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Chaos Rings

5

「……ここは」
扉の向こう、目の前にあらわれた世界を前にして、マナがつぶやいた。
扉をあけたアユタとマナの目の前に広がったのは灰色の風景。
しとしと降り続ける雨に隠れて、なにもかもが静かに存在していた。
代弁者が、戦士とパートナー達の心に直接語りかけたのだろうか。

『煉獄(れんごく)』

その言葉が二人の脳裏に重く響く。
壊れた新大陸の近代的な建物、崩れた絢爛(けんらん)たる建築物の数々。放置された自動車……
もしもエッシャーとミューシャがここにいたら、彼らの国に似ていると教えてくれたことだろう。
すべてが子供に壊されたおもちゃのように輝きを失い、朽ちていくのを待つだけの姿ではあったが。
そして……アユタにはわかる。
ところどころに殺気を放つ者たちが潜んでいるのが。
しかもその数、数歩進むごとに襲いかかってくるかのよう。
この中を進んで、指輪とやらを取ってこいというのか———アユタは、わずかに身震いした。

煉獄(れんごく)は天国と地獄との間にあるという。
死んだ魂は天国へ入る前、煉獄で浄化される、と。
最初に開いた扉の向こうの世界が煉獄とは——— マナが隣にいなかったら、やはり自分は死んだのだと思ったところだ。
「マナ様、安心してください。俺が必ず無事にお屋敷までお連れします」
アユタはマナを気遣った。
「ありがとう。ですが、結納に間に合うでしょうか……」
「なんとかここから出る方法を探してみます」
そのためにも、今は前に進まなければ。
大広間にいたところで、いたずらに時間が過ぎていくだけだ。
「よろしく頼みます」
マナは微笑んだ。
『姫様』ならきっとそう振る舞うに違いないから———

背後にマナをかばいつつ、アユタが進んでいくと、案の定、すぐに姿をあらわし襲いかかってくる者がいた。
その姿は小さく可愛いく……しかし、凶暴そのものだ。
その小さな生き物は、ゴルゴンゾーラといった。

アユタは二本の太刀を抜き放ち、攻め込む。
だが、一撃で倒すのはとうてい不可能だった。
ゴルゴンゾーラは、衝撃に驚いたかのように体をのけぞらせただけである。
なんて強さだ———こんなものがウジャウジャいるのか。
アユタは舌打ちをする。
ここで思わぬ助力があった。
マナが弓から矢を放ったのだ。
その攻撃が、さきほどのアユタの攻撃に波のように重なった。
相手に回復する機会を与えず放った連続攻撃は、見事にゴルゴンゾーラを倒すことに成功する。
マナは大きく息を吐き出し、呼吸を整えた。

相変わらずだ———とアユタは思う。
彼がマナに強い興味を持つのは、こんな時だ。
いつしかその興味は、たったひとつの想いへと変わっていったのだが。

アユタは剣を納め、マナを促し、再び奥へ奥へと進んでいく。
だが、彼が期待した出口はどこにもありそうにない。目の前に広がる街の様子は、視覚的にそうみせかけただけのものらしく、実際には完全に閉じられた密室のようだった。
ワープクリスタルを超えて建物の中に入れば、おおよそ不似合いな無機質な色合いの迷路。
途中に燭台があり、全ての燭台に火を灯さなければ前へ進めないような仕掛けが幾つかある。
そして道々の箱を開ければ、

『贖罪の欠片』
そう脳裏に響いてきた声がある。

贖罪とはなんだ———誰の?
アユタはどきりとする。なぜか心がざわついた。
道すがら襲いかかってくる凶暴な生き物———モンスター達を倒しつつ、やがて、二人は鎖で封じられたワープクリスタルの前に出る。
どうやらこの鎖を解かない限り、これより先へは進めないらしい。
『贖罪の欠片』を使って開けとそう呼びかけてくる。
「禍々しい気配がする……」
だが、自ら飛び込んでみなければ、わからないことはある。
このまま引いても代弁者による死の制裁がまっているだけだ。
アユタは呼吸を整え、贖罪の欠片をワープクリスタルのくぼみにはめた。

ワープクリスタルの鎖はとかれ、それとともに、アユタ達の背後から、一緒に封じられていたらしい巨大なモンスターが姿をあらわした。

『ラー』

どうやら他のモンスターとは違い、見えない力で決してソレから逃げることができなくなっているらしかった。
ヒョウにもライオンにも似た巨大な魔物ラーは、魔法と物理攻撃を交えて、しきりに攻撃してくる。
アユタは、前足をはらい攻撃してくるラーを巧みにかわしつつ、隙をみては剣を繰り出す。アユタが体力を消耗し、魔法で傷つくたびに、癒やしてくれるマナの存在を感じ、アユタは嬉しくなった。
アユタの敗北は、すなわちマナの死を意味する。
絶対に勝つ———アユタは自分にそう誓う。

やがて幾度めかに繰り出したアユタの攻撃が、ラーに致命傷を与えた。
ラーはよろめき、なんとか踏みとどまろうとしたものの、無理だった。苦しげに首を動かしつつ倒れ、あらわれた時と同じ光に包まれて消えていく。

勝った、とアユタ達が勝利をかみしめたのも、つかの間。
ワープクリスタルの先にあらわれたのは再びの迷路。
まだ先は長そうだった。

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文責:楠 尚巳[2011/08/11]