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戴冠の儀(前編)

7

帝都騎士団の訓練施設———
シーヴァーの午前の政務の時間に、クリスはここで鍛錬するのが日課だ。
クリストフォロス・アドメトスと、第五騎士団 団長のステファノ・コンカートが派手に剣を交えていた。 ステファノは、現在27歳。ことし団長へ昇格したばかりだ。

珍しく総団長のユリウス・カルロが顔を見せたあって、ほとんど実戦の真剣勝負である。

大勢の団員が固唾を呑んで見守る中、
「なんで第一騎士団の団長が、小隊長の相手をしているんだ?」
と不満を言ったのを、
「お前本気で言ってる?それ」
無知すぎ———と呆れ、
「小隊長は小隊長でも、帝国騎士団の中でも12名しかいないシルバーナイトの小隊長だから」

何十回目かの剣と剣がぶつかったとき、クリスの剣が弾かれ、彼の手から離れて飛んだ。

「参りました」
「……なにが参りましただ」
このヤロウ———と冗談まじりに怒ったように言う。
彼はクリスの目的を完全に見抜いていたが、それ以上、口に出しては何も言わなかった。

「クリス」
厚手の布で汗を拭いている時に声をかけられ、振りむけばユリウス・カルロがいた。
あっと気づいて敬礼しようとするクリスを、ユリウスは「そのままでいい。ラクにしてくれ」と制止し、
「お前、なんで魔法を使わなかった?お前は魔法剣士だろう?」
「第五騎士団の団長の剣技を前にして、魔法に逃げたら、稽古になりませんよ」
第五騎士団は帝都西の治安担当。日頃から帝都民を守って、魔物や盗賊と戦っている。 実戦で鍛えられている剣は、鋭く重い。
対戦中、相手の剣を受け止めず、技術で受け流すことに集中し、そればかりやっていたのだ。
これを完全に見抜いていたからこその第五騎士団団長の、あの半ば冗談まじりの嫌みであった。

「100回はと思っていたのですが、87回目で受け流しそこねて、はじかれてしまった。やはりコンカート団長は凄いです」
「相変わらずストイックな奴だ。だが見ろ。お前が負けたせいで、シルバーナイトなんて大したことないと思ってしまった奴がいるぞ」

促されて周囲に目を向ければ、悪い意味で「大したことない、自分もなれる」希望を持ってしまった明るい表情の若い騎士達がちらほら。
別の言葉で「仕事を舐めた」とも言う。

「俺はもっと強くなりたいから、稽古場(ここ)にいるんです。勝つのが目的と思う奴がどうかしている」
「そんなふうに仲間を突き放すものじゃない。プロ意識が高いのは結構だが、人を育てることが出来ないのでは、いつまでたっても隊長になれんぞ」
ため息をつくユリウスに、
「…かまいませんよ。ずっと小隊長で」
出世なんてどうでもいいとばかり、返すクリスだった。

「それで、ずっと皇子にくっついているつもりか?」
「いえ、皇子にはもう俺は必要ないでしょう」
皇子はガイアの加護をもらったと言っていた。守護精霊もいる。

「騎士団を、やめるのか?」
クリスはぴくりとなり、
「……いいえ。騎士団にいるから、こんな俺でもまともな生活が送れているんです。俺が生きる場所はここしかありません」 と、うつむきがちに正直に答える。

「そうか」
クリスがどこか諦めたように生きていることは、ユリウスも感じている。
父を知らぬとはいえ、母方のアドメトス伯爵家は名家だ。
生涯独身で過ごす者は、それなりに存在する。
だから、気にするな…とはユリウスには言えなかった。
自らの意志で選んで生きるのと、選ぶことも許されずに生きるのとでは違うのだから。

クリスは空を見上げ、
「もうすぐお茶の時間ですね」
それはまもなく、午前の執務が終わるということ。
こんな天気の日には、皇子は空中庭園を選ぶ。
なんにせよ「皇帝」が動き回る時は、シルバーナイトの護衛が必要だ。

「お、そうだ。遅刻させたりしたら抗議されてしまう」
食と芸術と学問の都に住む帝都人が愛すもの。
それは二度の食事とお茶の時間。

ユリウスは、稽古場にいる隊員達に視線をやり、
「全員あがれ!片付けろ」
よく通るユリウスの声が稽古場に響き渡った。

この日のお茶の時間が———
彼の人生で、決して忘れられぬ時間(とき)になることを、クリスはまだ知らなかった。

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