「お待たせいたしましたわ。ご使者の方」
通された応接間に、作業衣からドレスに着替えたレディ・ユリティアが入室してきた。
(おお)
カルナは嘆息し、改めて目を見張ることになる。
美しさに季節があるなら、彼女は春の美しさだとカルナは思った。
それもおそらく春の美しさを持つ者の中で一番の…
淡いブロンドの髪と、青い目は、典型的なドリュアス人の色。
その昔ドリュアスでは、この色彩をもっていなければ美女と認められない時代があった。
世が世なら、絶世の美女である。
カルナは、ふとあることに気づいた。
お茶を運んできた侍女が退出しもせず、監視するかのように部屋に控えていたのだ。
未成年なら保護者に報告するためよく見られる光景だが、20の成人女性にこれはない。
「人払いしていただけないかしら?」
「はい。お下がり」
彼女自身も望んではいなかったのだろう、どこかほっとしたようだった。
侍女達が不満げな顔で部屋から退出し、ドアが閉まり、彼女達の足音が遠ざかるのを見計らって、カルナは告げた。
「改めてご挨拶いたしますわ。レディ・ユリティア。エルダの儀でシーヴァー皇子の妃となりましたカルナ・カリナンでございます。ただいま変装中ですが、そこはご容赦くださいませ」
「カリナン…?えっ!」
さすが領公令嬢である。マガーのカリナン大公家と気づいた。
「カルナ・カリナン姫といえば、あの…」
「はい。あのカルナです。醜女と呼ばれてしまうアザは今、隠しております」
「恐れ入ります。わたくし、すっかり取り乱してしまって。ご無礼を」
「いいえ、かまいませんわ。楽になさって」
「率直におたずねするわ。貴方は今でもクリストフォロス・アドメトスのことがお好きかしら?彼と結婚したいと思っていらっしゃる?」
直球である。
ユリティアは身を固くし、
「何をおっしゃりたいのか、わかりかねます」
声は震えている。
警戒されるのは、もっともだ。
カルナは妃殿下であり、ユリティアは皇妃候補。いわばライバル関係である。
「確かに突然すぎましたわね。実は少し困ったことになっているの」
カルナは表情を和らげ、レディ・アンドレアが魔法士長代理のところへ、報告書を持ってきたことを話した。
その内容を表に出さぬのとひきかえに、ユリティア領公令嬢よりアンドレア侯爵令嬢の推薦を迫ったことを。
ユリティアは顔色を変え、両手をそれぞれの頬にあてた。
「なんてこと…!あの方は…何もなさいませんでした。ただわたくしが泣きやむまで、ずっとわたくしの側にいてくださっただけです」
「でしょうね」
予想通りである。
「それで、彼になんと言われたの?」
「は、はい。自分は結婚できないからと。その時わたくしは、はじめてあの方が私生児であることを知りました」
「わたくしは幼くて愚かでした…あの方を傷つけ、ご迷惑をおかけしただけだった。もしあの方の身に何かあったら」
「そんなことは私が許しません。それにレディ・ユリティア。あなたは愚かではありませんわ。勇気を出して気持ちを伝えることが愚かだというなら、そんな世の中が間違っているのです」
「それで、今もお好き?」
「今のわたくしの立場では何も申し上げられません。カルロ家から皇妃を輩出することはシミトゥス領国の悲願なのです。わたくしもカルロ家に生まれた者としての役目を忘れるつもりはございません。わたくしに言えるのは…あの人生で一番幸せだった時間を、生涯忘れることはないだろうということです」
「そう…」
それはクリストフォロス・アドメトスにとってもそうなのかもしれないとカルナは思った。
だが口を出すのは野暮というもの。彼が自分の口から伝えるべきだ。
「レディ・ユリティア。今から皇宮へ行きましょう。彼に会って、もう一度自分の気持ちを確かめたほうがいい。何も感じず終わっていればそれでよし。でももし好きと感じたら、もう一度向き合うのよ。そしてシーヴァー皇子にも、それを知っておいてもらったほうがいいわ」
カルナは、ソファから立ち上がる。
カルナが立ち上がったため、礼儀として同じように立ち上がったユリティアは、
「でも…」
「いずれどなたかとご結婚はされるのでしょう?」
「はい。皇妃になれなくても、領公令嬢として結婚はしなければなりません」
「だったら彼がいいって思わない?」
「思います」
ユリティアは、迷いなくまっすぐに答えた。
「素敵。なら戦いましょう。あなたが彼がいいというなら、少なくとも、あなたのお父様は、あなたの味方になってくださるはず」
カルナはユリウス・カルロ総団長との会話を思い出す。
彼自身は、娘を皇妃にすることへのこだわりもなかった。
彼がカルナに念入りに確認してきたのは、「娘を傷つける可能性があるか」だけだった。
「いつもお母様に言い負かされている、あの頼りないお父様が……」
ユリティアは信じられないという顔をする。
カルナは声をたてて笑った。目に浮かぶようだ。
「負けてあげているのよ。あなたのことも、あなたが何も言わないから問題ないと思っているだけよ」
「……もう一度…望んで…いいのでしょうか?」
「ええ。もう一度戦いましょう」
カルナは手をさし出す。
ユリティアは少し迷ったあと、やがて決心したようにカルナの手をとったのだった。