アユタとマナが、ラーを倒してより、3つ目の『贖罪の欠片』を手に入れようとしていた時だった。
「……なぜ、お前がここにいる?」
「えっ?」
アユタが振り返れば、そこには、オーガとヴァティーがいた。
途方もない威圧感がある銀髪の大男とそのパートナーである女性。
他の2組は指輪を手に入れたと代弁者が報知してきている。
彼らは既に指輪を手に入れているはずだ。
「なぜと言われても……」
ゆったりしたアユタの返事を、オーガはふさけるなと言わんばかりに強い言葉で制す。
「お前は死んだはずではなかったのか?!」
「えっ?」
この男は何を言っているのか———アユタがそう思った時だった。
「私は確かにお前を殺したはずだ!」
「オーガ、待って。それ以上は話さないほうが……」
ヴァティーが慌てて制止する。
「そうだな。この退屈極まりない戦いも、お前が参加しているのなら話は別だ」
「やる気になってきた?」
ヴァティーの、オーガの扱い方は手慣れたものだ。
「無論! 至極の喜びで全身の細胞が震えてくる!
アユタよ!血みどろの戦いを、また楽しもうではないか!」
それだけ言うとオーガはヴァティーを伴い、去っていった。
アユタは、何がなんだかわからない。
「俺が死んだ?あいつら何を言っているんだ?」
俺はここにいるじゃないか———アユタが呆れたような顔をすれば、マナも、
「そうですね。でも、昔からアユタのことを知っているような口振りでしたが……」
「……昔から」
アユタはそこで沈黙する。
昔……昔か。俺の昔はいったい———
「どうかしたのですか?」
マナの声で、アユタは我に返る。
「い、いえ……なんでもありません」
言えない———マナ様には。
ようやく再び、3本の鎖によって封じられているワープクリスタルの前にきた。
アユタとマナは無言で頷きあう。
どうせまた……ラーの時と同じく、この先に強力なモンスターがいるのだろう。
覚悟をきめて、贖罪の欠片を使い、鎖を解錠する。
その時だった。
「報知する。
イルカ・シャモペアが指輪を入手した。
これで残りはアユタ・マナペアのみとなる」
代弁者の声だった。
どうやら指輪を入手していないのは、アユタとマナのペアだけになったらしい。
だが、焦りは禁物。アユタは聞こえなかったフリをした。
今このときに集中力が途切れ、心を乱されるのはごめんだ。
アユタとマナはワープする。
ワープクリスタルが導く、その場所へ———
そこで見たのは、壊れた街灯。
朽ちた階段と、いまにも崩れそうな像。
はるか先に見えるのは摩天楼の高層ビル群……
見通しが良く、人工的に造られた小道が何本も遠くまで伸びていて、 本来ならば多くの人々が集うはずの憩いの場所は、今、しんと静まりかえっており、人っ子一人いない。
「オオオォォォ!!!」
注意深く前へ進むアユタとマナの背後から、突然、剣を振り回して襲いかかってきた者がいた。
アルトだった。
ギャリックを失った彼女は、放心状態のまま、ひとり広間に残ったはず。
「何故、俺達を襲う!?」
「アアアァァァ!!」
「話が通じそうにありません!」
マナは、あの時、ミューシャが言っていた言葉を思い出す。
アルトは、もう駄目かもしれない、と。
最愛の人が目の前であんな殺され方したら私でも正気じゃいられないかも、と。
「パートナーをやられて正気を失ってしまったのか……」
アユタは心から同情した。
だがここで死ぬわけにはいかない。
「参加者同士の争いは禁止のはずだけど……このままじゃ、こっちが!」
アユタが、アルトにむかって太刀を振り下ろす。
だが、殺しはしない。動きを止めることができたらそれでいい。
「うぅ……」
受けた強い衝撃に、アルトの動きが止まる。
その時、アルトと対峙するアユタとマナの背後で何かが光った。
「なんだ?!」
アユタが言うよりはやく、 そこから姿をみせたのは、そびえたつ全身緑色の巨大な———
『プロタイプ代弁者』
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
アルトのその叫びは、恐怖からだったのか、ギャリックを失ったことへの耐え難い思いからきていたのか。
だが、西の大陸出身の彼女には、プロトタイプ代弁者の姿は十分に衝撃的だったはずだ。
天界から追放されし誘惑者サタン———プロトタイプ代弁者の姿は、まさしくそう呼ぶにふさわしかった。
『プロタイプ代弁者』は、無表情でアルトめがけて右手に持っていた巨大な剣を振り下ろす。
「アルト!?」
アユタが気づいたときは、すでに遅かった。
巨大な剣がアルトを通過し、地へ叩きつけられた瞬間、振動でアユタとマナの足下が揺れ、その一撃でアルトは消えた。
ギャリックと同じく、なにも残さずに、この世から。
アユタは、『プロタイプ代弁者』へむきなおり、怒りの表情で睨みつける。
パートナーを失ったアルトは、既にこの茶番に関係のない存在になっていたはずだ。
殺す必要などどこにもなかった。
代弁者といい、こいつといい……なぜこうも人を虫けらのように扱える?
いったい俺たちに……何をやらせようとしているのだ……?
その時、アユタの頭がずきりと痛んだ。
だが、それも一瞬のこと。
『プロタイプ代弁者』が今度はアユタとマナめがけて襲いかかってきた。
プロトタイプ代弁者が手を握りしめると、アユタとマナは急激に体力が奪われていくのを感じた。どうやら人体に有害な物質を体内から放出できるらしい。
そうやって弱らせたところで、Gクラッシュで巨大な剣を振り下ろしてくるのだから、たまらない。
オンススティールで、OZ盗みにかかることといい……どこまでも嫌なモンスターだ。
アユタとマナは『血清』でお互いの毒をマメに取り除き、体力を回復させつつ、挑んでいく。
焦れば負けだ、と思いながら辛抱強く。
やがて、二人の忍耐が報われる時がきた。
プロトタイプ代弁者が、がくりと跪(ひざまづ)いたのだ。
剣を支えに、しばらくは再び立ち上がろうとしているかのようだった。
だが、二度と立ち上がれずに……光に包まれて消えたのだった。
マナが安堵した表情をうかべて深呼吸を繰り返す。
「アユタ……敵は倒しました。早く指輪とやらを探しましょう」
「……あっ、はい。
…………」
「どうしたのですか?」
「もし、このまま国に戻れなければ……結納の話は流れてしまいますよね」
「えっ?」
「も、申しわけありません。俺、とんでもないことを……」
何をいっているんだ俺は———アユタは自分で自分がいまいましい。
だが、遠い存在だったマナを身近に感じ、力と心を重ねて戦った今の経験が、アユタの心をどうしようもなく揺さぶり、複雑な気分にさせていた。
「なぜそんなことを言うのですか?まるで結納が行われない方がいいような口振りではないですか」
アユタの気持ちは知っている。だが『姫様』の邪魔をするなら話は別だ———と彼女は思う。だから、自然に言い方もきつくなる。
「いえ、なんでもありません。今のは聞かなかったことにしてください」
「話を途中で切られるのは気持ちが悪いです。どんなことでもいい。ちゃんと最後まで話してください」
「……それじゃ、失礼ついでに言います」
「…………
……お、俺は、
……マナ様に結婚してほしくないんです」
「……なぜですか?」
「なぜですかって……」
「あぁ、もういいです。なんでもありません」
鈍いのか、この人は。
そう思ったときに突如、指輪が現れた。
ゴールドに輝く指輪。
『戦士の指輪』がアユタの左の指にはまる。
「これが代弁者の話していた指輪か」
「まずは1つ目、ですね」
マナの心が少しだけ軽くなった。