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Sファイル

2

思いがけない事態がやってきたのは、その日の夕方だった。
オーナーがスコールの部屋を訪れたのだ。
「お客様、お願いがございます。どうか私と一緒に村長の家へお付き合いして頂けないでしょうか?」
「村長の家へ?」
「はい、ぜひ相談に乗って頂きたいことがありまして…」
「何のことだかわかりませんが?」
「話を聞いて下さるだけで、よろしいのです。私どもでは、わからない事だらけで…お客様なら、わかる事もございましょう」
お願い致します、再三請われて断りきれず、スコールは訳がわからないまま、一緒に村長の家へと出かけた。小さな村だ。すぐに到着する。
オーナーが、玄関をノックすると家の中から若い女性が出てきた。
女性は、オーナー、ついで後ろにいるスコールへと視線を移す。
「あんただよね?へぇ、そうか、あんただったのか。すごくいい男が来てるって、二日前から村の女の子達が騒いでたけどねぇ。オーナーが言っていた男が、あんただったとはね」
女性は、赤みがかかった金髪。それは強いウエーブを描いて腰まである。灰褐色の瞳、いきいきとした生命力の強さ、力強さが全身から溢れている。今までスコールの周囲には、いなかったタイプの女性だ。
「ええ、もう、お嬢さん。うちの従業員もやかましいですわ。叱りつけたほどですからな。村長はどちらに…?」
「むこうよ。入ってちょうだい」
女性は、家の中に二人を入れる。部屋へ案内しながら、スコールに声をかけてきた。
「まだ、お互い名乗っていなかったわよね。あたしは、カーラ。あんたは?」
「ウォルターだ…スコール・ウォルター」
スコール・ウォルターと名乗ったのは、チェックインする時、その名前を使ったのだ。
二年前の大戦以来、スコール・レオンハートの名前は、全世界に広がっていた。当時、電波放送がこれから再開されるという段階で映像が流れておらず、幸運なことに姿は全く伝わっていない。が、名前だけはどうしようもなかった。今までの出来事の数々を思えば、偽名を使ったほうが面倒がなくていいと最近は仕事以外でも偽名をよく使う。頻繁に呼ばれることのある名を変えると襤褸(ぼろ)が出やすい。仲間が思わずということもある。同じ名前の人がいるのはごく普通にあることだし、姓を変えるだけで結構気づかれないのだ。姓で呼んでもらえば、なお良かった。
「スコール?どっかで聞いたことのある名前ね。いくつなの?」
「19…」
「19か…ってことはあたしと同じ歳なんだ。ふーん」
 カーラに案内されて暖炉の間へ通された。広々とした部屋には、ソファや長テーブルがあり、暖炉の炎が赤々と燃えている。その暖炉を囲むように椅子に坐っている一人の老人と一人の青年の姿があった。
「待っていたよ。昼間の出来事は聞いてる。俺はそっちのカーラの兄で、ビルだ。よろしく」
ビルが椅子から立ち上がって手を差し出してくる。スコールは少し躊躇(ためら)ったあと、手を差し出し握手した。昔よりだいぶ変ったとはいえ、他人と握手することへの抵抗はなかなか消えない。やがて、すぐに隣の老人が、
「よく来て下された。わしが村長じゃ。この二人は孫でしてな。昼間のことお聞きしましたわい。お主のおかげで怪我人がでなかったようじゃ。礼をいいます」
言葉は明晰(めいせき)だが足腰が弱いらしい。両手に杖を持ち、椅子にすわったままの姿勢で礼を述べる。
「いえ、偶然ですから…」
村長はスコールに椅子をすすめる。二人の孫、ビルとカーラも椅子にすわり、オーナーも腰をかけ、皆で暖炉を囲うことになった。
「さて、ここに来て頂いたのは他でもない、ご相談したい事があったからじゃ。聞けば、あなたは軍関係の方だとか。どうか我々によき助言をしてくださらんか?」
「お話をお聞きしないとわかりません。俺の答えられることだといいのですが。そうでなかったら、お許し下さい」
村長は頷いた。
「ピメンテル社のことは、ご存知ですかな?」
「はい。詳しく知っているわけではありませんが、名前だけは。昼間、来ていたようで…」
「その通りじゃ。あやつらは、ここの地を開発したい、と言ってきておるのじゃ。この村を大きくし、定期的に客を運び、世界有数の観光地にするつもりなのじゃ。村人達の中にも、賛成するものと、反対するものがいての。確かにそうなれば、この村は豊かになるのじゃが…」
村長が、言葉を濁し、ビルが付け加える。
「あいつらは、多くの人が美しい自然に触れられるようにとか言ってるけどよ、開発なんかしたら、自然そのものが破壊されちまう。氷山だって、オーロラだって自然が作ってるものだ。無事にすむものかよ!」
ビルは、いらただしげに言い放つ。
「申し訳ないが…そういう話を俺にされても…」
「そうだった・・すまないな。昼間のあいつらとの会話、思い出して腹が立ってよ」
ビルが、きまり悪そうに頭を掻いた。村長が再び口を開く。
「ウォルター殿は、ウェポンをご存知ですかな…?」
スコールは反射的に顔をあげた。まさかこのような場所でウェポンの名を聞くとは思わなかったのだ。その様子を見て、村長は、やはりと言う顔をする。
「知っておられるのですな。では、トラビアに封じられたウェポンの伝説はご存知かな?」
「…聞いたことはあります」
昔、人間の力がまだ弱かった頃、ウェポンは封印するのが精一杯で、倒す事が出来なかった。人間は自然の持つ偉大な力を利用し、砂漠に封印したり、万年氷山の中に閉じ込めたりしたという。封印されているウェポンの伝説は、世界中にある。特に、トラビアに封じられたウェポンの話は、史実として様々な文献に残されている。だが、沢山の仮説があって場所までは特定できていない…
「もしかして、あの氷山に…?」
スコールが引き出した答えに、村長が心から安堵したように頷く。
「やはり、あなたに相談してよかったわい。オーナー、感謝するぞ。そのとおりですじゃ。ピメンテル社の連中は、最初この地を開発するつもりで乗りこんできましたのじゃ。だが、ウェポンの事を知りましてな。それを発見し、おそらく、氷づけにされているであろうウェポンを見世物にして、一儲けするつもりでいるのじゃ」
スコールは呆れた。
「ばかな…あんなものが、人の手におえるものか…」
スコールは今まで2回、いや、倒せなかったものも含めれば3回ウェポンと戦った経験がある。ウェポンの強さは桁はずれだ。
G・Fの中でも最強を誇る者達の力を借り、三人がかりですべての能力を継ぎこんで、ようやく勝てたのだ。戦っている最中、永遠に続くとも思える激闘に何度、気力を失いかけたことか…ウェポンは人間が支配下におけるものではない。そのことをスコールは嫌というほど知っている。
「ウォルター殿。連中は、明日から調査し発掘作業にとりかかると言っておりました…このことはすでにトラビア国と話がついているとか…。トラビア軍も協力するそうです…」
村長は、疲れたように息をはきだした。
「どうせ、金をばらまいて買収でもしたんでしょ!」
カーラは、怒り心頭である。それまで黙っていたオーナーが、スコールに呼びかけた。
「連中は、もし、全面的に協力したら金も出すし開発も諦めてもいいと言いました。開発の反対派、賛成派の村人もどっちの条件も満たすということで…皆、賛成しております。村長も断れませんなんだ。ですが、不安でして…我々が思うに、ウェポンを既に氷山で発見しているのではないか、と。そうでなくては、あれほどしつこかった連中が、開発を諦めることを条件に出してまで、作業するわけがない」
オーナーの考えは正しい。おそらくそうだろう、とスコールも賛同する。
「もし、ウェポンが復活したら、どうするつもりなのだろう…?」
スコールのつぶやきは、周囲にも届いたらしい。ビルが放った返答は、スコールをさらに驚かせるものだった。
「連中は、万が一に備えてSeeDを雇ったと言っていたよ。だから、心配するなとさ」
「SeeD!」
スコールは忙しく頭を回転させた。そのような依頼があっただろうか?指揮官としての仕事なら、ガルバディア、トラビアは、管轄外である為、知らないことはある。だが、彼はSeeDのリーダーだった。SeeDに来た依頼であるなら、スコールの耳に入らないはずは無かった。そして、そんな依頼が来た事を知らないスコールだった。
(俺がここへ来てからの依頼だろうか。だとしても、報告ぐらいはあるはずだ)
部屋にある端末機には、そんな報告のメールは届いていない。他の依頼ならすべて箇条書きとはいえ、届いている。後を頼んできたのはシュウだ。報告のメールを送信してくるのも彼女である。シュウに限って報告が漏れるなどということは、ありえない。
(どういうことだ…?)
そんなスコールの内心の困惑などお構いなしに、会話が続く。
「SeeDは、ウェポンだって倒せる連中だ。確かに心配いらねぇかもしれないけどさ。この村がどうなるのか不安でな…っと!思い出した!」
ビルは、スコールに視線を移す。
「どっかで聞いたと思った。あんたの名前、SeeDの英雄さんと同じ名前なんだ」
ようやく思い当たったらしいカーラも手を打つ。
「ああ、そっか。私もどっかで聞いた事のある名前だと思ったわ。珍しい名前だからひっかかっていたんだ。スコール・レオンハートと同じ名前だなんて大変ね」
カーラのからかうような声を受けて、スコールはようやく我に返った。
「…俺は俺だ…」
この返答には、慣れている。偽名を使うたび、何度も繰り返してきたものだ。
カーラは、スコールの慣れた反応と返答に自分なりの結論を出す。
「ははぁ。もしかして、誤解されるのに飽き飽きしてウォルターで通してるの?」
「そんなところだ…」
「わかる、わかる、スコールなんて呼ばれたら知らない連中、反応するよな。なんせ、伝説のSeeDさんは名前以外、全部謎に包まれているからなぁ…」
「そうね。こんな山奥じゃ、ガーデンがどんなところなのか想像しようもないけど、ガーデンはどの国家にも属していない、治外法権みたいなところなんだってね。セキュリティは完璧。乗りこむことも出来ない、前にここへ来たジャーナリストが、そう言って嘆いていたわ」
話がそれていくのを感じた村長が、二人をたしなめる。
「これ、お前達、今はそのようなことを言っている場合ではない。どうじゃ?ウォルター殿、村に被害が及ぶ可能性はあると思いになりますかな…?」
「…ウェポンを発掘するということ自体、間違っています。なにかあったら、この村どころではない、被害は、世界中に及びます。ですが、国が承知していて軍隊も乗りこんでくる。SeeDも来る。ウェポンの発掘は止められないでしょう。何も起こらないことを祈るしかありません」
「…そうでしょうな…やはり、祈るしかありませんな。いや、ありがとう存じます。覚悟が決まりましたわい」
村長は頭を下げた。
「いえ、お役にたてず申し訳ありません…村長。連中と話す機会や、現場へ行く機会があったら連れていってもらえませんか…?見てみたいのですが…」
「ぜひ、お願い申す。なんせ、ここへくる軍隊も連中の味方ですしな。わしらが何も知らないと思うて、つごうの悪いことは、すべて隠す。多少なりとも詳しい人間がいてくれたら、心強い」
「こういう事は俺達は素人だからな…ウェポンなんて想像を超えてるよ…だけど、あんた、いい人だな」
ビルは、好意的な目をスコールに向けた。驚いたのはスコールのほうで、いい人、と言われたのは、初めてである。
「べつに…どうしてそう思うんだ…」
「だってさぁ、金にもならないのに、俺達に付き合う気でいるじゃん」
買かぶりだ、とスコールは思った。他の事であったなら、関わる気などなかっただろう。だが、ウェポンなんかに暴れられたら、あとで仕事を押し付けられるのはSeeDなのだ。それに派遣されてくるSeeDも気になる。結局自分の為にしているだけなのだ。
「退屈なだけだ…」
そっぽを向いたスコールを、ビルが笑いを含みながら眺めやる。彼の目には「照れ屋」と映ったらしかった。

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文責:楠 尚巳