「これ、持っていって」
「なにやっているの!まだ、ほこりがあるじゃないの!掃除くらいちゃんとやりなさいよ!」
「ぐず!のろま!あんた、なにひとつまともに出来ないの!」
(皿洗いだっていったのにーーっ!)
リノアは、あまりの酷使ぶりに心の中で叫びつつ、ひとつひとつ片付けていく。
「こんなに家事したの初めてだよ、私。別荘なのに、なんだってこんなに広いのよ…」
ゆうにリノアの家の10倍はある。
「リノア、それ終わったら、テニスコートの草むしりお願いね」
リノアは目をむいた。
「そんなの、機械にやらせればいいじゃないですか!」
すると、筆頭メイドは、ちらり、とリノアを見る。
「何を言っているのです。格式のある家は例外なく機械の力を借りず人間の力でするのが常識です。働き口を多くのものに提供するのが、つとめだからです。多くの人間を雇えば、その分失業者が減るのです」
「そうかもしれないけど、今は、ほとんど働いている人がいないじゃないの。こんなときくらいは…」
「いいえ!そのようなことをすればどのようなことを言われるか!家名を汚すわけにはいきません!メイドの役目は、家名、そしてご主人様をお守りすることです!」
きっ、と睨まれリノアは、黙った。泣きたい気分である。
「わたしは、こんな家、守りたくなんかないわよ…」
そういいつつ、テニスコートへ行って草むしりを始める。あれから、2日経っている。まだ指輪を取り返せない。
「いたっ!」
手を滑らせ、草で切ってしまったリノアだった。たった2日間だけだというのに、手が随分荒れてしまった。仕事の合間にクリームでも塗ろうものなら、怒声が飛んでくるのだ。
「どうして、こんなことになっちゃったんだろう…お散歩なんてしなけりゃ良かった…」
だけど、お散歩しただけで、こんな目に会うなんて、そっちのほうが酷い、とリノアは思う。
朝の5時に起こされて、真夜中に眠る生活である。目の下にもすっかりくまが出来ていた。ちなみにリノアはメイド達の中で一番早く起き、一番遅く眠るのを義務付けられている。
「こんなガザガザの肌じゃ、スコールに会えないじゃない。帰ってきたら、いっぱい、ハグハグして欲しいのに、頼めないよぉ…でも!がんばらなくっちゃ、指輪取り戻さなくっちゃ。ハグハグしてもらう資格もないもん!」
リノアにとって今、丁度スコールが家にいないのが救いといえば救いだった。魔女リノアの騎士はガーデンを卒業してバラム軍に入り、多忙な日々を送っている。几帳面な性格が意外とデスクワークに向いていたらしく、高い事務処理能力を発揮して、いろいろと雑用ややっかいごとを押しつけられているとも聞いていた。
そして……
あれだけ軍に入るのを嫌がっていたスコールが政府の求めに応じ、バラム軍に入ることを承知したのは、どうも自分と関係があるらしいとはリノアも察しがついていたのだ。スコールは何も言わないが自分を守るためらしいということも。それだけに、指輪をとられてしまったことが情けなく、スコールが帰ってくるまでに解決したかった。
リノアは、愛しのスコールとのハグハグをめざして、再び草むしりを始めたのだった。