本文へジャンプ | FF8

シンデレラ・リノア

9

小さくはあるが、庭付きの一軒家に戻ると、スコールは、スイッチを入れ明かりをつけた。
「すぐシャワー浴びて着替えろ」
リノアは、頷き、羽織っていた、スコールの軍服を取る。
「どうした・・?一緒に入りたいのか?」
リノアは激しくかぶりをふる。おそらくつやを失って、かさかさになっている肌を見られたくなかった。この五日間、お風呂にだってゆっくり、はいれなかったのだ。
無言で、着替えを持って、シャワー室に駆け込んだ。

温湯が気持ちよかった。いろんな出来事と一緒に洗い流されてゆくようだった。立ったまま、暫らく何もぜず、シャワーを頭からかけ続けた。頭の中が真っ白だった。そのうちに物音が聞こえてきてリノアが確認するよりはやく、背後から、リノアを抱きしめた人がいた。
リノアはぽろぽろ涙がこぼれた。なんで泣くのか自分でもわからない。
「放っておいてよ…わたし、肌だって、がさがさで、みっともなくて、見られたくなんてないのに…」
「そうかな?いつもと変わらないが?」
首筋にスコールの唇が触れる。
「…なんで…近づいてくるのよ…放っておいてって言っているじゃない」
リノアは、もう一度責める。
「お前が…何も話してくれないからだ。車の中だって口をきかなかっただろう?本当はたくさん話たいことあるんじゃないのか?」
スコールとてだてに長く付き合ってきたわけではない。リノアは、おしゃべりだった。話をすることで、感情のすべてを発散するのだ。スコールに何とかしてもらえることを望んで話すのではなく、いつだって、話を聞いてもらいたいだけだった。何も話そうとしない時ほど、落ち込み度は大きく、深刻だった。そんな時は、スコールが粘って、聞き出さない限り、言おうとしない。そして、いつだってそのあとは、いつものリノアに戻った。
リノアは一生懸命、歯をくいしばっている。そのうち、耐え切れなくなったのか、しゃべり出す。
「わた、わたし、知らなかったの、なんで十億ギルもするのか、スコールが、なんであの家にいるのか、指輪、取り返せなかったこととか、どうして、あんなこと言われたのか、それから、それから…ひっく…ひっく…」
しゃくりあげ、言葉が続かない。
「わかった、わかった。一つずつでいい。時間はたくさんあるんだ。全部聞いてやる」
髪の毛をすいたスコールの手が気持ちよかった。

翌朝、スコールが目を覚ましリノアの様子を見に行くと、彼女はまだ眠っていた。 幸せそうに眠っているいつものリノアである。どうやら昼までおきそうもない。
(やれ、やれ…)
スコールは、安心していいのか立ち直りの速さに苦笑すればいいのかわからなかった。夏休み中のリノアと違い、彼には、仕事があった。
「う…ん、スコール?」
リノアが目を覚ます。珍しい出来事にスコールは驚いた。
「目が醒めたのか?夕べ明け方に眠ったのに」
リノアは、目をごしごしする。
「スコールだって。ほとんど眠っていない…」
ぼうっ、としているらしい。
「俺は、慣れてるからいい。もう一回眠れ」
「ねぇスコール。もう、内緒で危険なところ行ったりしない?」
シャツのボタンをはめようとしていたスコールの手が一瞬止まる。内緒にしていたことを昨夜、話したのだ。
「悪かった…でも、どうしても贈りたかったんだ。リノアに似合うな、って…本当の事を言ったら心配すると思ったから…」
「当たり前だよ!わたしのせいでスコールが怪我したら、どうしたらいいの。でも…」
「でも?」
スコールは、リノアを振り返る。
「嬉しかった…」
うつむいて、小さくつぶやく。スコールは笑い、ベッドのリノアの傍らに腰をかける。
「でも、でも!本当に、一回だけだからね!もう行っちゃ駄目!約束して!」
真剣そのものでスコールに迫る。
「わかった。行かない。約束する」
リノアの一生懸命さにスコールは笑いを堪えながら告げる。家を出る姿を見送ったあと、リノアは再び、倒れ込み、眠ってしまった。

スコールが思いがけない人物に出会ったのはその日の昼すぎ。
「よ〜スコール!」
スコールは反応せず、上目ずかいに視線を動かしただけだった。
「エスタに帰ったんじゃなかったのか?バラムでの用はもう終ったのだろう?」
許可もなく、スコールのいる、執務室のソファーに身を沈める。
「つれなくすんなよな〜。ほらよ。これを持ってきてやったのさ」
金属音をたてて、テーブルに転がった。
「ん〜、えらいだろ!誉め言葉のひとつでも…」
スコールは椅子から立ち上がり、ラグナのいるソファーの向かいにすわる。テーブルの上に投げ出されているそれを手にとった。
「ど〜だ!スコール!見直しただろ!」
「…なるほど、あんた余計な入れ知恵をしたわけか…そして、彼らは、あんたに頼んだんだな…うまく返しておいて欲しいって。俺は交渉しにくいからな…」
「ぎくっ!なんで知って…いや、そのだな〜。こうやって返って来たわけだしよ。あっちだって反省しているみたいだしな。ここは、丸く治めて…」
「わかった」
短い一言を伝え、立ち上がる。
ラグナがオーバーなリアクションで固まった。
「ど、どうしたんだ〜聞き分けがよくねぇ?」
「別に…あんたの狙いどうりさ。指輪さえ返ってこればリノアはそれ以上、望まない。スコールはリノアに甘い、あいつらには手を出せない」
ラグナは頭を抱えた。どうしてわかるんだよ。こいつ、テレパシーの能力でもあんのかよ!
「…テレパシーじゃない。あんたは、リノアと一緒で、わかりやすくて助かる。あいつらの為ではなく、俺を心配してくれたから話をつけたこともな」
今のも読んだらしいスコールが平然と答える。ラグナはくやしくて、両手で自らの髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回す。
「くぅ〜、憎らしい奴〜。俺はリノアちゃんと一緒かよ〜、ん?あれ?リノアちゃんと一緒?心配?」
顔を上げると、スコールと視線があう。
「…礼をいうよ。ありがとう」
再びラグナは固まる。スコールが笑ったからだ。
数分後、スコールの執務室から上機嫌で出てきたエスタ大統領に、待っていた連れの補佐官達は驚くことになる。
「やぁ、やぁ、エスタに帰るぞっと。いいねぇ、なぁ、君達!恋人とオヤジが一緒ってどういう意味かわかるかなっ」
彼らの大統領が奇特なのはいつものことなのだが、いつにもましておかしい。
「さ、さぁ…」
ラグナは人差し指を左右に動かした。
「チッ、チッ、そっれはなだぁ、大っ好きなところが似てて、自分を支えてくれて、どっちにも素直な心で、接することができる、と、そういう意味さ」
「ははぁ…」
今まで一度も聞いたことがないような話に、補佐官達は呆れる。エスタ大統領は周囲の好奇の視線もかまわず、スキップしつつ去っていった。

その夜、指輪を持って帰ったスコールに、リノアは、驚き、喜んだ。
「ラグナさんにお礼いわなくちゃ」
指輪を嵌めた手を嬉しそうに眺める。
「でも、わたし…結局自力で取り戻せなかった…情けないなぁ…」
リノアは、しょぼん、とする。横のソファーに座っていたスコールは途端に噴出した。肩を震わせ笑いを一生懸命こらえる。
「なにがおかしいの。わたし本気で反省してるのに」
「そ、そうだな。すまない…」
そうは言ったものの、スコールには可笑しくてならない。魔女だということも忘れているし、G・Fを使うこともシューティングスターを使うことも忘れている。だいたいスコールの名前やカーウェイの名を利用することだって出来るはずなのだ。
リノアが弱く、劣るように見えるのは、能力の違いではなく、性格によることをスコールは知っていた。
スコールは笑いを納め、話題をかえた。
「リノア、お前、今日、ちゃんと皮膚科へ行ったか?」
「えっ、ああ、これ〜、行かなかった。クリーム塗って、ほっとけばなおるよ」
リノアは左右の手のひらを広げ、交互に見る。ごつごつした豆は武器の使用で出来る、いつも見慣れているやつだ。それ以外はろくに手入れもせず、ほったらかしのままだった5日間の酷使で出来たものだった。皮膚の表面が白くざらざらしている。小さいヒビが両手全体に無数にあるせいだった。
「とうぶん気持ち悪いけど、がまんしてね。なるべくスコールに触らないようにするから」
「触らない?冗談じゃないぞ…」
スコールはそういい、リノアの手首を掴んで手のひらを自分の頬に当てた。
「ざらざらしてるよ、スコール?気持ちよくないでしょ?」
「べつに。俺の手だって誉められたもんじゃないからな」
毎日といっていいほど、ガンブレートを握るスコールの手は、厚く硬い。
「え、どうして?私、スコールの手、すごく好きなのに。安心できるもん。初めて手を繋いだときからそうだったもん」
リノアは大真面目に、恥ずかしがりもせず、素直に言う。
「…ディンバーで握手した時か?」
「違がーう。その前にダンス踊ったじゃない。手、繋いだじゃない」
「そうだった…」
スコールは、一人笑う。
リノアは知らない。あの時、おそらくリノア以上に安心できたのは、自分のほうだったということを。
忘れていた…いや、忘れようと努力してきたはずの感触を思い出しかけた。暖かくて優しくて…ずっと触れていたい、と…不覚にもディンバーで再会した時、ためらいもせず握手に応じてしまったのも、既に執着していたからだということが、今ではよくわかる。
あの頃は、自分の中に芽生えた感情が何であるのか分からず、気づかぬふりをし、必死に自分のペースを守ろうとしていたけれど。
今となっては滑稽ですらあるが、遅すぎなかっただけまし、と思うしかない。
「本当に…失わなくてよかった…」
スコールのつぶやきは小さかったが、リノアの耳に届いた。
何を?と問い掛けるリノアに、スコールは答えず、態度で示すことにする。
二人っきりで迎える夜には慣れているはずなのに、過去を思い出したせいだろうか。
スコールは、その夜リノアが横にいることが、いつも以上に嬉しかった。

- FIN -


【追記:2011/9/5】

上記の作品を公開してから5年以上経ちますが、このたびpixivでご活躍されているいちご様が素晴らしい漫画にして下さいました。100ページ近い力作に驚くやら感動するやら嬉しいやら……
いちご様、ありがとうございました。

FF8インデックスへ

前のページへ戻る
ページの先頭へ戻る


文責:楠 尚巳