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Chaos Rings

4

突然に響いた高圧的なその声に、ちりぢりになっていた戦士とパートナーたちは、いっせいに大広間に集まった。
いよいよこの不可解な状態を作り上げた張本人のお出まし———
声の出所をさがせば、たったひとつしかない扉の上から。
見上げるとそこにはバルコニーがあった。

そんなところにバルコニーがあったのかと誰もが思った時、まるで全員が集まるのを待っていたかのように、想像してもいなかったようなモノが目にもとまらぬ速さで、そこから飛び出してくる。
すぐ近くに雷が落ちてきたときの衝撃にも似て、一同を驚かせるのに十分だった。

「……な、なんだ」
アルトはその姿に驚いた。
「人間?いや、違う?こいつ……一体、何者だ?」
ギャリックでさえ驚かずにはいられない。
甲冑を身につけた人間……いや、すべてが人間では有り得ない動きだ。なによりも人の気配というものがまったくしない。
それは人に似せて造られた巨大な金属の塊のようで、不気味に光る赤い目が奇妙なほど強い印象を残す。
こいつは、いったい……

「我が名は代弁者」
ソレは厳かに告げる。まるで神のように。

「アユタ・マナ。
エッシャー・ミューシャ。
シャモ・イルカ。
ギャリック・アルト。
そして、オーガ・ヴァティー。
5対の寵児達よ。真の戦士を決する闘技場……
『アルカ・アレーナ』にようこそ。
これよりお前達には命を賭して戦い合ってもらう」

そこまで聞いて、最悪とも思える結果に、マナは青くなる。
「命を懸けて戦う……嘘でしょ?」
命をかけて戦う……それはすなわち生きては帰れないかもしれないということだ。

だが、マナのその言葉は代弁者にとって、空気のようなものだったらしい。
彼は、ただ次の言葉に移っただけだった。
「お前達は2人で1匹の羊。隣の者は、その道を共にするパートナーとなる。無論、ただで戦えとは言わない。最後まで残ったペアには不老不死の肉体を与えることを約束する」

「不老不死?」
アユタは、ふざけているのかと思いながら、聞き返す。
天才的な詐欺師とて、もっと現実的でマシなことを言うだろうに。
だが、代弁者は続ける。
「アルカ・アレーナへの参加を拒否することはできない。また、我が戦いを告げるとき以外での争いも禁ずる。いずれも破ることがあれば死をもって償ってもらう」

「その前に答えろ!ここはどこだ?」
代弁者からイルカと呼ばれた、例の褐色の肌を持つ狼のような女性が鋭く問いかける。我慢も限界だった。
そして、イルカの隣にいる代弁者からシャモと呼ばれた少年の怒りが後に続く。
「どうして戦わなければいけないんですか?」
そんな二人の怒りを、代弁者は声も表情もかわらぬ姿で受け止め、告げる。
「質問に答える必要はない」

だが、勝手なことをべらべらとしゃべるばかりの代弁者に、耐え難い思いをしているのは、何もこの二人だけではなかった。
「ふん。戦えと言われて正直に殺し合う馬鹿がいるか?」
ギャリックが手にしている剣を、まっすぐと代弁者に向ける。
彼は戦いというものに慣れ、あまりにも多くの者と駆け引きをし、あまりにも多くの勝利をおさめてきた。
半ば習慣化したそれが、しょせんこれもいつもの戦いのうちのひとつでしかないという気持ちにさせていたのかもしれない。
「お前を殺してここから出る。その方が手っ取り早い」
「……戦いに参加する意志なし、と理解すればいいのか?」
「いや、戦う意志はある。ただ俺の戦う相手は……」
「お前だ!」
ギャリックは代弁者めがけ、床を蹴って、宙に舞う。
しかし、普通の人間ならば通じたであろうその攻撃も、代弁者には通じなかった。
代弁者は左手を軽く動かし、襲いかかってきたギャリックをいとも簡単にはじきとばす。

「ルールに従わない者には死を」
代弁者のその声が合図だったかのように、大広間に黒々とした空間とともに、異形の者があらわれた。
それは、右手に大釜を持った死に神。
誰もが瞬時にそう理解する。
それ以外あり得ない、と。

代弁者にはじき飛ばされ、床に倒れていたギャリックは、予想外の展開に体勢を立て直すことも忘れた。
間髪を容れずに死神は右手に持っている大釜と、何本もある左の触手を交差させ……ギャリックめがけて振り落とす。
それが、死の宣告。命の終わり。
「ぐあああッッ!!」
ギャリックの前に広がった黒い空間が一瞬で彼を包み込む。
彼は抵抗すらできず……またこの世に遺体すら残すことができずに消え失せたのだった。

やがて「仕事」を終えた死神は、あらわれた空間とともに静かに消える。

「きゃあ!」
「いやぁ!」
ミーシャとマナがほとんど同時に声をあげた。
「ギャリック! ギャリック!」
アルトは、受けた衝撃そのままに半狂乱である。アルトにとってはただの死ではない。
この世でもっとも大切な人が、今、自分の目の前で失われたのだ。
それもあっけなく。
一同を前に、何事もなかったかのように代弁者は再び告げた。
「お前達は選り抜かれた戦士ではあるが、アルカ・アレーナを戦う資格はまだ得ていない。アルカ・アレーナに参加するためには、この扉の外から指輪を持ち帰り、身に付けることだ」

「……指輪?」
アユタが返事は期待しないとの思いをのせて聞き返せば、しかし、この問いは代弁者には関心のあることだったらしい。
「指輪には『戦士の指輪』と『共闘者の指輪』が存在する。その2つの指輪が資格の印となるだろう」
「なんでそんなものを?」
イルカの問いに代弁者は答えない。
かわりに、代弁者からオーガと呼ばれた、巨人の銀髪の戦士が答える。
「……いずれにしても、従わなければ殺される。それだけは確かだな」
彼の口調は、聞くだけ無駄だと言いたげだった。
「……とりあえずはいうことを聞きましょう」
シャモが意識をイルカに向けてその言葉を放つ。
いらただしげな彼女を制止するための言葉だった。

「ちょっと待ってください!私は早く帰らねばならないのです!」
突如、マナが声をあげた。
「マナ様!あいつに近づいてはいけません! 」
「アユタ、止めないでください!このままでは結納に間に合わなくなります!」
違う———だが、アユタを自分のために危険な目にあわせられない。
実際にひとりの戦士の消滅を目の当たりにした今では。
この場から逃れる口実があるなら、マナはなんでも利用するつもりだった。
「結納?」
聞き慣れない言葉に、ミューシャが首をかしげる。
彼女は、マナに心配するなと声をかけてくれたあの女性だ。
「東の国では婚約を結納というらしいです」
世界の国の歴史や習慣に詳しいシャモが、ミューシャに説明する。
ミューシャが意外そうにマナを見た。
彼女の相手は隣にいる少年ではないのか、と。
自分の隣にいるエッシャーがそうであるように、彼女もきっとそうだと思っていたのだが……

「いかなる事情があろうと、例外は認めない。国に帰りたければアルカ・アレーナを勝ち抜くのだ」
「……そんな……」
この代弁者には、どんな人間らしい感情もないということを、その場に集った者達は、あらためて理解した。
代弁者は言いたいことを言い終えたらしく、現れたときと同じような方法でバルコニーの奥へ姿を消す。
ただ前後に動いているだけの動作にすぎないのに、登場するときも退場するときも派手である。
「マナ様……」
アユタは複雑な気持ちだ。マナはこんな時にも結納のことを忘れてはいない。やはり自分のことなど眼中にないのだ、と。
だが、それでも……
「とりあえず進んでみましょう。扉の向こう側に、光明が見出せるなにかがあるかもしれません」
俺はこの人を助けたい———そんなアユタの気持ちが痛いほど伝わってきて。
「……はい」
マナはそれだけしか、本当にそれだけしか言えなかった。

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文責:楠 尚巳[2011/08/21]