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戴冠の儀(前編)

4

シミトゥス領国。

帝都の南に隣接し、帝都の食料庫と呼ばれる国。
帝都で消費される小麦や野菜、茶やコーヒー豆もここからの輸入だ。

カルロ家がシミトゥス領公家であるとともに、帝都の五摂家でもあるのは、それほど帝都と親密な関係を築いてきたからだが…

しかし五摂家でありながら、いまだにひとりの皇妃も輩出したことがないことでも有名だった。
皇家にあわせて計画的に結婚したり娘をつくろうとする考えがなく、なにごとも「なるようにしかならない」と考える大らかな家風ゆえといわれる。
作物を育てるという、決してヒトの思い通りはならない自然を相手にしていると、そうなるのかもとカルナは思った。

帝都からシミトゥス領国の関所近くまで転移し、関所で入国チェックを受けてから、別の魔法陣の中に入り、領公の館の近くに転移する。
ここでラウルスからもらった切符1枚が消滅した。

(ここね…)
さすが領公の館。大きな館だ。

ごめんください、と言おうとして、いや、今は魔法士ルナ。
「たのもう!!魔法士長代理の使いで参った者でございます!至急レディ・ユリティアにお目通りを!」
ああ気持ちいい、一度やってみたかったのよ———とカルナは満足したものの、 館の者達は、あたり一帯に響きわたる大音響に唖然とし、そして結果は。
「お嬢様はこちらには、いらっしゃいません。アール地方にご滞在です。3日後にはお戻りなさいますが、すぐ帝都へ向かわれるでしょう」
「あら?」
と、いうことになったのだった。

アール地方———

茶葉やコーヒー豆の栽培に適した地であり、シミトゥス最大の茶葉の産地だ。

ドリュアス人が消費する茶には、緑茶と紅茶があるが、アール地方で栽培されているのは紅茶である。

登る階段の両隣に、茶畑がひろがる。
道から見上げれば軽装で髪をひとまとめにして、茶摘みをする女性がひとり。
(あら、夏摘みかしら…?)
しかし、見渡しても他に人気(ひとけ)がない。
若い女性が、ひとりで茶摘みなんて、ぶっそうな。
しばらく見守っていると、
(茶摘みの仕方、おかしくない?)
と思うカルナだった。

やがて、向こうもカルナに気づく。

「こんにちは。ご精が出ますわね」
カルナはにこりと笑い、
「少し気になったのだけど、茶摘みは新芽と、その下の若葉2枚を摘むのではなくて?」
その言葉に女性は固まり、やがてカーッと顔を赤くする。
「そうなのですか!?ど、どうしましょう…」
その素直な反応にカルナは好意的な笑顔を向けて、
「いえ。私も素人だから。教えてくれた方はなんと言っていたの?」
「カゴを渡され、カゴいっぱいに茶葉を摘んできてとだけでしたわ」
「あら」
不親切な。
困惑する女性に、
「まかせて」
とカルナはいい、
《精霊たち 茶摘みのお手伝いをしていいわ!》

本当!?
やったーーっ!!
うれしい!!!

精霊使いが許可を出してくれなければ、精霊は人に干渉できない。
見守るだけで、今まで茶摘みが出来なかった精霊達は大喜びである。

一柱の精霊が、カゴの中の茶葉の香りをくんくんとかぎ、
葉っぱをわけましょう!
周囲の精霊達に言い、張り切りだした。
別の精霊は、
カルナ あれ 摘んでいい? 摘まないと まずくなっちゃうよ

「そうなの?だったら摘んで。でも摘み過ぎないように。摘むのはカゴいっぱいまでよ」

ユリティアが茶葉で一杯になったカゴをかかえ、カルナと二人、階段をあがってゆく。 アール地方の監督官の館 兼 作業所は、茶摘み畑を見下ろす高台にあるのだ。

「ありがとうございます。助かりましたわ。でもよろしいのかしら?わたくしが摘んだわけではないのに」
「誰が摘もうが同じよ。おいしければいいのよ。それにあなたの仕事というわけではないでしょう?レディ・ユリティア」
名前を呼ばれて、女性は顔を上げた。
「わたくし」と言う言葉遣い、身のこなしから貴族令嬢であることは一目瞭然。
なのに言いつけに従い、大人しく茶摘みをしているのは、土地を管理する側の者だからだ。

「申し遅れました。私は魔法士ルナ。魔法士長代理の使いの者です。レディ・ユリティアに会いに領公の館を訪ねたら、こちらと伺ったものですから」
身分を証明するため、魔法士長の印が入った封筒を懐から取り出しチラリと見せながら言う。
「まぁ!わたくしったら気づきもしなくて。御使者の方にこのような身なりで失礼いたします。シミトゥス領公の娘ユリティアでございます」

「それでラウルス様からのご用件は?心当たりはないのですが」
「それは館についたあとでお話しますわ。とりあえずその茶葉届けましょう」

そんな会話を交わしているうちに階段がおわり、目の前に大きな館があらわれた。

駆け寄ってくる若い令嬢と、これまた貴公子風の若きイケメン男性がひとり。 若い令嬢のほうは、愛らしい美しさだ。
まだ「つぼみ」だが、花開けばさぞ…

「誰?」
耳元で問うたカルナに、
「レディ・コーネリアです。わたくしの母の兄の子で、義理の妹でございます」
「あら」
そういえば、現シミトゥス領公は兄が逝去し、あとを継いだのだっけ。

後日に知ったことだが、レディ・コーネリアは今年社交界にデビューしたばかりの16歳で、レディ・ユリティアより4歳年下だった。

「男性のほうは?」
「アール地方の監督官、ディウス・パトリキウス様ですわ。パトリキウス伯爵のご次男です」
「へぇ!」
マガーもドリュアスも爵位は世襲だが、役職は世襲ではない。
アール地方の監督官は、当然ながら茶葉の栽培から製造、品質管理と紅茶を知り尽くしている者が選ばれる。
この若さで監督官とは……だが、カルナは、エリックの時に学んでいる。
「何歳なの?」
「わたくしよりひとつ上ですから、21歳です」
「噓?!もっと年上かと思った」
ドリュアス人の外見年齢は本当にわからない。

「お姉さま、どうして茶葉を摘んできたの?!」
「えっ、でも」
あなたが摘んでこいと———その言葉をユリティアは飲み込む。

「ユリティア様。手伝ってくださるのは嬉しいですが、大切な茶葉を勝手に摘まれては困ります、せめて私に相談してからになさってください」
ディウスに言われて、
「ごめんなさい」
ユリティアは、恥じ入ってうつむいた。

「お姉さまったら、本当に何もしらないんだから」
「コーネリア様。あなたと比べたらお可哀想です。貴方は、私のかわりに監督官が務まるくらいの方だ」
「もう、ディウス。様はやめてといったでしょう」
「そうは言っても、君はこの領国の姫なのだから」
そんなふたりの会話混ざって、

また?
なんでコーネリア様を皇妃候補にしなかったんだ?
領公の実の娘だからだろ

非難するようなヒソヒソ声が聞こえてきたが、当のユリティアは、反論もせずうつむき耐えているばかりだ。

いっこうに止まない周囲のヒソヒソ声を聞きながら、
「そこまでよ」
カルナが声に出して制止した。
「彼女が愚かかどうかは摘んできた茶葉を確認してから言ってちょうだい。レディ・ユリティア、カゴを渡して」

ユリティアからカゴをうけとり、
「これは…」
茶葉の状態を調べたディウスは、うなることになる。
「素晴らしい。最高の茶葉です。摘み方も完璧だ」
その言葉に、コーネリアが悔しそうな顔をする。

「そうよ、最高なのよ。その茶葉は、今日を逃せば不味くなるところだったのよ」
と、精霊の受け売りを自慢げに言うカルナだった。 言ったのはレディ・ユリティアをバカにするような態度に、腹が立ったからに他ならない。

「ええ。その通りだとわかります。君、これを回してくれ」
近くの作業員を呼び止めてカゴを渡すと、作業員はカゴを抱えて作業所へと向かった。

「あんた、誰…?」
コーネリアは、探るような非好意的な表情をカルナに向ける。

「それはレディの態度としてふさわしいとは言えないわね。にこやかに、どなた?とおっしゃるものよ。私は失礼な方には答えません」
カルナのその言葉にユリティアが、ぴくりと反応する。
カルナは「?」顔で応じたが、彼女は何も言わず、すぐにうつむいた。

憤慨(ふんがい)したのは、コーネリアで、
「はぁぁ!何様のつもりよ!」
「私のつもりですわ」
カルナは、落ち着きはらってこやかに応じた。

「私はシミトゥスの領公令嬢よ!この国の姫よ!」
「さようでございますか。でしたらなおさら、応じるわけにはいかないわ」
睨み合ったふたりに、このままではラチが明かないと思ったのか、ディウスが引き受けて、
「私はアール地方監督官のディウス・パトリキウスです。失礼ですが、わが館に何用でしょうか?」

「私は魔法士長代理の使いの者でございます。レディ・ユリティアに会いに領公の館を訪ねたら、こちらと伺ったものですから。できればレディ・ユリティアと二人きりでお話させて頂きたいのですが」
カルナは魔法士長の手紙を渡し、ディウスが中身を確認した。
「確かに。失礼いたしました。すぐに応接間にお通しいたします」

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