手の薬指におさまった。
「これで指輪が2つ揃いましたね」
アユタがマナに語りかける。
これで、
またひとつ望みをつないだ。
二人ともに生きて、ここから出るための。
「参加資格を手にした、ということですね。……望みもしない決闘の」
マナは指輪をじっと見る。
これは終わりではなく、悲劇への始まり。
きっとミューシャの左の薬指にも同じ指輪が、すでに嵌まっていることだろう。
そのとき、マナのすぐうしろ、オールド・ワンが最後の力を振り絞って、左腕をあげたことにアユタが気づいた。
「マナ様、危ない!」
アユタがとびだし右手に持っていた剣で、オールド・ワンを斬り飛とばした。その一撃で、オールド・ワンは沈み、今度こそ消滅する。
「……あっ」
マナが気づいたときは、既にアユタの剣は鞘におさまっていた。
「大丈夫ですか!?マナ様!!」
「は、はい……大丈夫です」
アユタは、どんどん強くなってきている。
『アルカ・アレーナ』とは、戦士にとって、ここまで効果があるものなのかとさえ思う。
だが、彼女のアユタに対するそんな恐ろしい気持ちもすぐに消えた。
「よかった」
心底、安心したかのようにアユタが優しい笑顔を向けたからだ。
そんなアユタにマナは内心、冷静ではいられない。
お願いだからそんな優しい目で私を見ないで。
捕まってしまうから———マナは切実に思う。
そして、それが同時にたまらなく哀しい。
この人のひたむきな眼差しも優しさも、それを向けられるべき方は私じゃない———
いつまで耐えられるだろう。
優しいこの人を騙していることに。
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