アユタとマナは、大広間に戻った。
(俺達が一番最後か……)
扉のすぐ近くにエッシャー・ミューシャペア、オーガ・ヴァティーペアがいて、少し離れたところにはシャモ・イルカペアがいる。
(やはり、この人達は格が違う。くそっ。なんで俺なんかが戦士に選ばれたんだよ!?)
この中の戦士達の中で自分が一番弱い———その自覚がアユタの焦りを生み、不安ばかりが大きくなった。
(駄目だ…嘆いていても仕方がない……)
(マナ様だけは絶対に護る。それだけ見失わなければいい。そのためには少しでも相手の事を知っておかないと……)
考えてみたらお互いに正式に名乗りあったこともない。
名前も代弁者から聞かされただけだ。
アユタが、エッシャーとミューシャに近づき声をかけると、二人は快く応じてくれた。
今さら何かを隠す必要もないと思ったらしい。
「俺はエッシャーだ」
全身、黒ずくめの青年が答える。堂々としていて背が高く、浅黒い肌は日焼けによるものなのか、生まれつきものもなのかアユタには判断がつかない。全身を黒でまとめているため、明るい髪がよけいに目立つ。すぐれた戦士であることは疑いようもないが、アユタは彼の呼吸の仕方がわずかに奇妙だと感じた。
「私はミューシャよ。一緒にいる子、可愛いわね」
快活でやわらかい雰囲気を持つエッシャーのパートナーの女性は、アユタよりマナに興味を示す。
「えっ?」
自分に向けられた意外な言葉に、マナはびっくりして声をあげた。
ミューシャは頷く。
「どこかのお姫様みたい」
「マナ様は一国の第三姫。俺はそこで奉公させていただいている…馬飼いです」
アユタが紹介にミューシャは目を輝かせた。
彼女の国ではお姫様が存在するのは童話の中だけ。
女の子ならそれらの童話を読み、一度は憧れた経験がある。
「やっぱり!お姫様なんだ。素敵な服を着ているものね。ちょっと見せてもらえる?」
はじめて見る実物のお姫様にミューシャの心は、浮き立っている。
「……えぇ…いいですけど」
マナは、姫という立場でこれほど誰かに親しげにされたのは初めてだ。だが悪くない。きっと友達とはこんな感じ。
今まで友達なんて考えたこともなかったけれど。
「なんだよ。緊迫感がねーな」
エッシャーはやれやれと言いたげだ。
「お2人はどういう関係なんですか?」
アユタがさりげなく訊(たず)ねる。
「関係?まぁ、ガキの頃からの腐れ縁だな」
そっけなく言ったエッシャーの言葉を、ミューシャがいたずらっぽく聞きとがめた。
「あら、酷い言い方ね。ずっと私のことを探していたくせに」
都合のいいように言わないで———からかい半分のミューシャにエッシャーは決まり悪そうな顔をした。
「ちっ。ふざけんな」
アユタは、そんな二人の会話のやりとりを聞きながら、
(どうやら2人は恋人同士らしいな)
うらやましくもあるが、
(……やりにくい相手になりそうだ)
お互いがお互いを思う心はそれだけ強いだろうから。
ふとアユタは、荒々しく緊張した視線を感じた。
例の大男がこちらをじっと睨んでいる。
しばらく迷ったあと、アユタは顔をあげて歩み寄っていった。
どうせどこにも逃げ道などないのだ。だったら向き合うしかない。自分の中にひろがる不安な気持ちとも。
「 ……私に改めて名乗れとは……ふざけているのか?」
苛ただしげにオーガはアユタを睨んできた。
「私はオーガ、そして彼女は妻のヴァティー。忘れたとは言わさんぞ?」
やはりこの男は、俺を知っているのか———アユタはひそかに動揺する。
「どうしたの、アユタ?」
気付いたマナが、心配そうに側に寄ってきた。
「その娘にもちゃんと話してやったらどうだ」
「……話すって何を?」
「とぼけるのはよせ。私と戦ったことを忘れたとは言わせんぞ」
「戦った?いつ?」
「ふざけるな! 前回のアルカ・アレーナに決まっているだろう!」
「前回?」
「一体、どういうことですか?」
ふたりの会話をマナが遮った。
「何度聞かれても……知らないものは知らないんだ……」
アユタの頭がずきずきと痛み出す。彼の苦悩の表情で、マナはある事実を悟る。
「アユタ…まさか……記憶が?」
「…………。マナ様、今まで黙っていたことをお許しください……」
「いつの頃から記憶がないのですか?」
「屋敷に仕えるより以前のことは……」
「屋敷に仕える前から……」
「記憶がないだと!つまらん戯言を言うな!」
オーガの怒りはもはや頂点に達している。オーガにとっては決して忘れることのできない、いまいましい記憶。
目の前のこの男も———忘れるはずがないのだ。
「何を隠しているのです?」
ヴァティーの冷静な問いかけにアユタは声を失う。
「えっ?」
「記憶喪失を装ってまで隠したいこと……それは何なのですか?」
「俺は何も隠していない!」
アユタは苛立たしい気持ちになる。何を言っても信じてもらえないことが、こんなにも不快なものだとは知らなかった。なにもかも投げ出して開放されたいとさえ思う。
「どうしても喋る気がないのなら、今ここで口を割らせてもいいんだぞ」
オーガは背中に背負った巨大な斧に手をかけた。
「やめてください!参加者同士が勝手に戦うのはルール違反のはずです!!」
アユタをかばうように立ちふさがったマナに、ヴァティーの声がかさなった。
「ルール違反。オーガ、ここはやめておきましょう。今はまだ……」
「……そうだな。それもよかろう」
「マナ様、信じてください。俺は……本当に……」
すがるような目をしたアユタに、マナは安心させようと微笑んだ。
「大丈夫。信じます。私はあの二人よりアユタのことを知っています。あなたは嘘などつく人ではありません」
そんな二人を眺めながらヴァティーは心の中でつぶやいた。
(きっと、答えはシンプルなはず。それはわかっているのだけれど……)
———寵児達よ。1つ目の「戦士の指輪」は手に入れただろうか。
第二の扉を解放した。2つ目の「共闘者の指輪」を求め、奮戦するがいい。
代弁者の声が聞こえ、ヴァティーは我に返った。
彼女は夫と一瞬目を合わせて頷きあい、二人は無言で扉の中へ入っていく。
ついでエッシャーとミューシャが扉に近づいてきた。
エッシャーが扉に手をかけたとき、彼のすぐ後ろにいたミューシャとマナの目が合った。先程ここがどこかも忘れて、はしゃいで語らったこと。心が通い合うのにそれで十分だった。
(マナ…彼女となら協力しあうことだって……でもそれを代弁者が許すとも思えない……)
自分だって生きたい。エッシャーと共に。
憂いをおびた表情で、ミューシャは扉の中へ消えていった。
アユタは大きく息を吐き出し、呼吸を整えた。
アユタとマナの次の試練が始まった。