「ばかな!」」
「なんでこんなに魔物がいるんだ!?」
騎士団と魔法士の合同討伐隊は、想定外の事態に恐慌状態に陥った。
その時だった。
《 貫け 光の精霊 》
空から無数の光の矢が降ってきて、魔物の身体を次々と貫き、
《 癒やせ 光の精霊 》
キラキラとした光の雪が天からふってきて、騎士と魔法士達の傷が癒えた。
そして当の本人は、はー終わったとばかり、声もかけず、帰還すべくスタスタと歩き去る。
結果的に何十体という魔物を無傷で討伐することになった討伐隊は、
「いったい、なんなんだ…あの新入りは」
唖然として見送ることになったのだった。
満月の夜に、エルダの儀。
半月後の新月に、戴冠の儀。
参列者がひとりもいなかったエルダの儀とは違い、戴冠の儀は帝国最大の式典である。
その戴冠の儀を10日後に控えて、帝都は今、人で溢れかえっていた。
各領公家が帝都に構えている館(やかた)は、続々と人で埋まり、社交が活発に行われている。
それと同時進行で行われているのが、新帝の皇妃選びだ。
事実上、ユリティア・カルロ領公令嬢と、アンドレア・クスタキス侯爵令嬢の一騎打ちである。
二人しか候補がいないのは、今回のシーヴァー・ドリュアス即位が「想定外」であり、五摂家に年頃の娘がいないからだった。
ユリティア・カルロ領公令嬢は、父親が三公のひとりである騎士団総団長のユリウス・カルロ。
母親は、帝都の南にあるシミトゥス領国の女領公であり、なにより本人が、美しさ・賢さ・優しさと三拍子揃った令嬢だった。
アンドレア・クスタキス侯爵令嬢のほうは、帝都生まれの帝都育ち、両親ともに五摂家出身という由緒正しい令嬢である。
誰に対しても、言いたいことをはっきりと言うものおじせぬ性格で、時にヒステリックと言われるほど激しい気性であるが、
「自己中心的な貴族をまとめあげるためには、あれくらい厳しい方でないと」と感じているものも多い。
そして……外野にとっては、一騎打ちほどわかりやすく批評しやすいものはない。
上級貴族達は、
「私はユリティア様を推すわ。魔法を蔑視するクスタキス家の者が皇妃だなんて冗談じゃありません」
「私もユリティア領公令嬢ですな。純粋に実力だけ見ても、彼女のほうが上です」
「私はアンドレア侯爵令嬢です。ユリティア領公令嬢はお優しすぎる。あれでは帝都貴族すらまとめられない」
下級貴族や平民出身の公僕達は、
「俺はアンドレア侯爵令嬢。ユリティア領公令嬢のように人格者のご両親に守られて、人の悪意に慣れていない方に皇宮暮らしは無理だろ」
「ユリティア様一択!!魔法士のみんな、シーヴァー皇子に嘆願しよう!!」
「おまえら妄想しすぎ。皇家には権力がないんだから、どちらが皇妃になっても変わらんよ」
「はぁ!?それで、クスタキス家の者が行政長官に選ばれたらどうするんだよ!?今の行政長官がなぜ選ばれたのか忘れたのか」
などなど、激しい論争が繰り広げられていた。
そんな中、数日前に参列者がひとりもいないエルダの儀でシーヴァー・ドリュアスの妃となり、
こうして妃になった今も、皇妃候補にもあがらず、その存在を忘れられている光の精霊使いカルナ・カリナンはといえば———
我関せずとばかり、魔法士の塔にいた。
塔と言っても敷地内にあるシンボル的な建物からそう呼ばれているだけであり、実際は養成所・研究所・訓練所・寮まで抱えた巨大施設だ。
そんな魔法士の塔にある、魔法士長代理であるラウルス・ラムの執務室から、カルナは今、窓に張り付くように外を見ている。
目当ては、敷地内を走る二人乗りのミニバスである。
車輪はなく、少し宙に浮いて走っているのだ。
「珍しいですか?」
ラウルスの言葉に、
「ええ。魔力を動力として動く乗り物を見るのははじめてよ。門のところで乗れば、各建物まで運んでくれるのだから凄いわ。ここでしか使われていないの?」
「はい。魔法士の魔力を消費して走るので、敷地内ぐらいしか走れません。ところでお乗りになられたようですが、どうやって動かされました?」
魔力はないでしょう———問うたラウルスに、
「光の精霊に頼んだの。だけどここに少し光を当ててといったら怒ってしまって。思いっきりやらせろと。そんなことしたら壊れると説得するのに大変だった…」
思い出してやれやれと苦笑いするカルナに、
「ほう…」
ラウルスの脳細胞が刺激を受け活性化する。
それなら、光の精霊が放出する膨大なエネルギーをどこかに蓄積しておき、必要な時に使うことができないかと思ったのだ。
あとで研究員に相談してみようと思いつつ、口にしたのは、
「それで、いかがでしたか初日は?」
「そうね」
当初の目的を思い出し、カルナは窓から離れて長ソファに腰を下ろした。
今のカルナは、茶色の髪に茶色の目、そばかすを入れた姿である。
右頬の痣(あざ)を消し、茶色の目に茶色の髪、日焼けした肌色はカルナの変装の定番だが、ジスティナを連想されては困ると三つ編みと瓶底眼鏡にしてみたら、その姿を見たシーヴァーに驚かれてぶっと吹き出されたあげく、
「…そんな個性的な姿は、かえって目立つよ」
と忠告され、
「こういうのは、いつもの茶色の髪と茶色の目、日焼けした肌色に、そばかすを入れるだけでいいんだよ。そして、手入れされていないぼさっとした髪を無造作にまとめたら…」
あか抜けない田舎娘のできあがり———
「これで平民出身ということにすれば、誰も君から貴族(ジスティナ)を連想できないさ」
「あなた、凄いわ!」
鏡にうつった自分の姿を見て感動したカルナに、
「帝都っ子だからな」
自慢するように頷いたあと、
「だが君の偉そう…じゃなかった堂々とした態度は、どんな容姿であっても人を惹きつける。もう少し、おどおどと自信なさげにしたほうがいいんじゃないか」
「無理。そんな難しいことは出来ないわ」
カルナはきぱっと言い放ち、ついで、
「私からジスティナを連想できず、外見に惹かれて言い寄ってくる男と、嫉妬する女を追い払うことが出来れば十分よ」
悪びれなく言う。
「あー」
アザを消せば美女になってしまうのは本当のことなので、シーヴァーは言い返すこともできぬ。
はーとため息とともに、
「…用意しておいて良かった」
と、あるものをカルナに渡す。
それがカルナの左手のくすり指に光る指輪だ。
よくわからないが、ドリュアスでは有名な魔除けのアイテムらしい。
これを付けていれば、まともでない男以外は、言い寄ってこなくなるそうだ。
「だから、言い寄ってきた男は、遠慮なく殴り飛ばしていい」
とシーヴァーが言ったので、喜んで受け取っておくことにした。
「コクシは、見つかりましたか?」
ラウルスは執務机の椅子に腰をおろし、長ソファに座るカルナに問いかけた。
「いいえ。今のところは」
答えたカルナに、
「それは良かったです。すぐに見けられるほど数が多かったら困ったところでした」
ラウルスは、安堵の息をもらす。
コクシとは、暗黒魔法の使い手の略である。
三公との打ち合わせで、「暗黒魔法の使い手」は、長ったらしくて言うのが面倒という話になり、
クロツカ、アンちゃん(←もちろんカルナの案、そして礼儀正しく無視された)、クロ、コクイと多くの略語が飛び出した結果、黒使(コクシ)に決まったのだった。
それにしても……
あの時、何を優先すべきか三公に相談したところ、
行政長官のトーマス・ワイルダーは迷わず、
「妃殿下にはコクシ退治をお願いしたいです。妃殿下にお任せするのが一番のようですから。まして200年前の悲劇に深く関わった者達が帝都に潜んでいるというなら、一匹残らずご退場願いたい。それもなるべく早く」
オスティアが動く前に———と言い、持ち帰った黒い粉からのセンサー開発費の予算をさっさと計上したのは驚いた。
それも「とりあえず100億リリー。足りなければ追加します」と。
議会の承認は?とカルナが問えば、
「その必要はないです。これは帝国民の命を守るために必要な決定です。ひとりの帝国民が生涯で納める税金は平均2500万リリー、100億は、500人の子供の命が助かれば余裕で回収できる金額です。そんなわかりきったことに、1000万リリーもの経費を使って貴族を集めて承認をだなんてお前は仕事する気あるのかと言われるだけでしょう」
「はぁ」
さすが哲学と数学の生まれ故郷、合理的なドリュアス人———すごいと感心しかけたカルナに、
「いえ、残念ながら今のドリュアス貴族は仕事する気のない者が大半でして、行政長官は貴族達に、そうおっしゃるつもりでいるんです」
と魔法士長代理のラウルス・ラムが冷静なツッコミを入れ、
「またクスタキス侯爵あたりが、真っ赤になって責め立てるだろうな」
総団長のユリウス・カルロが諦めたようにぼやいた———
……とまぁそんな経緯でカルナは今、皇宮での生活をすっ飛ばして「魔法士ルナ」として、この場所にいる。
「火の魔法士エリンナは見つからないのね?」
「はい。こつ然と姿を消しました」
「暗黒玉はカリナンにしか浄化できないわ。オリヴィア暗殺に失敗して誰かさんに消されたのだとしたら、その誰かさんは今頃、暗黒玉の新しい宿主を探していることでしょう」
「もし選ばれるとしたら、どんな魔法士でしょう?」
笑顔を消して問うたラウルスに、
「相性最高が光属性。水と火と土が可もなく不可もなし。相性最悪なのが闇属性」
「ほう。相性最悪が、闇属性とは意外です」
「力の源が、光の精霊ですから。ただ…」
カルナは言葉を切り、
「性格や精神状態も関係してきます。心に闇を抱えている者なら、どんな属性であっても関係ない。魔力のない者であっても」
「では、闇(ダークサイド)に堕ちた光属性の魔法士は…?」
「それこそ最高の人材ね。カリナン族の中にも堕ちた者がいます。でも堕ちなければコクシの天敵になる。見極めるのは難しいでしょうね」
「そうですか、だからオリヴィアが狙われたのですね」
始末しようとしたのは、ダークサイドに堕ちないと判断したからか…
「ところで他に光属性の魔法士は何名いるの?稀少と伺ったけれど」
「6名いることを確認していますが、魔法士の塔に所属しているのはオリヴィアだけになります。それ以外は領国やご実家が抱えておりますよ」
その言葉に、カルナは紅茶のカップを落としそうになり、
「そ、それで、よく皇家に差しだそうとしたわね」
「まったくです」
ははは…とラウルスは乾いた笑いをうかべて自嘲する。
騎士団から魔法士にはプロ意識がない、魔法士の塔は学校の延長と言われてしまう所以だ。
ただ、仲間を幸せを願う気持ちや喜怒哀楽の豊かさは、そのまま魔法士の強さでもある。
騎士団のように規律で縛り、集団行動を強制し、理性を優先する組織になれば、個々の力は弱くなってしまうだろう。
試行錯誤しつつ、魔法士ならではの育て方を確立するしかないとラウルスは腹をくくってもいた。
「それで彼女は?」
と、カルナはたずねた。彼女とは、アデリーナのことである。
「はい。会えますよ。私の秘書のようなものですから、呼ばずとも用があればこの部屋へまいります」
「ありがたいわ。なるべく自然な形で会いたいもの」
「ですが、私には今でも信じられません」
それでも、グリエルモが危うく愛する人を失いそうになり、オリヴィアが命を失いかけ、火の魔法士エリンナがこつ然と姿を消したのは事実で、どれほど受け入れがたくても、調査に協力しなくてはならない。
「…もし彼女の正体がそうだとして、なぜ自らエルダの儀の妃になろうとしなかったのでしょう?そちらのほうが確実に影響力を持てたように思います」
実際ラウルスは、彼女に打診していたのだ。
シーヴァーより2歳年上、誰が皇妃になっても彼女なら上手くやるだろうと。
「コクシは白き神々の血を引くドリュアス皇帝と交わることは出来ないわ。狙うとすれば妃達の友人や側近です。もし彼女がシーヴァー皇子の妃になろうとしていたら、私はそこで疑いを解いたでしょう」
「ああ!それで、あの時、聞かれたのですね」
アデリーナがシーヴァーの妃になることを固辞していたことで、かえって疑惑が深まってしまったのか。
「でしたら、直接お会いなさるのはリスクが高すぎませんか?」
「ええ。私もそう思っていました。魔法士の塔に乗り込み、彼女に気づかれぬよう一匹ずつコクシを退治していこうと。でもエリック補佐官の報告を聞いて気が変わったの」
2日前———
「俺の権限を行使して、当時の帝都騎士階級と商家の日記を調べたら、それらしい女性がいました。帝都で大衆向けの酒場を営んでいたティナと呼ばれていた女性です」
「ティナ?」
ティナは彼女の母親だけがそう呼んでいた、ジスティナの愛称である。
「ええ。ちょうどジスティナ妃が嫁いで来た頃に開店し、ジスティナ妃の処刑直前に店を畳んで姿を消しています。いつ行ってもティナがひとりで店を切り盛りしているので、既婚者なんてウソだろうとある騎士が迫ったら、夫があらわれたとのエピソードなんかもありました…その夫も行方不明です」
「そうですか。そのティナがジスティナだった可能性があるわけね」
「だとしたら大変興味深いですよ。なぜなら、ユーリス帝の妃達を唆(そそのか)し、処刑に追い込んだとされる後宮出入りの占い師の女がいるんですがね、その女、どうも彼女の店の常連だったようです」
———これがエリックの報告だった。
ジスティナを処刑台に送り込んだ占い師の女。
いったい誰だったのか。これが…もしアデリーナだったら?
なぜジスティナは、気づかなかったのか。
気づいていたのなら、なぜ抵抗もせずに受け入れたのか。
それを最初に確認しておかなければ、私もジスティナの二の舞になるかもしれない———とカルナは思ったのだ。
その時だった。
ノックの音が聞こえ、聞こえると同時に、
「ラウルス様。アデリーナです」