帝都の城下町は、さすが皇帝のお膝元だけあって、賑やかに活気づいている。商店がずらりと並び、さまざまな品も人も溢れかえっていて、商人の声、買い物客の声と騒がしい。
「さて……わしはこれから皇宮にいくが……お前さんたちも一緒にくるかね?
」
否はない。
この老学者には昨夜、かなりの部分を話していた。
こういう人物にウソは通じない。
自分が信じていない、もっともらしい話をしても嘘だと見抜かれる。ならば、自分が信じている「嘘のような真実」を言ってしまったほうがいい。
そう思い、「未来から来て帰る方法を探している」と本当のことを話せば、はたしてそのとおりで、
「ふむ。おまえさんは賢いの」
と、スコールのことを、すっかり気に入ったらしかった。
ブルントに会えたことはスコール達にとっても幸運だった。
帝都に易々と入ることができたのも彼のおかげである。
スコールが今持っているのは、この時代の剣だ。
ブルントのすすめで、
「そんな珍しいもの持っていたら、いちいち人々に記憶されてしまうからの」
と、帝都に入る前にライオンハートは隠すことになったのだ。
そのあと武器屋で剣を購入したのはいいが、ガンブレードに比べて軽く、いまいち感覚がつかめないでいるスコールだった。
やがて、にぎやかな市場を抜けて、皇宮の前まできた。
高い城壁が周囲をぐるりと囲んでおり、見上げても、中の様子はまったく見えない。
壁に沿って歩いていくと、そのうちに、皇宮への唯一の出入り口である大きな門が見えてくる。
ブルントはぴたりと歩みを止めた。
「今回、ちぃと事情があっての。正面から陛下に会いに行くわけにはいかんのじゃ」
ブルントはため息をついた。
どうやら心に憂えることがありそうだ。
「見つからずに入れる出入り口でもあるんですか?」
スコールがなにげなく聞けば、ブルントの答えは明快だった。
「あるわけなかろう。そんな抜け道があったら大変じゃ。あったとしても皇帝陛下しか知らぬよ」
もっともである。
「スコール。これからどうするの?」
リノアの素朴な問いかけに、スコールは思案顔になる。
「そうだな……」
ブルントの様子からも、誰にも気づかれずに皇宮に入る方法がわからないらしい。
見れば、彼は、城壁の上をしきりに気にしている。
(なにかあるのか……?)
スコールが視線を上に向けた時だった。
突然、けたたましい鐘(かね)の音が鳴り響いた。
キンキンとヒステリックに響くその音に、周囲の人々はいっせいに動きを止め、笑顔を消した。
どうやら人々は、この鐘の音が鳴る理由を知っているらしい。
それはまもなく帝都が危機に陥ることを告げる音。
都の人々に、ただちに避難するように告げる警告音。
周囲の人々は、いっせいに今までやっていたことを放り出し、次々と門めがけて走り出した。
「ほう……ついとるわい。幸か不幸か、すぐに皇宮への門が開く。皆にまぎれて中へ入ってしまえるぞ。いくぞい」
ブルントがついてくるように、スコールたちを促した。
「なんです?」
普通、危機の時こそ門は閉ざすのではないのか———問いかけたスコールに、ブルントはゆっくり走りながら答える。
「帝都が危機に陥ったとき、民は皇宮内に避難することができるのじゃ。皇宮はそれを可能にする造りになっておるのじゃよ」
聞けば皇宮はいくつもの住居区にわかれており、住居区ごと迷路のように城壁に囲まれているという。敵が攻めてきた時は、城門からある住居区への道を解放し、そこに帝都の民を迎入れ保護するのだ。今、スコールが見ている皇宮を囲む城壁の上は、完全に人が行き来できる石畳の道になっており、帝都を守る第二の防御線なのだという。
「陛下は、子供の時からチョコボに乗って城壁の道を走るのがお好きでの。そこから国の様子をご覧になるのが日課じゃった」
ブルントがそう言ったとき、感覚が敏感なリノアが、まっさきに異変に気づいた。
遠くから何かが聞こえてきたことにスコールも気づく。
それはだんだんと大きくなっていき、やがて、鼓膜が破れそうなほどの、けたたましい騒音となった。
それが何百匹というモンスターの群れの羽音と気づくまで、何秒もかからなかった。
猛スピードで上空を駆け抜けていこうとする巨大な影が現れ、それがグラナルドの群れであることをスコールは確認した。
スコール達の世界では絶滅寸前でも、この時代では大いに繁殖しているらしい。
「痛い!」
天をおおい羽ばたいてくるあまりの数、その羽音の凄まじさに、リノアが耐えられずに両耳を押さえて座り込む。
「リノア!」
スコールが助けに駆け寄ろうとした時、いっせいに何かが空中を飛んだ。
スコールの頭上を何十本もの巨大な槍がかすめ飛び、空中にいたグラナルドの体を貫き、一撃で地上へとたたき落とす。
人間の力で飛ばせるような大きさ、スピードではない、おそらくゼンマイ仕掛けの機械を使って、狙いを定めて打っているのだろう。
槍の雨は決して途絶えることなく、グラナルドを次々と打ち落としていく。
(なんという素早さだ……)
スコールは、この手際のよさに驚かずにいられない。
グラナルドの襲撃に気づいてから、それほど時間が与えられたとは思えない。
まして空からの攻撃である。その襲撃スピード、守りにくさたるや、地上からの攻撃の比ではないだろう。
行いは言葉より多くを語る。
今、ここには、第二の防衛戦よりさきへは一匹足りとも入れぬという意志があった。
絶対に帝都を守るという決意。
今日や昨日につくられた思いではない。常に思っていなければこうはいかない。
スコールの中で、未だに会わぬ皇帝ルナールへの強い興味がわく。
「きゃあ!」
誰かが叫び、上空から重々しい何かが、いくつも地上へ落ちてきた。
それは、むくりと立ち上がって、人々を襲い出す。
ラルドだった。
グラナルドが上空から、放り投げたのだ。
(やつらの連携プレーはこの時代からあったわけか……)
スコールは舌打ちした。
彼は、周辺のラルドを倒しつつ、リノアを介抱し、ブルントとともに、道の端へ導いた。
(今度は何だ……?)
何かが帝都をおおうように広がり、落ちてくるのを感じたのだ。
スコールだからこそ感じることができた。
それはリノアも同様らしかった。
「サポート魔法だよこれ……」
目に見えぬ魔法の力が帝都の空全体をおおい、帝都の人々に優しく舞い降りる。
同時に、吐き気がして倒れるほどの不快な騒音が消え、
人々は避難する力を取り戻した。
その恵みはスコールとリノア、ブルントの上にも降ってきて、ブルントなどは、突然消えた不快な騒音に、しきりに不思議がっている。
「スコール、これって……」
「そうみたいだな」
これほど大きな魔力は、魔女以外ありえない。
どうやら皇妃が魔女というのは正解だったらしい。
そう考えている間にも普通の人々には決して感じ取ることのできない魔法の力が、ひそやかに帝都すべての民に、尽きることなく降り注ぐ。
「魔女でも無茶だよ……」
リノアは心配する。
スコールも同感だった。
命を失う覚悟———自分を犠牲に人々を救うとは聞こえがいいが、自暴自棄ともいえる力の使い方だ。
スコールであれば、こんな力の使い方は絶対に許さない。
リノアにさせようとする者がいれば倒すだろう。
魔女は、世の人々のために存在しているのではない。
だだ、この世界にあるだけだ。
それを認め、魔女自身を守る者として騎士がいる。
命とひきかえに魔法で人々を助けるなぞ、守りたい、幸福になって欲しいと願う騎士の想いを、まっこうから否定する行為だ。
(何を考えているんだ……)
尽きることのない魔法の力を感じながら、スコールは次第に腹が立ってきた。
皇妃は皇帝と上手くいっていないという。
それと関係があるのだろうか。
いずれにしても、こんなことが長く続くわけがない。
皇妃の力が尽きて、リノアがここでまた魔女の力を引き継ぐなど、ごめん被る。
「リノア、お前に預ける」
スコールがジャンクションしていたいくつかのガーディアン・フォースのうち、グラシャラボラスをリノアに渡した。
魔法制御の訓練中だったリノアは、ガーディアン・フォースを身につけておらず、疑似魔法も使えない。
グラシャラボラスは、リノアと相性が悪いのだが、この際、贅沢いってはいられない。
ないよりマシだ。
避難所である皇宮で二人と落ち合う約束をし、
「俺が一緒じゃなくても行けるな?」
「ばかにしないでよ」
皇宮は目の前にあるじゃないの———リノアは、憤る。
「そうか」
スコールはくすりと笑い、リノアの頭をなでた。
「終わらせてくる」
「スコール、大丈夫だよね。帰ってくるよね?」
スコールはぴたりと足を止めて、リノアを振り返った。
「……ばかにするな」
グラナルドやラルドごときに俺が倒せるか———
不機嫌になったスコールに、リノアがうふっと笑った。
「スコール、頭、なでなでしてあげようか」
それは遠慮する———そう言い放ち、スコールは走り去っていった。
ブルントは、ふたりを観察し分析するかのように、感心している。
「ふむ。よく出会えたものだのう……ああいう相手に」
「陛下も……出会えたはずだったのだがな」
ブルントがぽつりとつぶやいた言葉は、誰にも届かなかった。