フォルセティ・アイオロス。
マガーの王のひとりにして。風使い。
さらに驚くのは、その髪と目の色が、クリスと同じであったことだ。
やがてフォルセティも、クリスがいることに気づき、
「驚いたな…いくらあの人でも、継承の子は大公家に引き取ると思っていた。カルナ、彼はいくつなんだ?」
「23よ」
「私と同じ歳か!」
まったく———フォルセティは、呆れる。
「あ…」
困惑したクリスに、
「私の兄か弟かはわからないが、私達が異母兄弟なのは間違いない。同じ父の子だ」
フォルセティは、かぶせるように答えた。
「では俺は、マガーの風の大公の私生児なのですか?」
「いや、父は、私の母とも結婚していない。誰ともだ。わが一族には、何物にも縛られることなく、風のように生きる者が時々生まれる。そのように生まれてしまったと受け入れるしかないことだよ」
「…そうか。ドリュアスでは、私生児が結婚できないとは知らなかった」
フォルセティは、カルナが座っていた上席を譲られ、用意してもらったティーカップの中の紅茶をかき回す。
「私も知らなかったわ。マガーでは考えられないことだもの」
カップや取り皿ごとフォルセティの隣に移動したカルナが応じれば、
「きっと、あの人も知らないのだろうな」
フォルセティは、ティースプーンをおき、紅茶をひとくち飲んだ。
「それで、どうしたいんだ?君は。大公継承権を得るためには風の精霊王の許可が必要だ。風の神殿から神界に行くかい?」
「いえ…」
「おれはドリュアス人で、帝国の騎士です。そこは迷っていません。少しも」
「そうか。既に道をみつけているんだな」
「父は死んだのですか」
「いいや。生きているよ。私が成人するや否や、私に大公の座を譲り、ご自分はどこかへ行ってしまわれた。勝手なものだ」
「ではいつか会えるかもしれないのですね」
「そうなるな」
「父の名前は…?」
「バルドロイアスだ。バルドーと呼ばれている」
「ああ…そうでしたか。あれは父の名だったんですね」
ときどき母が口にしていた。
「いつも西のコバルト海をみながらつぶやいたので、俺は海のことだと思っていました」
「いや…あながち間違いではないよ。コバルトブルーと白、そして金糸の組み合わせは、父が好む装いだ。君の母上は海と雲と空色、そして輝く海面を見ながら父を思い出していたのかもしれない」
「あの方、いつも同じ服よね」
「ああ、同じのを何十着も作らせる。衣装選びに頭を使いたくないそうだ。同じ理由で贈り物も、全員に同じのを贈るぞ。私は14歳で、2歳の弟と同じ、おもちゃをもらった。私が抗議すると、兄が弟に譲るのは当然だだろう。それともお前に合わせて2歳児に「イラスト入り!はじめての夜伽(よとぎ)」を贈れというのかと言い返してきた」
身勝手さもあそこまで突き抜けていると、何もいえんとフォルセティはすまし顔で答える。
クリスの視線に気づいて、
「失礼した。父との思い出がない君の前で無神経だったな」
「あ、いえ。今の俺はそこまで子供じゃありません。母は死んでもいいと言った。それが、いったいどんな人だったのか知りたかっただけです」
その問いにフォルセティは思い出すように、
「私の母が言うには、父は共有財産のようなものだそうだ。貴賤・身分問わず態度を変えることがなく誰のものにもなることがない。つまらない男と結婚して、一生縛られるくらいなら、風の大公の子を産んで、周囲を黙らせたあと自由で自立した人生を送るほうがいいと言っていた。俺と弟も腹違いだし、それぞれの母は大公家には入っていない。私の母は伯爵家の当主、弟の母は今も女騎士だ」
「そうですか。誰に対してもそうなんですね。母だけでなく」
「こういってはなんだが、あれは来るもの拒まず、去る者追わずだよ」
私には理解できんが———
「さて、どうするね?マガーの大公家、継承の子なら神殿も例外を認めざるを得まい。そもそもマガーは、一夫多妻の国ではないからな。証明書類が必要なら用意するぞ」
「待ってください」
「お前、この後に及んで…」
と、シーヴァーが言うのを、
「いえ、そうじゃありません。俺は、今まで、結婚を考えたことありませんでした。女性に贈り物をすることも、どんな家庭にしたいとか、求婚も全然考えたことがなくて…これから真剣に考えて努力しますから、そのうえで必要になった時、俺から頭を下げてお願いしたいんです」
「…君はいい男だね。君が我が家に来ないのは残念だ」
フォルセティは、つぶやくように言ったあと、
「君の気持ちはわかった。だが君が私の協力を求める時、頭を下げるのはやめてくれ。これは君に対して、我が家がしなければならないことだ」
「わかりました。ありがたくそうさせて頂きます」
「ところで付き合うなら親には挨拶しておいたほうがいいぞ。アリアンの父親なんぞ、いままで娘を社交界にも出さず再婚相手の言いなりだったくせに、私が勝手に彼女の部屋に忍び込んだことを知って、あんまりですと悔し泣きしたからな」
父親が自分なりに娘を大切にしていたことを知って、アリアンが一番驚いていたものだ。
「もちろんです。総団長には近いうちにお伺いして」
「ん?いや、今すぐここへ呼べばいいだろう。どうせ目と鼻の先にいるんだ。今ならお前の身元を保証してくれる風の大公もいるのだし」
とシーヴァーが言うのを、
「そうしてくれると助かる。私も挨拶しておいたほうがいいだろう」
抵抗もなく新しい兄弟を受け入れるフォルセティに、いったいどれだけ慣れているんだと一同は思い、「苦労していたのね、フォル」と、カルナは同情的に言った。
だが、フォルセティは、
「いや、苦労とは違うな。生まれたときからこの環境だから、こういうものかと思っていたんだよ。3歳すぎてお前や他の貴族の子弟と遊ぶようになって我が家の特殊性に気づいたというのが正しいな。知らずに兄妹で結婚なんてことになったら困るから、父の女性関係はすべて把握されているが、ひとり1ページで、ちょっとした辞書みたいになっていてな、私や弟は新しい女性と出会うたびに確認するのさ」
「そ、それは笑ってもいいのかしら」
「いいとも。笑ってくれ。実際、喜劇だ」
フォルセティは真面目な顔で言い、
「それでも、この生き方が一番自然で似合う人なのさ」
と、諦めたように付け加えたのだった。