一年中、決して溶けることのない氷山。間近で見るのも、登るのも初めてだ。
「足もとに気をつけて。すべるのよ」
歩いていくにつれ、あの村からでも聞こえていた機械音が大きくなり、やがて、妙に活気づいた場所に到着した。大勢の人の飛び交う会話があまりに多すぎて騒音にしか聞こえず、それに機械音が重なり、見事なほどの激しい楽曲を奏でているところ。
「ごくろう様。ここにおろしてちょうだい」
スコールは、荷物を下ろす。
「ほら、あの洞窟よ。中で作業してるの」
見れば、目の前に穴がぽっかりあいている。ウェポンでも易々と通れるぐらいの巨大な穴だ。穴といっても自然に出来たものではなく機械で開けたものだということはすぐ理解できた。
「ここは氷で閉ざされていて、外からはただの壁だった。それが、わずかに出来た割れ目から、中が空洞になってることを連中は発見したのよ。その割れ目から機械を使って中を見たら、氷に閉ざされ眠っているウェポンを発見した…ということらしいわ」
カーラに頷きを返したあと、スコールは人ごみをかきわけ、その穴に向かって進む。穴の下まできて、一度立ち止まり、いまさらながら、穴の巨大さに驚いた。
(よく、こんなに開けたものだ…)
再び歩きだして、中に入っていった。とがめられるのは承知だ。だが、一目見るだけでよかった。ウェポンの姿を。さらに奥へ進んでいくと、電球がともった薄暗い中から、「それ」は鮮やかに姿を浮かび上がらせていた。巨大な氷の塊、その中にいるのは…輝く緑の肢体をもつ生物。
「エメラルド・ウェポン…!」
スコールが、エメラルド・ウェポンに会うのは、これで二度目だ。以前、スコールは、過去の世界へ飛ばされた事があった。そこで、一度エメラルド・ウェポンと対戦したことがあるのだ。場所はセントラ大陸だった。だが、自分が倒して歴史に干渉するわけにはいかなかった。だから、あの時は撃退するだけにとどめたのだ。いや、倒すつもりで戦っていても、倒せたかどうかわからない。そのエメラルド・ウェポンが、今、再びスコールの目の前にいる。眠っている為、今は気づくのは困難だが、エメラルド・ウェポンの肩には宝石にも似た色とりどりの目がある。あの目が開かれた時、すべてのものは破壊されるのだ。エメラルド・ウェポンが放ったあの閃光を忘れる事が出来ないスコールだった。ふいに呼びとめられる。
「こら、お前、部外者だな!ここに入ってくるな!早く出ろ」
「あんたら、あれをどうするつもりだ…目が覚めたらどうする?」
「あいつは眠っているんだ。いざと言う時は、殺して剥製にするからな」
「あんなもの、人間の力で、なんとか出来るなんて本当に思っているのか…!」
男は、スコールに軽蔑したような視線を投げた。臆病者、と表情で伝えてくる。
「ああ、心配するなよ。お前らの村にはなんの影響もないさ。帰って、さっさと平和な生活を送るんだな。俺達にはSeeDだっているんだぞ」
「SeeDは人間だぞ。SeeDだって死ぬんだ。倒せない敵だっているさ。倒せたとしても、あいつを倒すのにどれだけのSeeDが死ぬと思う?」
スコールの心からの言葉だった。
「…心配いりませんよ、ウォルター殿」
背後から声が聞こえ、スコールは振り向いた。声の主はマイオだった。
「心配いりません。復活した場合、我々が倒しますから」
マイオは、静かに言う。いささかも動揺していない。
「…本当に倒せるのか…?復活した時、倒せませんでした、じゃすまないぞ」
マイオは、うす笑いを浮かべた。気味の悪い笑い方だ。
「…心配いりませんよ。伝説のSeeDと呼ばれるSeeDをご存知ですか?あれは、彼にたまたま、倒す機会が与えられただけなんです。彼は実に運よく、力の強いガーディアン・フォースを手に入れ、ウェポンや魔女を倒す機会に恵まれた。それだけなんです。強力なガーディアン・フォースの加護のあるSeeDであれば皆出来る事です」
そんなことは、マイオに言われるまでもない。ガーディアン・フォースと周囲の助けがなかったら、絶対に出来なかった。だが、当事者以外の者に言われるのはなんとなく不愉快である。
「…SeeDであれば皆出来ることか…。お前も、大丈夫なのか?」
「はい…私はSeeDです。いえ、SeeD以上の実力があると思っております」
「なるほど…わかったよ…安心するとしよう…」
スコールは、内心の怒りを押し隠すのに苦労しなければならなかった。それと同時に、わざわざ偽SeeDを連れてきた、ピメンテルの目的。その疑惑が確信へと変化する。
洞窟から出ると、カーラが駆け寄ってきた。
「ウォルター!あんた度胸あるのね、だれも入る勇気なかったのに。どうだったの。ウェポンはいたの?」
「ああ…いた。あの分じゃ明日にでもここから、引き出せるんじゃないか…」
「そう、よかった。それじゃ私達も解放されるわね」
カーラは、安堵の息をもらす。
「カーラ、この村で一番高性能な通信機ってどこにあるんだ。緊急時の連絡に一台ぐらいあるはずだろう?」
「ええ、私の家にあるけど?」
「使いたい。貸してくれ。ウェポンが復活したら、ピメンテルは責任を取らされる。謝って済む問題でもないからな。あいつら、その保険として、偽SeeDを雇ったに違いない」
ピメンテル社としても本物のSeeDを雇えるなら、雇いたかったことだろう。だが、SeeDがこんなことに、協力するわけがない。むしろ説得し、阻止しにかかる。だが、それではピメンテルが困る。
SeeDに内緒で事を運び、万が一何かあった時は、SeeDに責任を押し付ける―――その為に偽SeeDが必要なのだ。そして、ウェポンがどのような利害をもたらすにしろピメンテルの連中が損をすることはない。被害を受けるのはこの村の人々と、そしてSeeDというわけだ。
「…このままで済むと思うなよ…」
どこまでも怒りを押さえた低い声は、逆に凄みがあってカーラを驚かせたのだった。