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月の夜話

8

リノアは、ロサの家の玄関のドアを叩く。
「はい?」
がちゃり、とドアが開く。
「あら、リノアちゃん……?」
ロサの母親、マギーだった。いつもとかわらず優しく迎えてくれる。
「ロサちゃんは?リノア、抜け出してきたの。みんなに外に出ちゃいけないって言われて…」
マギーは、かがみ込んでリノアの頭を撫でる。
「そう、ロサに会うために、抜け出してきちゃったのね」
母親の声を聞きつけ、ロサが姿をあらわした。
「何しにきたの?」
ロサはリノアを睨む。
「だって、私、ロサちゃん好きだし、これからも仲良くしたいもん」
「これからも、仲良くしたい、ですって?ばっかじゃないの、あんた」
ロサの声は怒りを含んでいる。
「パパ、死んじゃったんだよ、リノアちゃん、なんで頼んでくれなかったの!ロサにパパを返してくれるって、言ったじゃない!」
捕らえられて僅か二日後、ロサの父親はD地区収容所で激しい拷問の末、亡くなった。反逆者であるから、葬儀は許されない。遺体もかえってこなかったのだ。
「おじさん、死んじゃったの…?」
「あんたのせいよ!たのんでくれなかったから!」
「ちがうよ!リノア、たのんだ。何度もパパにたのんだ。でも、ダメだって」
「なんでダメなの!パパが何をしたの!なんで、死んじゃうのよ!!」
「ロサ、やめなさい!」
母親に厳しい声で諌(いさ)められ、ロサは、部屋の中に引っ込んでしまった。ロサの母親、マギーはその後姿を見送り、リノアに
「ごめんね。リノアちゃん、せっかく来てくれたのに…ロサを許してやって。あの子はまだ、何もわかっていないのよ」
リノアの頭を優しく撫でる。その優しさに安心したリノアはぽろぽろと泣き出してしまう。
「リノアの…せいなのかなぁ…もっとパパにたのんでいたら、おじさんたすかった?リノア、おじさんが死んじゃうなんておもわなかったの…」
リノアにはD地区収容所に送られた人がどんな運命をたどることになっているのか想像もつかない。政治犯、思想犯の違いだってわからないのだ。

わからないけど、死んだ人が帰らないことはわかる。リノアの母親だって帰ってこなかったのだ。自分が何か取り返しのつかないことをしてしまったような気がして、その恐ろしさを振り払うように、さらに大きな声でリノアは泣いた。マギーは、首を横に振った。
「リノアちゃんのせいじゃない…おじさんはね、知っていたの。知っていたけど、それでも自分のために、どうしても、したかったのよ」
だから、リノアちゃんのせいじゃない…優しく悟すように言う。
「でも、痛いよ。リノア、すっごく痛い」
リノアの心はずきずきする。ずきずきして、痛かった。そんなリノアにマギーは静かに告げる。
「ねぇ、リノアちゃん。おばさん達ね、引っ越すことになったの。ここにはもう住めないから、もっと静かなところへ引っ越すことにしたの」
リノアは一瞬、泣くのを忘れた。
「リノアちゃん、おばさんと約束してくれないかな?なにがあっても、なにを言われても、自分が正しいと思ったことをやる、って。どんなに心がずきずきしても、やっぱり止めないで欲しいの。ね?それが、死んだおじさんも、一番喜ぶと思うの」
「うん…」
他の人のことは、わからない。リノアの父親でさえ、リノアの頼みを聞いてくれなかったのだ。だが、自分のことだったら、自分でなんとか出来ると思った。だから、頷く。それで、許してもらえるのなら、と。

それから間もなく……

ロサとロサの母親は、引っ越した。それを最後に二度と会うことはなかった。

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文責:楠 尚巳