魔法研究所がいつもと違う緊張感に包まれていた。
部外者立ち入り禁止区域を、明らかに研究員以外の者と見られる人々が忙しく立ち回っている。
研究所内は、まるで激しい地震が起こった直後のようだ。
ガラスが飛び散り、ありえないはずの、重さ何トンもある機械が横転し、億ギル単位の高価な電子機器の数々が、破壊され、あるいはショートし、その機能を失い、廃棄物となる運命を静かに待っているのだ。
誰かが、歩くたびに床に散らばったガラスが砕ける音がする。
見る影もないほど破壊し尽くされた、その部屋の中に数人の者が、深刻そのものの表情で、ただずんでいた。
中心にいる一人の男に白衣の研究員が恐縮したように説明しだす。
「申し訳ありません、大統領…」
「そんなもんが、聞きたいんじゃねぇ!リノアちゃんは…スコールは、どうした!!」
ラグナは、研究員の謝罪の言葉をイライラしたように遮る。
「それが、どこに行ったのか…突然姿が消え、二人とも行方不明です」
だぁ〜っ、とうめいてラグナは頭を両手でかきむしった。
「一体何があったんだ!オダインは!責任者のあのヤローはどうした!」
「オダイン博士は、その、大喜びで、新しい仮説をまとめるとか言って、あちらの自室へ…」
その言葉を最後まで聞かずにラグナはオダインのいる部屋へと走った。
ノックもせずに飛び込む。
「うひゃ、うひゃ、すごいでおじゃる!大発見でおじゃる!タイムマシン!タイムマシンでおじゃる!できるでおじゃる!」
狂喜してコンピュータに向っているオダインを見たとたん、ラグナは頭に血がのぼった。
「オダイン!!おめぇ、何してやがる!この野郎、二人をどこへやった!」
「わ、わ、ひゃ、ま、待つでおじゃる。怖いでおじゃる」
ラグナに胸ぐらをつかまれ、必死で弁明する。
「オダインは関係ないでおじゃる!オダインのせいではないのでおじゃる!リノアの力でおじゃる!」
「どういうことだ!」
きつく締め上げる。
「く、苦しいでおじゃる。ア、アルティミシアの力でおじゃる!時空魔法でおじゃる!」
「まだわかんねぇぞ!俺が知りたいのは、あいつらの居場所だ!」
さらに締め上げる。
「そ、それは、オダインにも、わからないでおじゃる!時空を越えてどこかに飛ばされたでおじゃる。どこの時代かは知らないでおじゃる!」
ラグナは思わずオダインを離す。
「どこの時代…?おい、どういうこった!」
今度はオダイン博士が地団駄踏んで、怒りだした。
「イライラするでおじゃる!これだから、頭の悪い奴は嫌いでおじゃる!飲み込みが遅いでおじゃる!」
瞬間、ラグナにものすごい形相で睨まれ、しぶしぶ説明しだした。
リノアが受けついだアルティミシアの力。
彼女の力は、時間圧縮からもわかるように時空に関する魔法の数々だった。
実験中、リノアは無意識にその魔法を使ってしまったのだ。一体なんという名の魔法なのかは知らない。
「オダインも初めて見たでおじゃる…」
なにはともあれ、リノアはその魔法を使用したことにより、飛ばされてしまった。テレポートとは違う。空間の移動ではなく、空間そのものが、ゆがみ、ちょうど穴をあけたのだ。側にいたスコールがその光景を黙って見ているわけがなくて。
異変を感知した時、一瞬のためらいも見せず、彼は動いた。
「あのSeeDは、自分からゆがみに飛び込んだでおじゃる」
そこで、オダインは興奮したようにはしゃぎ出す。
「リノアは時空を越えたでおじゃる!今の時にはいないでおじゃる。過去か未来かわからないでおじゃるが、まったく別の時代に移動したでおじゃる。タイムマシンと同じ力でおじゃる!すばらしいでおじゃる!」
オダインの狂態ぶりに、ラグナはもはや、怒る気力もない。
「どうやって…探すんだよ…戻ってこれるんだろうな?」
その言葉がオダインの知性をくすぐったらしく、博士は、真面目に考え込みだした。
「うーむ。確かに、もともとリノアにある魔法でおじゃる。使えばまた、ここへ帰って来れるでおじゃるが…リノアは知らないでおじゃる。魔法の使い方も、コントロールの仕方も…偶然出た力でおじゃるからな…」
「それじゃ、どうすりゃ、いいんだよ……」
一人で迷子になったわけではないのが唯一の救いだ。二人一緒なら、なんとかなるかもしれない。
そう信じながらも、ラグナががっくりと、力なく肩を落とした。