それから、いったいどれくらいの時間が過ぎたのだろう。
誰も何も言わない。
なによりもこの空間に漂っている異様な雰囲気と戦っているのだ。
先程、声をかけてきた女性たちも一緒にいたパートナーらしき人物と、いずこかへ散らばってしまっていた。
今、広間にいるのはアユタとマナ。そして他に二名がいるだけだ。
アユタはなんとかしてこの建物の正体だけでも突き止めようと歩き回った。
だが、そうしてみても、いったい何の目的で造られた家屋であるのかさえわからなかった。
見たこともないような造りの建物で、中央に閉じられている扉がひとつあるだけだった。
他に出入口もなさそうである。
アユタがいた国の家屋はすべて木で造られる。
だが、この建物は木で造られてはいない。
それだけはわかる。
と、いうことは……
「アユタ、ここは我が国ではないようです。私達は黄泉国にでも招かれたのでしょうか?」
隣にいたマナが、アユタの心を感じ取ったかようにタイミング良く声をかけた。
「さいわい死んでしまったわけではなさそうです。ここはどうやら異国の様相。他国の謀略なのか……それとも神隠しにでもあったのか……」
アユタは、ひとつひとつ思い返してみる。
突然太陽が消えはじめて、夜がきた。
それは覚えている。
肝心なのはそこから先だ。
気がついたらここにいた。
「神隠し……急に夜が訪れた事と何か関係があるのでしょうか?」
マナの言葉に、アユタはかぶりを振った。
「わかりません。ただこれだけは言えます。ここは非常に危険な場所……辺りに尋常ではない気配を感じます」
「アユタ……」
それが優れた戦士だけが持つ、鋭い感覚なのだということにアユタは気づいていない。
そもそもマナが出会った時からアユタは不思議な少年だった。
馬飼いでありながら、常に二本の小太刀をそばから離したことがなく、そして、ひとたび剣を抜けば、太刀を自在に操る両刀使い、神速の剣士と化す。
マナは、いつも不思議だった。
何度も、何者であるのかと問いただしたくなった。
もっと不思議なのはマナ以外、誰もそんなアユタをおかしいとさえ思っていないことだ。信じられないことに、アユタ自身さえも。
アユタがどんなに華麗な剣術を披露しても、どのように行動しようとも、「城にいる馬飼い少年」だと思うだけで終わる奇妙さ。
アユタを含めて全員が命令された通りに動き、話し、ふるまっているかのような異質さにマナは気づいていた。
なぜ、自分だけが気づくことが出来たのか———原因はわかりきったことじゃないの、とマナは思う。
既に自分は別の命令に従って、偽りの人生を生きているのだから。
本当の名前すら忘れてしまいそうな、この世に存在していないのも同様な———
そこでマナは我に返る。
アユタの視線に気づいたのだ。
マナの様々なマイナス感情を感じ取ったらしいアユタが、不安にさせまいと真剣に伝えてくる。
「俺のような者の言葉では安心できないかもしれませんが……マナ様は命に代えても必ずお護りいたします。なにが起ころうとも、必ず」
アユタのその言葉に偽りはなかった。
そう、不思議なことに、マナに向ける想いだけは、昔から作為が感じられないのだ。
これだけは生きている人間の本当の気持ち———それがよくわかる。
「アユタ…頼りにしています。今、共にいるのがあなたで良かった」
その言葉にマナが多くの複雑な思いを込めていたことを、今のアユタが知る由もない。
今のアユタは、とりあえずマナを安心させることが出来たことにほっとしつつ、再びあたりを見回した。
そのうち同じく広間にいた、ふたりのうちのひとりと目が合う。
向こうも相当、アユタ達が気になっていたらしく、声をかけてくる。
「ここにいる10人はそれぞれがペアになっているようだな」
見れば短い髪で男の格好をしてはいるが、華奢な体つきで、色も白い。
なによりもその声が、女性であることを証明していた。
「ペア?確かに言われてみれば……何か意味があるのでしょうか?」
アユタは、名も知らず、味方か敵かもわからない相手を警戒しつつ、探るように訊ねる。
「さあな。だが、それぞれ片方はかなりの使い手だ。これほどの戦士達、私はギャリック以外には出会ったことがない。もちろん、お前もな」
「……俺も?」
アユタは動揺した。考えてもみなかったことだ。
「俺なんてただの馬飼い……」
その時、相手の隣にいた人物がいきなり会話に加わってきた。
「なに謙遜なんかしているんだ?」
強いかどうかなんて見りゃわかる———そういいたげに、アユタを眺めやる。
先ほどから広間にいた、もうひとりの人物だ。
たぶん女性のペア、パートナーである青年なのだろう。
長髪で端正な顔立ちではあるが、間違いなく男だということがわかる体格に———そして、このような時でさえ、どこか余裕を感じさせる口調と雰囲気が、若いながらも幾度も戦場を経験してきた人物であることを物語っていた。
「謙遜なんて……あなたは?」
「俺はギャリック。こいつはアルト。俺達は同じ騎士団の仲間だ。城攻めの最中、急に夜が来た。敵も味方も凍りついたように動かなくなったと思ったら…ここにいたというわけだ。お前、東の大陸の民族だろ?そっちのほうはどうだったんだ?」
ようやく相手の事情が判明する。
名前を知るのも、くだけた調子で話しかけられるのも、ここへ来て、はじめてのことだ。
アユタも他の者たちも、わけのわからない状態におかれ、用心に用心を重ね、相手を警戒するあまり、ほとんど何も話そうとはしない。
それに比べて不用人なほどのギャリックの態度は、しかしアユタの警戒心をわずかに解くことに成功する。
「俺の国でも昼と夜が入れ替わりました。俺達は…神の怒りにでもふれたのでしょうか?」
「神の怒りねぇ……」
ギャリックの声にはなんの感情もない。
彼は、都合良く神の名を持ちだしては権利を要求する聖職者どもと日々、嫌というほど渡り合ってきている。
かぞえきれないぐらいうんざりさせられてきた言葉をこんなところで聞くとは思わなかったのだ。
だが、アユタが信心深い東方の国の者だということを思い出したのか、そんな気持ちもすぐさまひっこめた。
「この状況…いろいろと興味深いな。そう思わないか?」
そう言ったギャリックには、幾度も戦場を経験してきている勇者としての自信と心のゆとりがあった。
「興味深いだなんて……今は不安でいっぱいですよ」
俺はあなたとは違うんですから———アユタは恨めしそうにギャリックを見やる。
彼には、戦場で戦った経験もない馬飼いの今の気持ちなんて、永久にわからないに違いない。
「ハハ。そうか。まあ、俺のとこはツレも戦士だからな。守る必要もないし、2人だったらどこだって生き残れる自信がある」
そこで、ギャリックが声を低く、小さくした。
「なぁ……気づいてるか?」
アユタはギャリックが何を言わせたいのかを理解した。
「えぇ。誰かに……見られています」
全身にまとわりつくような強い視線を感じる。
ギャリックは、やっぱり只者ではないなと表情で伝えて、わずかに笑う。
話が通じる相手というのは、嬉しいものだ。
「おそらく俺達をここに招待したホストだろう。ただのパーティーに呼ばれたというわけではあるまい。何をいってくるか楽しみだ」
その時だった。
———各大陸から糾合されし最強の戦士達よ。