「いや、ウェポンのあの巨大な姿が目に入った時は、終わりかと思いましたが…ありがとう存じまする」
避難していた場所から、再び村に戻った村長は、SeeDにむかって礼を言った。ちなみにここは村長の家である。部屋にはビルもいて、村長と話しているSeeDはセルフィとアーヴァインの二人だった。今回派遣されたのは、この二名。あとは、村人の収容を受け持ったSeeD候補生三名である。
「いいえ、任務ですから」
笑顔で答えたのはセルフィだった。
「しっかし、本当いいのかよ。金を払わなくて…」
ビルが、問いかける。
「いいんです。SeeD出動を決定したのは、うちの司令官ですから。向こうはこっちに責任を押しつけようとしていました。自分達の為にやったんです」
無料ではなく、最初から依頼はなかったんです。アーヴァインが説明をする。
「ほうか。だが、結果的に村も村人も救ってくれた。何も礼をしないというのは…」
セルフィは、SeeD式の敬礼をした。
「かわりといってはなんですが、お願いがあります。今回の件、村人達には村長がSeeDに依頼をした、ということにしておいてくれませんか?」
村長とビルはなぜ、と問いかけた。
「そうしなくては、村人にスコール・ウォルターの正体を話さなくてはならないでしょう?ここにいるのはスコール・レオンハートではないことにしておいてもらいたいんです」
村長とビルが納得しかねる様子を見て、アーヴァインが話を引き継ぐ。
「えっとですね〜。完全なこっちの都合なんですよ。つまり、スコール・レオンハートだと知られてしまったら、見世物になるかもしれないでしょう?スコールはゆっくり、ここで休暇を過ごせないんです。まだ休暇は残ってるし、待ってる彼女だってまだ来てないし、おまけにしゃべるの苦手だし、村の人達の珍獣になってしまって、彼女と甘い休暇を過ごせずに終わるのは、かわいそうだ、ということなんです」
それを聞き、はじめて二人は納得の笑いを浮かべる。
「ふぉっ、ふぉっ、そういうことか…お前さん達もどうして、どうして。ふふ、よい友人に恵まれておるのう、ウォルター殿は。よし、よし、黙っておこう。幸い誰も知らぬ。このビル以外にはな。ビル、カーラには…」
「はは!わかってるよ、じい様。カーラには内緒だろ。あいつは、俺と違っておしゃべりだからな。それにしても、ウォルターの奴、女なんか興味ありません、って顔して、しっかり彼女いたんだなぁ…」
あんな無口なのに、どうやって口説いたんだろ?ビルには、不思議だ。
「おじいちゃん!」
部屋の扉が開き、カーラが勢いよく入ってきた。
「おお、カーラ。来たか。無事なようじゃな。他の村の娘達はどうじゃ?」
「安心して。皆無事よ。あら?もしかして、SeeD?」
「そうじゃ、ウェポンを封じてくれたわい」
「すごいわ、噂に聞いていたけど、本当にすごいわ。ありがとう、村を救ってくれて」
「仕事だからね〜」
「でも、ウォルターはどうして、連中が連れてきたのが、偽のSeeDだとわかったの?」
セルフィとアーヴァインは顔を見合わせる。村長もビルも、どう返答すべきか迷っている。
アーヴァインが軽く咳払いをした。
「ウォルター殿は前にSeeDに依頼した経験があるんです。だから、SeeDではないことに気づかれたのだと思います」
もっともらしく言う。
「ああ、そうだったの。それで…すごく怒ってたもんね。SeeDに責任をなすりつけるなんて許せない、とか言って。ずいぶん、SeeDには世話になったんだろうなぁ」
そんなところです、とセルフィとアーヴァインは返事をした。
「ところで、そのウォルターはどうしたの…?」
カーラは、あたりを見まわし、兄のビルが、指差した。
スコールは、部屋の隅で壁に背中を預け、床に坐り込んでいた。うつむいたまま動こうともしない。
「眠ってるの?」
「いや、眠ってはいないと思うが…」
あのウェポンをたった一人で封印したのだ。体力を消耗しないほうがおかしい。だが、それらの事情を説明するわけにもいかない。
カーラは、スコールに近づき正面に坐りこむ。スコールも気配に気づき、顔を上げる。
「どうしたの?ウォルター。平気なの?」
「…ちょっと、疲れただけだ…」
めんどくさそうにスコールは答える。
「だらしないわね!でも、ありがとう。あんたがいなかったら、今頃ウェポンも暴れ放題で、村も私達も大変なことになっているところだったわ」
カーラは心底うれしそうだ。
「…べつに…偶然だ…」
「あんたって、いつもそうね。照れてるの?それとも素直じゃないだけなの?」
カーラは好意的な笑顔を向け、スコールを覗き込む。
「さぁ…」
スコールの返事に、カーラは、今度こそ声をたてて笑った。
その様子を見ていたビルが困ったように頭をかいた。
「まいったなぁ、もしかして、カーラの奴…」
「うーん。まずいねぇ、あいつは、鈍いからなぁ〜」
適当に返事をして、よけいひどくなりそうだな〜。アーヴァインが首をすくめる。ビルは、やれ、やれといいながら、妹に声をかける。
「カーラ。うるさくするな。休ませてやれよ」
「あら、兄さん。話をているだけよ」
「話しているだけても疲れるもんなの」
ビルの言葉に、カーラはむくれた。
「わかったわよ…そうだ、ねぇ、ウォルター。あんた、まだ、オーロラ見てないわよね。オーナーが言っていたわ。部屋に閉じこもってばっかりだって。そりゃ、もう綺麗よ。見ないなんて損よ。どうして、行かないの?なんだったら・…」
カーラが、いいかけた時、突然、ヒステリックな声が聞こえてきた。
「ちくしょー!!!もう、もう、やだ!!絶対やだ!もう、テレポートなんか絶対しない!!」
どうやら外で誰かが、わめいているらしい。
スコールは、その声に反応し、座ったまま肩越しに窓の外を見る。
癇癪をおこし、やけくそで、荷物を引きずっている娘が一人。全身が雪にまみれて、雪だるまのようだった。頭から雪をかぶっているのだ。怒っているのか泣いているのかわからない表情で、トランクを引きずり続けている。やがて、手がすべったのか、トランクが手から離れてしまった。今度は、泣きべそかいて、その場に坐りこみ、トランクを、ばしばし叩き、殴る、蹴るの限りを尽くし始めた。
(あいつは…完全に癇癪おこしてるな…)
その様子を眺めながら、スコールはため息をつく。
「なに、あの子…」
カーラも、スコールの隣でめずらしそうに見ている。
スコールは、立ちあがった。実は、アーヴァインや村長達が会話している間、密かに、ケアルをかけ続けていた。あと、2,3回と思っていた時に、カーラが乱入してきたのだ。完全ではないが、8割がたは回復している。
「・…休ませてもらい、ありがとうございました。俺はこれで、ペンションに帰らせて頂きます」
スコールは、村長に頭を下げる。
「礼を言うのは、わしの方じゃ。しかし、平気なのかな?もう動いても…」
ええ、平気です。といってスコールは、部屋から、出ていく。足取りもしっかりしている。
玄関の扉を開けると、ひんやり、とした冷気が包み込む。
相変わらずトランクに当り散らしている娘に近づき、背後に立つ。
「…お前…なにやってんだ・…リノア?」
聞きなれた声に名前を呼ばれたリノアは、反射的に振り返る。
「スコール!!」
叫んで、立ちあがった。
「もう、もう、最悪なんだよ、スコール!!わたし、行きたいのに、一生懸命お仕事しても終わらないし、眠くって、ようやく終わってきたら、変なとこに飛んじゃって、もう、嫌!」
ポロポロ泣き出す。目が赤いのは泣いている所為だけではなさそうだった。ろくに眠ってないのだろう。スコールは、リノアの頭に乗ったままの雪を、払いのける。
「でも、来れたじゃないか…」
「当然じゃない。絶対来るもん!…わたし、すっごく楽しみにしていたんだもん!!」
リノアは、スコールに抱きついた。久しぶりの感触である。
「そんな格好でここにいたら、風邪ひくぞ」
ペンションへ行こう、とスコールはリノアを促す。
「うん。でも、スコール。どうしてここにいるの?」
「ちょっとな…あとで話すよ」
「うん!いっぱいお話しようね。オーロラも見て、それから…」
さらに、続けようとしたリノアの頭をスコールは、ごつく。
「その前に、お前は眠れ」
「どうしてよ!!もったいないよ!眠いけど、眠っちゃったら、起きれないじゃない!」
「お前は人一倍眠る奴だろ?それが、目が真っ赤になるぐらい、眠っていなくて、無事ですむか…さっきの癇癪だって、睡眠不足が原因だろ。とばっちり受けたくないぞ、俺は…」
「そんなの、平気だもん!」
「いーや、平気じゃない」
「やだ!絶対、眠くなんかない!」
スコールは、そうか、と言い、リノアを引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
「ほーら、眠い」
「大丈夫だもん!眠くなんか…」
言葉は最後まで語られることなく、瞼が閉じられ、寝息が続いた。
「やれ、やれ。やっぱりな…」
スコールは、苦笑し、眠ったリノアを背負う。
リノアのトランクを拾い、ペンションへと帰っていった。その様子を窓越しに見ていた者達がいる。
「あれが、スコールの彼女か…?」
ビルが、部屋の窓から外の様子を見ながら言った。
「どうやら、お前とは縁のない男だったらしいな。なぁ、カーラ?」
同じく隣から、外の様子を見ていたカーラにビルが陽気に声をかける。
「な、なによ!なにを誤解したか知らないけど、私とは関係ないじゃないの!」
カーラは、くるり、と後ろを向き、窓から離れ、部屋から出ていってしまった。
「いつもながら、意地っぱりな奴だ…だが、まぁ、あのぶんだと平気だな…」
ビルはカーラの後ろ姿を見ながら、つぶやいた。彼は彼なりに、妹を心配していたらしかった。
「それじゃ、我々はこれで帰らせてもらいます」
セルフィとアーヴァインがSeeD式の敬礼をし、二人も、村長宅をあとにする。
ラグナロクに向いながら、セルフィがアーヴァインに話しかけた。
「ほんっとに、委員長って強運〜。あの鈍感男、危機一髪で救いの天使があらわれるんだから」
「いや、あれは、リノアの愛の力!やっぱり女のカンはすごいよ」
セルフィはアーヴァインを白い目で見た。
「…愛の力と女のカンがどう関係あるねん?…リノアは嫉妬深いって言いたいん?アービン…」
セルフィは、リノアと一番仲がいい。加えて友人を貶められて黙っている性分でもないのだ。
「え、ち、違うよ〜。リノアとスコールはラブラブだから〜わかるんだろうな〜って思っただけじゃないかぁ〜」
残念ながら、アーヴァインの言い訳はセルフィの耳には入らない。
「阿呆!スコールのほうが嫉妬深いわ!あんな男に、毎日、にこにこ笑ってくっついている、リノアのほうが偉いわ!」
「わ、わかった。いや、わかってるよ、セルフィ。あれだけお互いの長所と短所を補いあっている二人も珍しい。一緒にいる限り無敵で〜っと、わ〜、殴らないでよ!セルフィ!ちゃんと話を聞けって〜」
この二人はいまだに、友達以上、恋人未満の関係から抜け出せずにいた。だからといって熱い恋人同士達に嫉妬するほど、心が狭くはないし、邪魔するほど野暮でもない。他愛のない口喧嘩をしつつ、二人はスコールとリノアには会わずにそのままガーデンへ帰っていった。
その頃、スコールはというと、ペンションの自分の部屋に寝ているリノアを運んだところだった。そして、彼自身も、再び疲れを思い出したように深い眠りに落ちていった。