太陽が完全に隠れている曇り空の下、静かに雪が舞い続けている。
外気にじかに触れれば、容赦なく凍てつくような冷気が襲いかかってくることだろうが、そんな残酷な冷気の刃も、木とガラスで守られた屋内の人々を傷つけることは出来なかった。暖房のきいた場所から、窓一枚隔てた向こうに映る景色は、どこまでもやさしく、そして、おだやかに人々の心に響いてくるばかりだ。まるで、別世界の出来事のように。
「退屈だな…」
スコールのつぶやいた言葉は聞き取れなかったまでも、なにごとか言った、ということだけはわかったらしいウエイトレスが、ただちにテーブルにやって来て用件をうかがう。サービス精神が旺盛というより、会話する機会を狙っていた、といったほうがいいだろう。それでなくとも、やたらと目立つ外見を持つこの青年に、さっきからウエイトレスや他の宿泊客、特に女性客が、まるでめずらしい生き物に会ったかでもしたように、ちら、ちら、と何度も視線を向けているのだ。
「いや、違う。なんでもないんだ」
ウエイトレスに答え、再び一人となったスコールは、目の前に漂うコーヒーの湯気を、何を思うわけでもなくぼんやりと見つめた。
ここは、トラビア大陸、シュミ族の村よりもさらに北に位置する辺境の小さな村である。バラムであれば、冬は涼しく最も快適な季節だ。だが、この村の冬は、長く、そして厳しい。
スコールは、仕事で来ているわけではなかった。今は休暇中である。ぎっしり詰まったスケジュールを、それこそ死ぬほどの思いで詰めに詰めて長期の休暇を取ったのだ。それもこれもすべて一緒に来るはずだったもう一人の人の為だった。その人は今、ここにはいない。べつに、そのことを怒っているわけではない。何よりも残念で、哀しい思いをしているのは、もう一人のほうだ、ということを彼は知っている。
「絶対行く!いけないかもしれないけど、望みがあるなら、五分でも絶対行く!だから、待っていて!」
その言葉通りに、今、スコールはいつ来るかわからない連れを待っているのだ。
スコールは、コーヒーカップを持ち上げ、口づける。
(本当に退屈だな…一日がこんなに長いものだとは思わなかった…)
ここへ来て、既に二日。スコールは暇をもてあましはじめていた。このような辺境の村では、特にやることがない。この村からは、世界でも有名な氷の山が見える。夏でも決して溶けることのない氷山。朝日や夕日に照らされたときの美しさは、あまりにも有名だ。オーロラシーズンと呼ばれる時期には、オーロラが出現し、氷山と二重奏を奏で幻想的な世界を演出する。それが、「見たい」というから、この場所を選んだのだが、一人で過ごすとなると退屈極まりない。一人で見ても面白くはないし、「絶対、一緒に見るの!だから、見ちゃだめ!」と念を押されてもいる。常に忙しい日々を送っている身としては、貴重な時間を無駄にしているようで落着かない。
仕事をしようにも、このような山奥では電波は届かず携帯端末が使えず、オンラインで繋げてもバラム・ガーデンまでは無理であった。ただ、かろうじてトラビア・ガーデンには繋がるので、トラビア・ガーデンを経由してバラム・ガーデンとやり取りをしている。だが、それも繋がりにくいのと時間がかかるのとで、あまり役には立たず、必要最低限の事項のみにとどめるしかなかった。
スコールが二口めをすすろうとした時、耳障りな音が遠くから聞こえてきた。なんの音なのか考えるまでもない、聞き慣れているヘリコプターのプロペラ音だ。
ますます大きくなるその音に、どうやらヘリの目的地がこの村らしいということに気づく。
(誰かが来るのか…?)
窓の外を見ると、やはりヘリコプターだった。雪を蹴散らし、騒々しく舞い降りてくる。雪の奏でる幻想的な景色に浸っていた人ならば、無粋な乱入者に腹を立てたことだろう。
ヘリコプターから、三人の男が降りた。いずれも中年男性で、むろん、三人ともスコールの知らない男だ。
(…どこかの企業の連中らしいな…)
数秒後、どこの企業であるのかわかった。ヘリコプターに「ピメンテル」のロゴが入っているのに気づいたのだ。スコールが物知り、というより、知らない人のほうが少ないだろう。ピメンテルは、主に土地開発を行い世界中にいくつものレジャー施設をもつ会社で、世界的に有名な大企業なのだ。そのピメンテル社がここにくるということは…
(ここを、開発するつもりか…)
ここは有名な地といっても秘境である。交通も不便で村へ来るためには随分苦労しなくてはならず、それゆえ訪れる人も少ない。
(なるほど…リゾート地として、確かに魅力的な所だ。だが、都市に建設するのとはわけが違う。金がかかるだろうに)
スコールはそれ以上関心を示さず、視線をテーブルへもどした。
(そろそろ部屋へ戻るか…)
残りのコーヒーを飲み干し、部屋へ戻るべく立ち上がった時だ。突然、甲高い悲鳴と、ガラスの破壊音が、響き渡った。
食堂にいた宿泊客は、一斉に驚き、会話を中断して様子を見守ったり、反射的に椅子から立ちあがったりする者が相次ぐ。
スコールは、というと、そこはさずがにSeeDである。悲鳴の聞こえた方角を正確に当て、迷うことなく食堂を出て、悲鳴の聞こえた場所へと早足で向う。やがて、従業員がはいくつばっているのが視界に飛び込んできた。
周囲にはおそらく従業員が持っていたであろう、複数のガラスコップが散乱していた。ガラスコップは丈夫らしく原型をとどめており砕けてはいなかった。砕けていたのはガラス窓のほうで、外側から完全破壊されている。そして、それを破壊したのは……
「メズマライズ?なぜ、ここに…」
確かにメズマライズだった。迷い込んできたのだろうか。メズマライズは興奮しており、目の焦点があっていない。
メズマライズが襲いかかってくる。首を大きく振り、スコールめがけて刃を放つ。
スコールは、近くに飾ってあった槍を掴み、メズマライズが放った刃を打ち払う。間を入れず、宙をけってメズマライズの急所に槍を突き刺すと、メズマライズは、その場に沈み込んだ。倒れる重い響きに、足元が震動する。
「あ、あ、あ…」
従業員は、座り込んだまま口もきけない。
スコールは、倒れているメズマライズに近づく。まだ息があったのだ。必死で4本の足を動かしている様子が哀れですらある。それでも、助けるわけにはいかなかった。回復させれば、また、瞬時に襲いかかってくる。人を襲うのは彼らの本能。月から生まれた彼らは、地上で生まれたどの生物とも違うのだ。スコールが出来ることといえば、苦痛から解放させてやることぐらいしかない。
彼は、メズマライズの頭に、垂直に槍を振りおろし…そして、それっきり、メズマライズは動かなくなった。
息絶えたのを確認したスコールが槍を引き抜いた頃、騒ぎをききつけたペンションのオーナーが顔を見せる。
「これは…!」
「オーナー!」
恐怖が去って、口をきけるようになったらしい従業員が、オーナにかけより一気に事情を話しだす。スコールは、その終わりを待つことなく場を去ろうと背を向け、出入り口へと向った。
「お待ち下さい。お客様…!」
オーナーに呼びとめられ、スコールは仕方なく歩みをとめる。
「お客様。お世話になりましたようで、ありがとうございます。あの、それで、お客様は…軍人の見習いか何かで?」
素人にここまで鮮やかにモンスターを倒せるはずがない、と思ったからこそのオーナーの言葉だった。見習いといったのは、スコールの外見年齢から判断したのだろう。
「そんなところです…」
SeeDであることは、言う必要はないと思った。第一、任務ではないのだから、何かを頼まれたとしても協力はできない。組織に所属する身であるがゆえに様々な規則に縛られているのだ。
「さようですか」
「俺はこれで…後始末、おまかせしてもいいですか?」
「あ、はい。ありがとうごさいました」
スコールは今度こそ、その場をあとにした。