本文へジャンプ | FF8

時の夢

2

宿屋のドアを開けた瞬間に、強い酒の匂いが襲う。
どうやら酒場も兼ねている宿屋らしい。まだ宵の口ということもあってテーブルに着いている客の数も少ない。
「今晩、泊まれますか?」
ぶしつけに訊いてきた男を、主人はジロジロと眺める。
「部屋は空いてるがね……」
そう言い、視線は背後のリノアに移動した。頭のてっぺんからつま先まで眺め、下品な笑いを浮かべる。
「ほー。めったにいない、綺麗な姉ちゃんだ。いいの見つけたな。どこにいたんだ?」
スコールは、眉を潜める。反対にリノアは、きょとんとするばかりだ。そんなリノアに身を乗り出し話し掛ける。
「兄ちゃんの相手が終ったら、俺の相手をしてくれるかい?」
「……殺されたいか。彼女は俺の連れだ」
宿屋の男は陽気に手を振りあしらった。冗談だと思ったらしい。
「はは!独占しようたって、そうはいかないよ、兄さん。熱砂の砂漠を女連れで渡れるわけねぇ。だから、ここのオアシスでは、いい商売になる……」
あとが続かなかったのは、スコールの怒りに満ちた、すざまじい眼光を受けたからだ。何者でも一瞬ですくみあがるほどの迫力である。
「わ、わかったよ。部屋は二階に上がって左から二番目だ。ゆっくりしな。食事はここで取れるぜ。あるのは酒だけじゃねぇ」
そう言い、テーブルをあごでしゃくる。
「どうも」
スコールは非好意的な視線で型どおりの礼を言うと、リノアを連れて階段を上がる。
「なんだったの?スコール」
「なんでもない。お前は知らなくていい」
「ふーん。じゃあ、聞かない」
興味が湧かず、スコールの言葉に素直に従うことにしたリノアだった。やっと休める喜びのほうが大きく、疲れた頭であれこれ会話するのが面倒だったのだ。きしみを立てる扉を開けると、古ぼけた寝台が目に入る。眠るのに差し支えはなさそうだった。
「やっと、休める〜!ちょっと眠らせて。二時間ぐらいたったら絶対、起こして。ごはん食べるから」
とりあえず食欲よりも眠りたい欲望が勝ってしまったらしいリノアが、そのままの姿で倒れ込み、うつぶせで寝息を立てて眠ってしまった。そんな恋人の姿にスコールは苦笑した。
(やれやれ……無理もないか。ハードな一日だったからな)
今日は朝から魔女実験。そして、何の準備もなく熱砂の砂漠を歩き続けることになってしまった。オアシスに入ったら入ったで、所持品を金に替え、衣や道具を整え宿屋を探す。どれだけ歩いたかわからないのだ。
スコールもリノアの横に身をあずけた。どうせリノアが目覚めるまでやることがないのだ。付き合うことにしたのだった。

「ああ、生き返った」
ようやく睡眠と食欲の両方を満たすことに成功したリノアが白湯(さゆ)をすすりながら、ほっと息をつく。
宿屋の一階の酒場兼食堂は、今や客でごった返しになっており、いささかむさくるしいほどの熱気につつまれていた。
ちょうど正面にはスコールがいる。こちらは、中身のわからないフライを木のフォークで、つついており、その正体を探っているところだった。正体不明のまま大口あけて食べてしまったリノアとは大違いだ。もちろん彼女には、何であったのかいまだにわからないままだった。
(どうして、こだわるんだろ。その気になれば、なんでも食べるくせに)
非常時にはモンスターも食べるリノアの騎士は、しかし普段は繊細さを発揮するらしい。
つっつくだけなら私にちょうだい、と相手の皿をじっ、と見つめるのだがテレパシーはいっこうに通じない。リノアは諦めて、先ほどから話したかったことを話した。
「わたし、なにしたんだろ……」
リノアのいわんとすることを理解したスコールは、顔を上げる。
「焦ることはない。使えることは確かなんだ。いずれ方法が見つかるさ。見つからないならそれでもいい」
リノアはびっくりしたように顔を上げる。
「……リノアも俺もここにいる。どこに住もうが一緒だ」
「そっか、そうだよね。ありがと」
あわてて白湯(さゆ)をすすったのは、意識をそらすため。そうしないと「スコールが人前でするのを嫌がること」をしてしまいそうだったのだ。

ふと、隣テーブルの会話が飛び込んできた。
「あの魔女……」
魔女の言葉にリノアとスコールは敏感に反応した。
「まったくあの魔女のおかげで、さんざんだぜ。陛下はなんで、さっさと追い出しちまわないんだ、あの女をよ」
「いろいろと難しいんじゃねぇの。皇后だしな。証拠があるわけでもねぇ」
向かいの男は太い腕を振り落とし、テーブルにジョッキを叩きつけた。
「けっ、そんなこと言っているうちに国が滅ぶぜ。また都市がモンスターに襲われたって言うじゃねぇか。そのうち帝都も襲撃されるさ。あんな得体の知れない女、さっさと火あぶりにしちまえばいいだろうがよ!」
吐き捨てるように言い、樽で熟成された常温のビールを一気に流し込む。

スコールが隣テーブルの会話に割り込んだ。
この時代、魔法の力を持つ女性のことを「魔女」と呼んではいなかったはずだ。そうであればこそ、魔女と呼ぶ理由を、はっきりさせておきたかった。わずかなりともこの国の人々に、神秘的な力を持つ女性への敵意があるならば、警戒しなくてはならない。スコールは完全に魔女の騎士の顔になった。
「その、皇后が魔女というのはどういうことなんだ」
「あん?」
ほどよく酔いがまわっている赤ら顔の中年男は、振り向く。日頃からアルコールで鍛えているらしく腹がパンパンに膨れ上がっている。
「故郷から出てきたんだが、国の事情には疎いんだ。教えてくれないか」
さりげなさを装ったスコールに、男は、得意げで少し小馬鹿にしたような顔を向けた。
「へへ、兄ちゃん、田舎者かい?この程度のことも知らんとはなぁ。無知は幸福なり。幸せだな、田舎モンは。国のことも知らんとはよ」
「それはどうも」
適当にあしらい相手の言葉を待つ。やがて男は喋り出した。こんなことも知らんとは、と言いたげな態度と口調が癪にさわりはしたものの、スコールは最後まで黙って聞いた。その話とは以下のようなものだった。

レナーン帝国八代目皇帝、ルナール・コーデルラルが即位して一年になるというが、今も昔もいざござが絶えない。即位前もルナールと異母弟の第二皇子のシャンのどちらが帝位につくかでさんざん争い、その争いはルナールが即位した今でも決着がついていないという。
「……そもそも陛下が、シャン殿下を処断しなかったのがよくないっ。いくらシャン殿下が八歳でもなぁ。国のためには甘さを捨てて処断するもんだぜ」
処断しないのが正解だろうが、とスコールは心の中で切り捨てる。八歳の子供が自分の意志で帝位を狙っているとは思えない。おそらく背後に利用している誰かがいるのだ。骨のある奴なら、子供よりも、背後の大人のほうこそ処断するに違いなかった。むろん第二皇子がいなくなれば、彼らの野望も永久にかなわぬ夢となるのだろうが、八歳の子供を殺せば、そのあとがややこしくなる。片づけたはいいが、臣下や民衆の信頼を失ってしまえば、次から次へと敵を生み出すだけだ。
「で?魔女とはどういう……」
「おお、それよ。陛下と結婚する前から、皇后には噂があってなぁ。占い師カミーラが災いをもたらす不吉な女、と予言していたのさ」
にもかかわらずルナールは結婚した。そして。
「陛下が即位したら即位したで、これがロクなことがねぇ。モンスターが都市を襲うようになりやがった」
ルナールが即位してより都市のあちこちをモンスターが襲うようになったという。モンスターが集団で都市を襲うなぞ、未だかつてなかった前代未聞の出来事だ。学者に聞いても原因不明を繰り返すばかりで国は混乱に陥った。そんな時、にわかに皇后ラシーヌを疑う声が出てきた。カミーラはもちろん、
「あの女、何を考えているのかわかんねぇ、だいたい生まれからしてはっきりしない。最初はかばっていた陛下も、今じゃ、もてあましてるって話だ」
そして、結婚して3年経つが未だ子はいない。最近では夫婦仲も悪いらしく、ラシーヌと別れ、しかるべき国の王女なりと結婚をという方向で話が進んでいるという。
「のんびりしたこった。俺たちゃ、その間もモンスターの襲撃に脅えて暮らしているんだぜ」
男からひととおり話を聞いてスコールは考え込んだ。ひとつの疑問が浮かぶ。
「どうして、その女性と結婚することになったんだ?皇帝が身元の知れない女性と結婚するとき誰も反対しなかったのか」
「俺がそんなことまで知るかよ!」
「もっともだ……すまなかったな。どうも、ありがとう」
怒り出してしまった男に、スコールは礼をいい、リノアのほうに向き直る。
「どうやら、どこにでもある権力争いらしいな」
「うん……」
リノアは、こくりと頷いた。
「でもさ、スコール」
リノアは身を乗り出した。
「モンスターが集団で襲うってどういうことなの。モンスターが集団で都市を襲うことなんてことがあるの?」
リノアの言う通りだった。モンスターが集団で都市を襲うなんて話はスコールも聞いたことがない。いくらレナーン帝国が謎に包まれてた帝国でも、この時代だけ特別ということはないだろう。よほどのことがない限り。
(何かあるな……)
だが、それ以上は考えても仕方がないことだった。なにかが出来るというわけでもない。思いきったようにリノアが口を開く。
「あのさ……スコール、私、思い出したことがあるの。前にイデアさんがね、魔女の騎士が最初に誕生したのはレナーン帝国だったと言われています、って私に教えてくれたことがあったのね」
スコールには、初耳である。リノアは身を乗り出し、決して周囲に聞こえないようにするために、スコールの耳元で小さな声でささやく。
「でね、こうも言ったの。魔女ラシーヌの騎士が最初だったと言われています……って」
「すると……皇后は、本物か」
本物の魔女なのか、と確認するスコールにリノアはぶんぶんと首をふった。
「そこまでは、わかんない。ラシーヌなんて名前どこにでもあるもの。でも本当にそうだったら、騎士のいる魔女さんなら怖くなさそうだし、帰り方も教えてくれるんじゃないかと思って」
「なるほど」
確かにリノアの言うとおり、この時代の魔女に協力してもらうのが一番だということは、スコールにもわかる。
しかし、アルティミシアといい、アデルといい、他の魔女に対しては、リノアを害そうとする印象がどうしても強く、期待できないとその方法を捨てる覚悟でいたのだが。
騎士のいる魔女ならば話は別だ。イデアの話を信じるならば、騎士のいる魔女は、例外なく善なる存在として過ごすというから。
可能性があるのなら、ここで、このまま過ごすよりましであるはずだった。
「会いに行ってみるか」
「うん!」
心が定まれば、スコールの行動力や決断力は信じられないほど加速する。
いままでつついていたフライを胃袋の中へと片づけると、即行動に移した。
そして、リノアが就寝時間を迎える頃までには、地図、帝都までの最短ルート、行き方、日数、とその日のうちに全部決め、準備してしまった。

明日、朝出発だと告げられたリノアは、おそらくは、もう一生くることがないであろうこの場所を探検しないまま離れることが心残りであったのか、反対しないしないまでも少し残念そうな表情になったのだった。

次のページへ

前のページへ戻る
ページの先頭へ戻る


文責:楠 尚巳 [2006/05/21]