これは……どういう状況だ?
呼ばれて空中庭園まできたユリウス・カルロは、困惑することになった。
皇子と皇子妃、護衛の騎士のクリスはわかる。
娘のユリティアと…クリスと同じ色彩の見知らぬ青年までいる。
よくわからないままテーブルにつき、話しを聞き……
ユリウスは、はーっとテーブルに肱をつきながら片手で顔をおおうことになった。
「ユリティア。お前、クリスが好きだったのか?いつからだ?」
「お父さまが、クリス様を家に初めて連れてきてくださった時からです」
ユリウスは思い出すように、
「いや、あれは単に私に同行していただけだろう。あのあとすぐに本部に戻ったし。私の部下に会うなんて、これまでに何十回もあったじゃないか」
なんで好きになるんだ———とユリウスは困惑するばかりだ。
「あんなに自然な態度で、わたくしに接してくださった方、いなくて」
13歳の夏休み——帝都のシミトゥス領公邸に父が帰ってきたことを知って、部屋を出て階段を降りたら、クリストフォロス・アドメトスがいた。
整った容姿と白金の髪と空色の瞳にときめいて、階段を駆け降り、
「貴方は誰?」
たずねたところ、相手はユリティアを見て、優しくさとすように、
「それはレディの態度としてふさわしくありませんね。まずは、ごきげんようとご挨拶なさるものです」
ユリティアはむっときて、
「お父さまのものは私のものよ!私に逆らうとクビになるわよ!」
「そうですか。あいにく俺は総団長のものではありません」
と変わらぬ態度で穏やかに言っただけであった。
しばらく悪態をつき、観念したユリティアは、
「ごきげんよう」
と挨拶した。
もう遅いと思いながら。お話したかっただけなのに。
ユリティアは、泣きそうな顔でクリスを見上げた。
クリスは、軽く驚き、そして微笑み、ユリティアの前に跪いた。
「お初にお目にかかります。このたび第二騎士団配属となりましたクリストフォロス・アドメトスです。どうぞクリスとお呼びください」
ユリティアは顔を輝かせ、
「わたし…いえ、わたくしはユリティアですわ。夏休みでこちらに滞在しているのです」
今まで何度も直せといわれた言葉遣いを思い出しながら言った。
「そうでしたか。どうりで最近、総団長の機嫌が良いはずです。あなたが側にいてくださるのが嬉しいのですね」
「本当?お父さまは喜んでくださっているかしら?わたくしは良くわからないですわ」
「あまり感情を表に出す方ではありませんからね。でも間違いなく喜んでおられます」
そこにユリウスが戻ってきて、クリスは軽く会釈し、ユリウスとともに本部に戻っていった。 ユリティアの恋は、その時からはじまったのだ……
「ユリティア…お前、私のいないところでそんなことを言っていたのか」
私に逆らったらクビって———ユリウスは頭が痛くなる。
「ごめんなさい。あの頃のわたくし、皆がなんでも言うことを聞いてくれるものだから……今から思うと、とても恥ずかしいですわ」
そういえば両親ともに仕事で忙しく、あまりかまってやれなかった。
使用人達に、任せっきりだった。
「……つまりお前は、クリスに出会って、態度を改めることにしたわけだ」
「話はわかった。で、クリス。お前はどうなんだ?お前はユリティアでいいのか?」
「いいも何も、俺にはもったいない方だと思っています。レディ・ユリティアに好きと言ってもらえたことは、生涯結婚することがない俺の人生の宝物になっていました。俺が結婚するとしたら、レディ・ユリティアしか考えられません」
「そうか…では、希望通り二人でしばらく恋人時代を楽しめ。私も簡単に娘を奪われるのは癪だからな。ただ婚約者でもない異性と出歩かせるわけにもいかないから、近いうちに婚約はさせるぞ。いいなクリス?」
「もちろんです。義父上。大切にします」
「…してもらわなければ困るわ」
さっそく義父上だとぉ?と腹が立ちはしたものの、
好機を目の前にしたとき、なんとしても摑み取ろうとする図々しさは騎士に必要なものだ。
そしてユリウスも似たようなものであった。
「私が騎士団に誘ったお前が義理の息子になるのも悪くない。私も先代に見いだされた身だ。娘をよろしく頼むよ、クリス」
「はい」
「お父さま」
ユリティアが遠慮がちに声をかけ、
「お母さまは賛成してくださるでしょうか。それに貴族や領民達も…」
「反対する理由がない。皇妃を期待されてしまったのは、お前が皆に何も言わなかったからだ。確かに残念に思うかもしれないが、それでもお前の気持ちを尊重してくれるだろうよ」
「でもきっと、色々と言われてしまうでしょうね」
「ああ、言われるな。私の時は、先代領公は気でも狂われたのかだの、どのような手段で取り入ったのだの言われたな。今も言われるぞ」
「お前でも言われることがあるのか、意外だな」
シーヴァーが言ったのを、
「なに、事故と同じですよ。どれほど努力しても少なくなったというだけでゼロには出来ません」
そして、
「ユリティア。領公家の仕事は領国民の生命と財産を守ることだ。その仕事が出来ているのなら何も気にすることはない」
「私は地方の下級貴族出身だったからよくわかる。甘やかされるとろくな人間にならないことに身分は関係ない。税金を払っているのだから、自分達の望みを叶えるのが当り前と考える領民は、自分が雇っているのだから自分の好きにしていいのだと考える貴族と変わらない。お前のわがままをクリスが聞き入れなかったように、我々にも彼らのために聞き入れてはならないことはあるんだ。堂々としていなさい」
「はい。お父さま」
先代シミトゥス領公は、彼の人柄に惚れ込んで、ぜひともと娘婿に迎えたというが…… カルナは今、その一端を垣間見た気がした。
「では、私はこれで帰らせてもらう。長居できるほど暇でもないのでね」
フォルセティが立ち上がった。一同が見送ろうとするのを「いや、いい」と辞退したので、カルナだけが見送ることになった。
空中庭園を歩きながら、
「フォル、来てくれてありがとう。感謝しているわ。ところで、私の天翔(あまかけ)る車のほうは?」
「二柱見つけた。あと一柱だな」
「速かったわね!?、じゃあ、もうすぐ?」
「さて、どうかな。最後の一柱を見つけるのが難しいと言われているからなぁ」
「ま、子供が生まれる前には見つけて送る。今、我が家にいる二柱が、赤子の側を離れたくないと言い出したら大変だ」
風の精霊は赤ちゃんが大好きだ。
「えっ」
ということは……
「まぁ!おめでとう!パパになるのね!お祝いは何がいいかしら?」
「言っても今のお前に叶えられるとは思えんな。いいかげん契約精霊を持ったらどうだ?」
そんなフォルセティの言葉を躱(かわ)すようにカルナは軽く頷き、
「迷っているの」
と言った。
その言葉の意味を、フォルセティは正確に理解した。
光のカリナンは、光の精霊とは契約する必要がない。
その身に色濃く流れる光の精霊王の血によって、光属性の精霊達すべてを味方につけることができるからだ。
だが、他の属性精霊とは契約する必要がある。
精霊使いが精霊使いとして極限まで力を発揮するためには、最後の最後まで自分の味方でいてくれる契約精霊の存在は必須だが、契約精霊を持てば、カルナの前に開かれているもうひとつの道は、完全に閉ざされることになる。
カルナの兄のミハイルは、わりと迷わず選んだ。それも子供の頃に。
カルナはどちらの道を進むか———決めかねているのだった。
「お前がそっちを選べば、世界初だな。どうなるのか想像もつかん」
「私もよ」
まぁ好きにしたらいさ、そう言いながら、フォルセティは飛び立ち、マガーへと帰っていった。
すこし離れたテーブルでは———
ユリティアの嬉しそうな顔を眺めながら、
「我が娘ながら美しく生まれついてしまったせいで心配していましたが…一番いいところへ落ち着いたものだ。これで妻も安心するでしょう」
「なんだ?自慢か」
「いえ、本当のことです。社交界にデビューしてからも美しいからという理由で嫌われてきた。あの子にだけ招待状が届かないことなんてことはしょっちゅうだ。皆、目当ての公子をあの子に奪われることを恐れるんです。そういう娘は、よほどの男でないと守れないでしょう」
シーヴァーの耳元によせて、
「ここだけの話、私は最初、クリスをあの子の婿として見いだしたんです。義父がそうだったようにね」
「なんだって?本当か」
シーヴァーはぷっと吹き出した。
「これでアンドレア侯爵令嬢しかいなくなったわけですが、どうなさるおつもりで?」
「俺の心は決まっているよ、総団長。ただまだ公言する時期じゃないだけさ」
「実はもうひとり皇妃候補がいるんだ。知っているのは俺と行政長官のトーマスだけ。彼女は明日、帝都へ到着するはずだ…」