「すばらしい指輪ですね…失礼ですが…この指輪どこで…?」
「ああ、それですの。最近手に入れましたの…准将は、この宝石をご存知なのですか?男の方なのに」
スコールは頷いた。
「知っています。エンジェルティア−。ある場所から取れる特別な石でしょう。だが、その場所は、何人も拒む秘境に存在する。世界に数個しかないといわれている幻の石…」
「そのとおりですわ…すばらしいですわ。宝石の知識もおありだなんて。軍人の方は無骨な方ばかりだと思っていましたわ」
サラは感嘆する。
「拾ったのですか?」
スコールの失礼な問いかけに、サラは少し不愉快になった。
「いいえ、こんな高価な宝石、拾ってそのまま所有するわけないでしょう。買い取ったのですわ」
「もっともです、失礼いたしました」
あまりにも似すぎている―――スコールは、そう思ったものの、決め手がなかった。数個とはいえ、確かに複数世界に存在するのだ。完璧な珠の形の小さな石に人工的な手を加えるものなどいない。シンプルなデザインが常識となっているだけに、デザインが似たり寄ったりになってしまう可能性はあるのだ。太陽の光にかざすか土台の内側を見れば一発でわかるだろうが、今は夜である。そして土台の内側を見ようにも確信のないまま、そこまでは出来なかった。
サラは、にこり、と微笑む。
「お詫びに、一曲踊ってくださったら、非礼を許してあげてよ」
いかが、と誘われて、スコールは、半ば演技で首をすくめる。
「…踊れないんです」
隣にいた、ラグナが、うそをつけ、踊りたくないだけだろう、と言いたげに、にやにやした。
「あら、そんな嘘が通じると思いになって?わたくし、知っていますのよ。ガーデンにはダンスの授業もあるのでしょう?この授業では、いつもトリプルAの評価をもらっていたんじゃありませんこと?」
いったい、どこからそんな情報が入るのだろうと心の中でスコールは舌打ちをした。サラはスコールに優雅に手を差し出す。ラグナが口笛を吹いた。どうやら、サラはスコールより一枚上手らしい。
「それとも、また、わたくしに恥をかかせるおつもりなのかしら?」
「わかりました…」
ため息をついて、スコールはサラの手を取った。ホール中央に移動する。会場にいる多くの視線が二人に集まる。好奇の眼差し、嫉妬の眼差し、羨望の眼差し、それぞれが自らの心にあわせて、二人に注目した。やがて、曲がはじまり、二人は踊り始めた。
会場から嘆声がもれる。お似合いね、の声も囁かれる。その二人をホワイト氏は目を細めて見ていた。
対象的に、妹にまんまと先を越されたマーガレットは、不愉快きまわりなかった。やっぱり、あの指輪は、自分のものにしておくべきだったと心から悔やんだ。曲が終わり、会場に拍手が沸き起こる。
「本当にお上手…」
サラは、優しくいい、スコールを情熱的な目で見め、両手をスコールの方にかけてきた。キスを求めるような仕草が、色っぽい。誘惑に負け、思わす、キスしてしう男もいるかもしれない。だが、スコールは、その男の中には入らなかった。頭の中で、いつになったら離してくれるのだろう、と本気で困った。サラが耐え切れなくなって、スコールにキスしようとした。スコールはそこで、初めてサラの様子が、おかしいことに気づく。どうやら、自分が誘惑されていることにも気づいていなかったらしかった。
その様子を見ていたラグナは、息子の鈍感さに呆れた。いや、鈍感というより、単に相手の女性が視界に入ってないだけに違いない。
「まったく、ほんっとに、彼女以外目に入ってねぇ奴だぜ…きっとリノアちゃん以外は女に見えんのだろうなぁ…」
やっぱり俺の息子だ、と少し嬉しくなったラグナだった。その時である。
バシャ!!
と勢いよく水のはねる音がした。なにかが水の中に派手に落ちたような音だ。曲の途切れ間だったため、聞こえたのだろう。会場の招待客がざわつく。サラもその音で我にかえり、スコールはようやく解放されるきっかけを与えられ、肩にのっていたサラの手を離した。窓際の近くにいた、招待客が、外を見つめ、騒いでいる。何事か、と他の招待客も好奇にかられ、ぞくぞく窓際に集まった。窓際、といってもガラス窓はない。今日のために普段部屋の中と外を隔てているはずのガラス窓はきれいに取り除かれていた。
「まぁ…」
という驚きや、失笑の声が上がる。主催者側のホワイト家の者は顔を青くした。失笑をかう事態が起きたのだ。
ホワイト氏をはじめ、マーガレット、サラも駆けつける。
「失礼します…一体何事…」
そこまでいいかけ、息をのんだ。ライトアップされた噴水の中に誰かがいるのだ。全身ずぶ濡れになった、一人の女性と、二人の屈強な男。
「この女!待て!」
男の顔にはおそらく女に引っかかれたであろう、傷があちこちにある。
「嫌よ!絶対、絶対、返してもらうんだから!どいてよ!」
全身水を被りながら、強い声で宣言する。
三人ともずぶ濡れになりながら、噴水の中で鬼ごっことも言える、こっけいな光景を繰り広げていた。
ホワイト氏は青くなった。マーガレットもサラも同様だ。国賓を招いてのパーティで、よもやこのような失態があるとは。
真っ先に長女のマーガレットが野次馬を掻き分け、怒り狂って外に出た。
「おやめ!!なにをしているの、お前達!!」
その声に、少なくとも二人の男は、震えた。
「このような恥をかかせるなんて!出ておいき!!恥さらし!!」
「しかし…お嬢様…この女が…」
「出でお行き!!二度とこの屋敷にこないで頂戴!!」
マーガレットの激怒ぶりに、言いかけた言葉を飲み込み二人の男は噴水から上がる。マーガレットから、再度憎悪の目を向けられ、去っていった。
女性が一人残される。この頃になると、サラもマーガレットの隣に来ていた。二人して憎々しい視線を放つ。
「お前、リノア…暇を出したはずなのになにをやっているの。私達にこんな恥をかかせるなんて!」
噴水の中に仁王立ちになっているのは、まぎれもなくリノアだった。さっきから、ずっとガードマンと遣り合っていたため、呼吸は荒い。
だが、目は強かった。
「指輪を返してくれないからよ!返してって言ったのに!あんたたちが恥をかくなんて自業自得じゃないの!私の知ったことですか!」
リノアはずぶずぶ音を立てながら、噴水から上がる。
「返してよ!」
その迫力に一瞬押される。リノアはSeeDではないとはいえ、スコール達とともに、戦闘に立った人間である。倒したモンスターの数、ボス級の敵へ与えたダメージでは、決して他のメンバーに引けはとらない。本気を出せば、そこらのごろつきに睨みを利かせて黙らすことぐらい出来るのだ。
サラがかろうじて、言葉を搾り出す。
「返して、返して、ってうるさいのよ。ばっかじゃないの。そんなみっともなく喚き散らして。大体なにを返すの?あなたが言っているのは、この指輪かしら?」
サラは手の甲をリノアにさらす。
「この指輪がよっぽど欲しいみたいだけど、あなた、この指輪がどんなものか知っているの?幻の宝石、エンジェルティア−。買えば軽く十億ギルはする代物よ。あなたが身に付けていたのはバラムのお店で買った指輪でしょう。エンジェルティアーはすべて国宝級。個人所有か金庫に保管されて店に売ってなんかいないわよ」
「十億ギル…」
リノアは困惑する。どうして、そんなに高いもの…
「やれ、やれだわ。勝手に思い込んで、雇ってやったのに、恥をかかせて…さっさと出て行って頂戴な…あ、お父様…」
「何事だね」
「どうもこうもありません。メイドが倒れてしまって、やむなくこの子を雇ったのですけど、こんな子雇った私が愚かだったのですわ。申し訳ありません。お父様から任されていたにもかかわらず、恥をかかせてしまいました…」
マーガレットは詫びる。落ち着きはらっており、どこから見ても、毅然とした態度のように見えた。取り乱せば、恥の上に恥を重ねるだけである。
このような事態になった時の対処の仕方も評価のうちに入るのだ。自らの対処次第で挽回できるどころか、評価が上がることもあるのをマーガレットは知っていた。自らの非を率直に認め、被害者として、巧妙に相手を貶める。
「なんて、ごりっぱな方、それに比べて…」
と招待客が思ったら、勝ちなのだ。それは、ホワイト氏もサラも十分知っている。だから、共犯者になる。
「お姉さまだけが悪いのでは、ありません。私も反対しなかったのですもの、同様ですわ。まさか、こんな女性だったなんて……見抜けませんでした」
サラは、落胆する。むろん招待客へ与える影響を考慮してのことだ。
ホワイト氏は頷き、優しく娘の肩を抱く。
「お前達のせいではない…よくやってくれた。メイド達が倒れたのは知っている。すまなかったね…大変な思いをさせて…」
娘達をねぎらう。ホワイト氏は、見物している招待客の方に向き直る。
「みなさん、お騒がせして、申し訳ございません。このような失態をお見せしてしまったこと、お恥ずかしい限りです。人手が足りず、臨時で、二人の娘達の雇ったメイドが、ごらんのとおりの騒動をおこしました。ですが、二人の娘の罪ではなく、日頃の私の管理不足です。最初に本館のメイド達が風邪で倒れなかったら、このようなことはありませんでした。なんとお詫びしてよいか…」
ホワイト氏のその言葉と態度を、招待客は心から賞賛した。そして、対象的に、このような事態を招いたリノアへの軽蔑、失笑は大きくなった。
「さすが、ホワイト氏だ。二人のお嬢さんも立派な態度だ」
ホワイト氏に向って、盛大な拍手が送られた。
ホワイト氏と、二人の娘は拍手を浴び、招待客に向って礼をし、笑顔を振りまく。
そのイベントに参加しなかった者が、2名いた。エスタ大統領、ラグナ・レヴァールと、スコール・レオンハート准将である。
とりわけ、後者の人物は、壁にもたれ、様子を見守っていた。その表情は、どこまでも無表情。だが、全身から殺気が滲み出ている。まるで、怒りをため込んで、ため込んで、最大限に爆発する瞬間を静かに待っているかのようだった。
そして…やがて、彼は動いた。