アユタとマナは、第二の扉を開けた。
アユタが目の前に広がる景色をながめやる。同じ扉から入ったはずなのに、さっきとはまったく違う風景が広がっていた。
何もない山道で、先も見えない。
山?いや、崖なのか?
ここを登っていけというのか。
『太母の慈愛、背徳の寵児』
背徳の寵児———そういえばあの代弁者、俺たちのことを寵児と呼んでいたな———アユタが皮肉っぽく心の中で思ったとき、マナが声をかけてきた。
「アユタ。屋敷に仕えるより以前の記憶がないとはどいういうことなのですか?覚えている限りでよいのです。話してくれませんか?」
なぜ、自分はこの人に無関心でいられないのだろうとマナは思う。
知りたい。もっと知りたい。その想いを押さえられない。
「……気がつけば、俺はマナ様のお屋敷の近くで倒れていました」
しばしためらったあと、アユタが観念したように静かに語り出した。ここで言わなければ、この人の信頼を失う———そう思えた。
「なぜ、そこにいたのか。どうして倒れていたのか。それすら覚えていません。屋敷に仕えていた馬飼いの頭領が俺を憐れに思い、住む場所と仕事を与えてくれたのです」
アユタは遠い目をした。何年も前の出来事のように思える。
「それで馬飼いを……そんな…もっと早く話してくれれば、いろいろと力になれたかもしれないのに」
マナは本当にそう思う。アユタの異質さに彼女だけが気づいていたのだから。きっと自分にできることがあったはずだ。
「温かいお心遣い、ありがとうございます」
マナの愛情を感じて舞い上がりそうになる心を隠そうと、アユタがあわてて一歩目を踏みだした時、大広間へと続くワープクリスタルが、はずみで彼の体に触れた。
その時だった。
『……テイア』
アユタは頭を押さえ、がくりとひざまずいた。
……うっ……頭が割れるようだ……ここにきてから、毎日同じような夢を見る……テイア……テイア……テイアってなんだ? なんなんだよ……
あまりの頭痛に、吐き気がする。
やがて意識も遠のいて———気付けば、彼は、扉の外にある休眠室にいた。
気がついたアユタは部屋の中を見回しつつ、なぜこの場所にいるのかを必死で思いだそうとした。
頭痛はきれいに治まっている。
やがて遅れをとってしまったことを思いだし、あわてて部屋から飛び出せば、空間から巨大な異形の影が現れた。
「…代弁者!?」
こんなに身近で見るのは初めてだ。
あらためて見れば、なんて巨大で、なんという威圧感なのか———アユタの前、山のようにそびえ立つ姿は、扉の向こうにいるモンスター達に感じた恐怖の比ではない。
代弁者の赤い目がアユタをとらえた。
こいつの強さは格別だ———アユタは二本の剣を抜き放ち、かまえる。
「残っているのか?」
予想もしていなかった問いかけに、アユタは驚くことになる。
「えっ?」
「記憶が残っているのか、と聞いている」
アユタはうろたえた。
「なんで俺の記憶のことをお前が知っているんだ?!」
「……どうやら完全ではないようだな。ならば問題ない」
それだけを無機質に言い放ち、そのまま代弁者は消えた。
アユタはその場に立ちつくすことになる。
「くそっ……なんなんだ。わけがわからない」
ここに来てから、なにもかもおかしい———
オーガに代弁者……みな俺を知っているのか?
アユタが自分だけの世界に沈みそうになったとき、ふと大切な人の姿が浮かんだ。
こうしてはいられない。
あいつらに惑わされてマナ様を失うのは絶対に嫌だ———
アユタは顔をあげて、再びマナの待つ大広間の扉へと向かったのだった。